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第三章
第九話 真偽
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―― 休み明けの月曜日。
黒葛原さんに決別の宣言をしてから、初めての平日だ。
「影人さん! おはようございます、調子はどうです?」
「……おはよう、蛍。めっちゃ眠い……」
「ふふ、さては夜更かししましたね? 授業中居眠りしても知りませんよ~」
いつもの如く、ゆっくりとした足取り。それに合わせて歩くボク。
影人さんは、自分からはあまり話題を振ってこない。大体、ボクから話を振って影人さんが答えて。そんな会話のキャッチボールをしながら、学校へと足を運ぶ。
あぁ、そうだ。この感じだ。やはり、ボクにはこれが落ち着く。
肩の力が抜けたボクの表情筋は多分緩みきっていて、そのうちに「何にやにやしてんの」とでも言われてしまいそうだ。
「……おはよう、蛍君」
「あ、黒葛原さん。おはようございます」
登校初日、出会った角。
ここ最近はこの角で黒葛原さんと出会ってはすぐに手を引かれて、そこからずっと影人さんと離れてしまっていた。
けれど、今日からはもう流されない。手を握られても、すぐ振り払おう……
「ふふっ、今日も仲良しさんで羨ましいね。じゃ、また学校でね!」
「え、……あ、はい。また」
……と、思っていた矢先。黒葛原さんは手を振って、あっさりとボクから離れた。
いつも通りの明るい態度。けれどボクを連れ出そうとする様子もなく、軽く挨拶をしただけで軽やかな足取りで先を走って行った。
……どうなることかと、少しは不安だったけれど。彼女も、ボクにべったりくっつくのはもう止めた……のだろうか。
『蛍君のこと、独占したいんだ……あたし』
最後に一緒に遊んだ日の言葉を思い出す。
……あんなことを言っていた割にはあっさりすぎて、ちょっと怖い気もするけれど。全部気のせいだと思いたい。
「よし、ボクらも行きましょうか」
「……うん」
遠くなった黒葛原さんの背を見送り、ボクらも再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
新学期が始まってから、久しぶりの影人さんとの昼食。賑やかな教室の中、ボクらは机一つ挟んでのんびりと食べていた。
約一週間、ずっとお昼を共にしていた黒葛原さんはというと――離れた席で、クラスメイト達と楽しそうに談笑しながら弁当を食べている。
「美影ちゃんってスタイルめっちゃ良いよね~! 何したらそんなに引き締まるの?」
「うーん、適度な運動とストレッチかな? 今度教えてあげるね!」
「黒葛原、前の学校じゃ結構モテてたんじゃね?」
「ふふっ、どうかなぁ。友達は沢山いたけどね」
少人数のボクらと違い、彼女は男女関係ない大人数のグループと一緒だ。自由時間以外は隣の席にいるから否応なしに聞こえてくるのだが、今日はボクら以外のクラスメイトとかなり楽しそうに話している様子が見えていた。
美人で人懐っこく明るい彼女だからこそ、そうしてすぐ溶け込めるのだろう。
クラスメイトも、違和感なく彼女を受け入れているようだった。
「……そういえば、影人さんに聞きたいことがあるんです」
「何?」
パンを食べながら、影人さんが軽く返事をする。
この間は、ここまで踏み込んでは離せなかったけれど――どうしても、引っかかる話がある。
「……影人さん、黒葛原さんと知り合い……ってことは、無いですか?」
少し身を寄せ、小さな声で尋ねた。
『あ、は、はい。影人さん、黒葛原さんも』
『じゃあ早く行こうよ、不破君!』
影人さんがその場にいないかのような対応。
『……黒崎君と一緒にいるのとあたしと一緒にいるの、どっちが楽しい?』
『あたしも、蛍君のこともっと知りたいんだ。それこそ、……仲良しのお友達が知らない蛍君のことも、ね』
そして彼女の口から出ていた、影人さんを意識しているかのような言葉。
黒葛原さんと影人さんは接点なんて無い、はずなのに。全く知らないはず……にしては、どうもおかしいと感じてしまうのだ。
知っているにしては言及が少なすぎて、けれど知らないにしては言及が多すぎて。……きっと、彼女に尋ねても教えてはくれないだろう。
そうなると、もう聞くアテは影人さんしかいないのだ。
「……別に無いけど。なんで?」
「大きな声じゃ言えませんけどね……この間、お話ししたでしょう? 彼女、影人さんとボクの間のことを意識したような発言がちょこちょこあって、それに――」
『―― 黒崎君にも気を付けなよ、いつ殺されるかわかんないからさ』
……これが決め手だった。黒葛原さんに完全に違和感を感じた、決定的な一言。
彼女は影人さんの何かを知っているのだろうか。全く知らない・関係ないのであれば、あんな言葉は出てこないと思うのだけれど。
「……アナタに殺されるかわかんないって、どういうことなんだろうって」
ボクが思う違和感を全て話す。影人さんは少々呆れた様子でため息をつきながら、
「……あんな女知らないし、お前のこと殺す気もないよ。蛍は俺よりあんなぽっと出の女の言葉を信じるの?」
バッサリと、低い声で斬り捨てた。
「ぽっと出の女」……言われてみればそれもそうだろうか。彼女は知り合ってまだ数週間の人間だ、一年ほど付き合いのある影人さんから見ればそう表現してもおかしくはない。
彼女の言葉が気にはならない、わけではないけれど――影人さんは、ボクにとって大事な友達。
なら、答えは一つだ。
「……それもそうですね、すみません。もちろん、影人さんのこと信じてますよ。……大事な友達、ですからね」
彼女の言葉が真実であれ、虚構であれ――影人さんとずっと友達でいる。ボクにできるのは、ただそれだけだ。
黒葛原さんたちの笑い声を背に、ボクは影人さんに笑いかけた。
ボクは影人さんの傍に戻り、彼女は大勢の中へ入っていく。
……これでいいのだ。こうしてまた、元通りの生活に戻っていく。
── そう思っていた。
黒葛原さんに決別の宣言をしてから、初めての平日だ。
「影人さん! おはようございます、調子はどうです?」
「……おはよう、蛍。めっちゃ眠い……」
「ふふ、さては夜更かししましたね? 授業中居眠りしても知りませんよ~」
いつもの如く、ゆっくりとした足取り。それに合わせて歩くボク。
影人さんは、自分からはあまり話題を振ってこない。大体、ボクから話を振って影人さんが答えて。そんな会話のキャッチボールをしながら、学校へと足を運ぶ。
あぁ、そうだ。この感じだ。やはり、ボクにはこれが落ち着く。
肩の力が抜けたボクの表情筋は多分緩みきっていて、そのうちに「何にやにやしてんの」とでも言われてしまいそうだ。
「……おはよう、蛍君」
「あ、黒葛原さん。おはようございます」
登校初日、出会った角。
ここ最近はこの角で黒葛原さんと出会ってはすぐに手を引かれて、そこからずっと影人さんと離れてしまっていた。
けれど、今日からはもう流されない。手を握られても、すぐ振り払おう……
「ふふっ、今日も仲良しさんで羨ましいね。じゃ、また学校でね!」
「え、……あ、はい。また」
……と、思っていた矢先。黒葛原さんは手を振って、あっさりとボクから離れた。
いつも通りの明るい態度。けれどボクを連れ出そうとする様子もなく、軽く挨拶をしただけで軽やかな足取りで先を走って行った。
……どうなることかと、少しは不安だったけれど。彼女も、ボクにべったりくっつくのはもう止めた……のだろうか。
『蛍君のこと、独占したいんだ……あたし』
最後に一緒に遊んだ日の言葉を思い出す。
……あんなことを言っていた割にはあっさりすぎて、ちょっと怖い気もするけれど。全部気のせいだと思いたい。
「よし、ボクらも行きましょうか」
「……うん」
遠くなった黒葛原さんの背を見送り、ボクらも再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
新学期が始まってから、久しぶりの影人さんとの昼食。賑やかな教室の中、ボクらは机一つ挟んでのんびりと食べていた。
約一週間、ずっとお昼を共にしていた黒葛原さんはというと――離れた席で、クラスメイト達と楽しそうに談笑しながら弁当を食べている。
「美影ちゃんってスタイルめっちゃ良いよね~! 何したらそんなに引き締まるの?」
「うーん、適度な運動とストレッチかな? 今度教えてあげるね!」
「黒葛原、前の学校じゃ結構モテてたんじゃね?」
「ふふっ、どうかなぁ。友達は沢山いたけどね」
少人数のボクらと違い、彼女は男女関係ない大人数のグループと一緒だ。自由時間以外は隣の席にいるから否応なしに聞こえてくるのだが、今日はボクら以外のクラスメイトとかなり楽しそうに話している様子が見えていた。
美人で人懐っこく明るい彼女だからこそ、そうしてすぐ溶け込めるのだろう。
クラスメイトも、違和感なく彼女を受け入れているようだった。
「……そういえば、影人さんに聞きたいことがあるんです」
「何?」
パンを食べながら、影人さんが軽く返事をする。
この間は、ここまで踏み込んでは離せなかったけれど――どうしても、引っかかる話がある。
「……影人さん、黒葛原さんと知り合い……ってことは、無いですか?」
少し身を寄せ、小さな声で尋ねた。
『あ、は、はい。影人さん、黒葛原さんも』
『じゃあ早く行こうよ、不破君!』
影人さんがその場にいないかのような対応。
『……黒崎君と一緒にいるのとあたしと一緒にいるの、どっちが楽しい?』
『あたしも、蛍君のこともっと知りたいんだ。それこそ、……仲良しのお友達が知らない蛍君のことも、ね』
そして彼女の口から出ていた、影人さんを意識しているかのような言葉。
黒葛原さんと影人さんは接点なんて無い、はずなのに。全く知らないはず……にしては、どうもおかしいと感じてしまうのだ。
知っているにしては言及が少なすぎて、けれど知らないにしては言及が多すぎて。……きっと、彼女に尋ねても教えてはくれないだろう。
そうなると、もう聞くアテは影人さんしかいないのだ。
「……別に無いけど。なんで?」
「大きな声じゃ言えませんけどね……この間、お話ししたでしょう? 彼女、影人さんとボクの間のことを意識したような発言がちょこちょこあって、それに――」
『―― 黒崎君にも気を付けなよ、いつ殺されるかわかんないからさ』
……これが決め手だった。黒葛原さんに完全に違和感を感じた、決定的な一言。
彼女は影人さんの何かを知っているのだろうか。全く知らない・関係ないのであれば、あんな言葉は出てこないと思うのだけれど。
「……アナタに殺されるかわかんないって、どういうことなんだろうって」
ボクが思う違和感を全て話す。影人さんは少々呆れた様子でため息をつきながら、
「……あんな女知らないし、お前のこと殺す気もないよ。蛍は俺よりあんなぽっと出の女の言葉を信じるの?」
バッサリと、低い声で斬り捨てた。
「ぽっと出の女」……言われてみればそれもそうだろうか。彼女は知り合ってまだ数週間の人間だ、一年ほど付き合いのある影人さんから見ればそう表現してもおかしくはない。
彼女の言葉が気にはならない、わけではないけれど――影人さんは、ボクにとって大事な友達。
なら、答えは一つだ。
「……それもそうですね、すみません。もちろん、影人さんのこと信じてますよ。……大事な友達、ですからね」
彼女の言葉が真実であれ、虚構であれ――影人さんとずっと友達でいる。ボクにできるのは、ただそれだけだ。
黒葛原さんたちの笑い声を背に、ボクは影人さんに笑いかけた。
ボクは影人さんの傍に戻り、彼女は大勢の中へ入っていく。
……これでいいのだ。こうしてまた、元通りの生活に戻っていく。
── そう思っていた。
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