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眠れない、夏の夜
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暑い夏の夜、ふとした時間に目が覚めてしまった。
目覚まし時計が表示する時間は0:30──いつもだったら、既に夢の中にいる時間だ。
冷房をつけて快適にしていたはず、寝苦しい……ということはないのだけれど。どうしてか、急に目が覚めてしまった。
(……眠くない……)
まるで朝起きた時のように、目が冴えてしまって。再度布団の中に潜り込んで目を閉じてみても、一向に眠気が来ない。……どころか、逆に意識しすぎて眠れない。
ベッドから降りて適当な本を読んでみても、眠気はさっぱり来ないし内容も入って来ない。
ホットミルクでも飲んでみようかとも思ったけれど、下の階では叔父さんや叔母さんが寝ている。下手に音を立てれば、起こしてしまうかもしれない。
……ふと、ベッドから持ち出したスマホに目を向ける。
こんな時間に……なんて迷惑かもしれないけれど、ふと思い立ってしまったのだ。
『起きてますか?』
メッセージアプリを開き、唯一の友達──影人さんに一言だけ送ってみた。
朝が弱い影人さんだから、もしかして……なんて思ったけれど、普通に考えたらこの時間は大体の人は寝ているはず。夜行性らしい彼だって、今頃は布団の中でゆっくり夢を見ている頃合かもしれない。
……なんて思った矢先、真っ先についた「既読」。
そして、すぐに返ってきた答えは──
『起きてるよ。何?』
── 良かった。そう、ほっとした自分がいた。
こんなに早く返してくるくらいだから、多分普通に起きていたのかもしれない。
……もう少し。
もう少しだけ、甘えてもいいだろうか。
『寝たいのに、眠れなくて』
『どうしようって考えた時に、影人さんなら起きてるかなって思って』
『ふーん』
『俺が恋しくなった?』
「恋しくなった?」というワードに、ほんの少し意地悪さを感じる……ような気がした。
きっと、画面の向こうでは呆れてるか、もしくはにやにやしてるのか……どっちかなんだろうな、なんて想像して。
少し恥ずかしくなってしまった気持ちを抱えつつ、ボクは文字を打ち続けた。
『いや別にそういうわけじゃないですけど』
『ちょっとお話したいな~なんて』
『恋しいんじゃん』
『やめろ、その言い方』
『まあいいけど 俺もまだ寝れないし』
『暇だから』
『じゃあ、ちょっと電話かけていいですか?』
『いいよ』
『面白い話してよね』
『無茶言うな』
一言送ったところで、【通話】ボタンをタップした。5秒と経たず、スマホから『もしもし……』と、いつもの気怠げな声。
夜中に友達と電話でおしゃべり、なんて。ぼっちだった今までなら経験することなどなかったボクにとっては、たったこれだけのことでも口角が上がってしまうくらい嬉しい出来事だ。
「もしもし。えーと……今何してます?」
『眠れないから映画見てた』
「え? 何です?」
『画面見てて』
言われるままに、画面に目を向ける。すると、眼前に出てきたのは――複数のゾンビに追われる主人公の映像。
突然のホラー映像に「ひぃっ!!」と、情けない声を上げてしまう。ボクはこういう脅かしが苦手なのだ。
それが面白かったのかなんなのか、影人さんが少し震えた声で
『ビビリすぎ』
と、ボクをおちょくる。この野郎、明日の朝コンビニで会ったら覚えとけよ……と、心の中で毒づながら画面を見る。
画面上にゾンビの顔がアップで映る、急にゾンビがどこかからか出てくる……脅かし要素が出てくるたび、声を上げてしまうボク。そのうちに、小さくだが「くくっ……」と、小さく笑い声が聞こえていた。
――映画を見終わったのは、時計が1:30を回った頃。
ゾンビが怖くて終始心臓をばくばく鳴らしながら見ていたけれど、最終的にハッピーエンドを迎えられて、ほっとひと安心。
その後、「怖かった」「主人公がヒロインと再会した時~」と、ボクと一緒に見ていた限りの場面を振り返りながら感想を語り合う。
ボクがビビってばかりなのが面白かったのか、影人さんはこころなしかいつもより生き生きとした喋り方をしていた。
『蛍、こういうの苦手なんだ?』
「う~~ん……なんか、怖いのが急に目の前に出てきてびっくりさせるのがですね……ちょっと」
『ふーん……。……じゃ、今度一緒にお化け屋敷入る?』
「どうしてそうやってボクをビビらせにかかるんですかコンチクショウめ」
きっと、画面の向こう側ではにやにやしているんだろう。改めて思った。
影人さんは時々、こうやってボクを驚かせたり戸惑わせたりすることがあって。やめろと言ったところで、やめる気配を見せたことはない。
きっと、楽しいんだろう。これが彼なりのコミュニケーションなのだろうと受け入れてはいるのだけれど。
「影人さん、怖いの平気なんですね。好きなんですか?」
『まぁ、嫌いじゃないよ。今日はたまたま見ようかなって思っただけ』
「そうですか……あ、じゃあ今度ボクと一緒に映画見に行きましょうよ。ボク、今夏の新作で気になるのあるんです。小説原作の……」
『あぁ、あれ……? 途中で寝てていいならいいけど』
「この野郎」
影人さんがちょっぴり変なことを言って、ボクが突っ込んで。朝も昼も夜も、ボクらのペースは変わらない。
ホラー映画には少し驚いてしまったけれど、影人さんと話しているうちに気が紛れてきたのだろうか。じわじわ、ぼんやり、穏やかな眠気がボクを襲う。
「……ふあぁ」
『……眠い?』
「ん、……はい。影人さんと話してたら、ちょっと落ち着いたんでしょうかね。そろそろ、眠れそうです」
『ふーん。……。……明日寝坊しないでよ、俺起きらんないから』
「いやそれはこっちのセリフです、ちゃんと起きてくださいよ。……それじゃあ、また明日」
ボクが言うと、影人さんは「うん」と短く答えを返す。それ以上、言葉が返ってくることはなかった。
少し名残惜しさもありつつ、通話切断ボタンをタップする。ベッドに上り、再度布団に潜り込む。
……明日も学校だというのに、夜更かしをしてしまった。起きれるだろうか、そんな心配もあるけれど。
けれど、たまには悪くないだろう。友達と話しながら眠気を待つ、という夜も。
(明日も一緒に楽しい時間が過ごせますように)
あと数時間後に迫った朝に思いを馳せつつ、そっと目を閉じた。
目覚まし時計が表示する時間は0:30──いつもだったら、既に夢の中にいる時間だ。
冷房をつけて快適にしていたはず、寝苦しい……ということはないのだけれど。どうしてか、急に目が覚めてしまった。
(……眠くない……)
まるで朝起きた時のように、目が冴えてしまって。再度布団の中に潜り込んで目を閉じてみても、一向に眠気が来ない。……どころか、逆に意識しすぎて眠れない。
ベッドから降りて適当な本を読んでみても、眠気はさっぱり来ないし内容も入って来ない。
ホットミルクでも飲んでみようかとも思ったけれど、下の階では叔父さんや叔母さんが寝ている。下手に音を立てれば、起こしてしまうかもしれない。
……ふと、ベッドから持ち出したスマホに目を向ける。
こんな時間に……なんて迷惑かもしれないけれど、ふと思い立ってしまったのだ。
『起きてますか?』
メッセージアプリを開き、唯一の友達──影人さんに一言だけ送ってみた。
朝が弱い影人さんだから、もしかして……なんて思ったけれど、普通に考えたらこの時間は大体の人は寝ているはず。夜行性らしい彼だって、今頃は布団の中でゆっくり夢を見ている頃合かもしれない。
……なんて思った矢先、真っ先についた「既読」。
そして、すぐに返ってきた答えは──
『起きてるよ。何?』
── 良かった。そう、ほっとした自分がいた。
こんなに早く返してくるくらいだから、多分普通に起きていたのかもしれない。
……もう少し。
もう少しだけ、甘えてもいいだろうか。
『寝たいのに、眠れなくて』
『どうしようって考えた時に、影人さんなら起きてるかなって思って』
『ふーん』
『俺が恋しくなった?』
「恋しくなった?」というワードに、ほんの少し意地悪さを感じる……ような気がした。
きっと、画面の向こうでは呆れてるか、もしくはにやにやしてるのか……どっちかなんだろうな、なんて想像して。
少し恥ずかしくなってしまった気持ちを抱えつつ、ボクは文字を打ち続けた。
『いや別にそういうわけじゃないですけど』
『ちょっとお話したいな~なんて』
『恋しいんじゃん』
『やめろ、その言い方』
『まあいいけど 俺もまだ寝れないし』
『暇だから』
『じゃあ、ちょっと電話かけていいですか?』
『いいよ』
『面白い話してよね』
『無茶言うな』
一言送ったところで、【通話】ボタンをタップした。5秒と経たず、スマホから『もしもし……』と、いつもの気怠げな声。
夜中に友達と電話でおしゃべり、なんて。ぼっちだった今までなら経験することなどなかったボクにとっては、たったこれだけのことでも口角が上がってしまうくらい嬉しい出来事だ。
「もしもし。えーと……今何してます?」
『眠れないから映画見てた』
「え? 何です?」
『画面見てて』
言われるままに、画面に目を向ける。すると、眼前に出てきたのは――複数のゾンビに追われる主人公の映像。
突然のホラー映像に「ひぃっ!!」と、情けない声を上げてしまう。ボクはこういう脅かしが苦手なのだ。
それが面白かったのかなんなのか、影人さんが少し震えた声で
『ビビリすぎ』
と、ボクをおちょくる。この野郎、明日の朝コンビニで会ったら覚えとけよ……と、心の中で毒づながら画面を見る。
画面上にゾンビの顔がアップで映る、急にゾンビがどこかからか出てくる……脅かし要素が出てくるたび、声を上げてしまうボク。そのうちに、小さくだが「くくっ……」と、小さく笑い声が聞こえていた。
――映画を見終わったのは、時計が1:30を回った頃。
ゾンビが怖くて終始心臓をばくばく鳴らしながら見ていたけれど、最終的にハッピーエンドを迎えられて、ほっとひと安心。
その後、「怖かった」「主人公がヒロインと再会した時~」と、ボクと一緒に見ていた限りの場面を振り返りながら感想を語り合う。
ボクがビビってばかりなのが面白かったのか、影人さんはこころなしかいつもより生き生きとした喋り方をしていた。
『蛍、こういうの苦手なんだ?』
「う~~ん……なんか、怖いのが急に目の前に出てきてびっくりさせるのがですね……ちょっと」
『ふーん……。……じゃ、今度一緒にお化け屋敷入る?』
「どうしてそうやってボクをビビらせにかかるんですかコンチクショウめ」
きっと、画面の向こう側ではにやにやしているんだろう。改めて思った。
影人さんは時々、こうやってボクを驚かせたり戸惑わせたりすることがあって。やめろと言ったところで、やめる気配を見せたことはない。
きっと、楽しいんだろう。これが彼なりのコミュニケーションなのだろうと受け入れてはいるのだけれど。
「影人さん、怖いの平気なんですね。好きなんですか?」
『まぁ、嫌いじゃないよ。今日はたまたま見ようかなって思っただけ』
「そうですか……あ、じゃあ今度ボクと一緒に映画見に行きましょうよ。ボク、今夏の新作で気になるのあるんです。小説原作の……」
『あぁ、あれ……? 途中で寝てていいならいいけど』
「この野郎」
影人さんがちょっぴり変なことを言って、ボクが突っ込んで。朝も昼も夜も、ボクらのペースは変わらない。
ホラー映画には少し驚いてしまったけれど、影人さんと話しているうちに気が紛れてきたのだろうか。じわじわ、ぼんやり、穏やかな眠気がボクを襲う。
「……ふあぁ」
『……眠い?』
「ん、……はい。影人さんと話してたら、ちょっと落ち着いたんでしょうかね。そろそろ、眠れそうです」
『ふーん。……。……明日寝坊しないでよ、俺起きらんないから』
「いやそれはこっちのセリフです、ちゃんと起きてくださいよ。……それじゃあ、また明日」
ボクが言うと、影人さんは「うん」と短く答えを返す。それ以上、言葉が返ってくることはなかった。
少し名残惜しさもありつつ、通話切断ボタンをタップする。ベッドに上り、再度布団に潜り込む。
……明日も学校だというのに、夜更かしをしてしまった。起きれるだろうか、そんな心配もあるけれど。
けれど、たまには悪くないだろう。友達と話しながら眠気を待つ、という夜も。
(明日も一緒に楽しい時間が過ごせますように)
あと数時間後に迫った朝に思いを馳せつつ、そっと目を閉じた。
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