夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第三章

第五話 悩めるフライデー

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 ── とある夜のこと。
食事やら風呂やらを済ませ、準備万端のボクは時計を見ながらそわそわしていた。

 手にはスマホ。いつ何時鳴ってもいいように、部屋の中にいながら肌身離さず持っているのだ。
もし、ここが公共の場だったらボクは確実に不審者に認定されていただろう。

 ボクがこんな落ち着かない様子なのは、影人さんのことを黒葛原つづらはらさんに話したその後の会話が原因だった。

「ねぇ蛍君、連絡先交換してもいいかな?」
「えっ!? れ、連絡先……?」
「うん! 蛍君さえ良ければ、学校で会ってない時とかもお話したいなって思って。蛍君とお話するの、すごく楽しいから!」

 ── 黒葛原つづらはらさんからの、突然の申し出。
寝耳に水、というのだろうか。まさかそんなことを女子から言われるなんて思いもしなかったボクは、照れやら驚きやらで心も頭もいっぱいいっぱいだった。
 非モテで女子とは全く無縁だったボクが、今こうして視線を向けられてて、「お話したい」とまで言われて。誰かがボクに都合の良い幻を見せているのではないか……とさえ、思ってしまう。
女子と連絡先の交換、といえば窓雪さんともしてはいるが──「お話したい」ではなく、「何かあった時のために」という意味合いが強く。お互い、個人的な付き合いはないものだ。

「は、はい……あの、ボクでよろしければ……?」
「やだなあ蛍君、あたしは蛍君がいいから言ってるんだよ? よし、今度の金曜日の……そうだなあ、20時頃電話するね!」

 そうして連絡先を交換して──今日がその決戦日、金曜日の夜だ。
19:58──時間的には、そろそろかかってくる頃だろう。10分前から待機しているボクは、ただただ部屋の中をうろうろとするだけだった。

 ……男として、これはどうなんだろう。なんだか情けない気しかしない……と、ため息をついたその瞬間。

(……! 来た!!)

 ── 手元で響いた、着信音とバイブレーション。すぐさま画面を開き、通話ボタンを押す。
黒葛原つづらはらさん」と表示された画面に、緊張で鼓動をうるさく鳴らす。
 じょ、女子と初めての電話だ……!! 「もしもし……」と震える声で応答した。

『もしもし? 蛍君だよね?』
「ひゃ、ひゃい!」
『あはは! ひゃいって、噛みすぎだよ。緊張してるの?』
「え、えぇ、まあ……その。じょ、女子とこんな風に電話するなんて……初めて、ですし」
『ふーん、可愛いなぁ蛍君。よく言われない?』

 「可愛い」と言われるたびに、男としてのちっぽけなプライドに僅かなヒビが入る音がする。……けれど、情けないのは事実だ。女慣れしてなさすぎるのがバレバレだ、ということなのだから。
この電波の向こうで、黒葛原つづらはらさんはどんな顔をしているんだろうか。男として情けないボクを、笑ってなければいいのだが。

『ま、いいや。あたしとしては、蛍君の声が聞ければそれでいいし』
「え、……こ、この声を、ですか? どうして……」
『えー? 理由なんている? 言ったじゃん、蛍君とお喋りするのが楽しいんだって』

 ……現実だろうか。黒葛原つづらはらさんと出会ってから、殆どのことに対して現実味が感じられなくて、ずっと足元が浮ついている。
影人さんのように常日頃女子に好かれているような人間であったなら、もっとしっかりと受け止められていた気がするけれど……生憎、女の子友達すらまともにいなかった人間だ。
一人の女子に、ボクの存在を肯定され続けるどころか── 少しばかり好意があるような素振りを見せられると、夢を見せられてるんじゃないかと疑ってしまう。

『あぁ、そうそう蛍君。あたし、蛍君に聞きたいことあってさ。今度の日曜日、暇?』
「え、……は、はい。特に予定は、ないですけど……」
『そっか、良かった。今度、蛍君と二人でどこか出かけたいなって思ってて! ゲーセンとか!』
「あぁ、……えっ!? ふ、二人で!?」

 黒葛原つづらはらさんの口からしれっと出てきた「二人で出かけたい」という言葉に、心臓が飛び跳ねてしまいそうなほどの驚きを覚えた。
それって、俗に言うデー ―― ……と、決めつけるには早いかもしれないが。

 ただ、ボクにとっては前例のない一大イベントというべきもので。非モテのボクが、初めて女子に「二人で出かけよう」などと誘われてしまったのだ。
……大丈夫だろうか。ボク、今生きているだろうか。

『うん! せっかくだし、学校以外でも会って遊びたいなって』
「あ、……あの、も、申し出は嬉しいんですけど……でも、黒葛原つづらはらさんだって同じクラスの女子とかと遊んだりとかは……」
『うん、もちろん遊ぶよ? けど、一番は蛍君と遊びたいかなって思ってね。……蛍君がもしどうしてもダメって言うなら、この話はやめるけど……』

 少し残念そうな声色で答える黒葛原つづらはらさん。そんな風に言われると、なんとなく良心が痛んでしまう。
黒葛原つづらはらさんと二人で遊ぶことに特に不都合はない……はずだし、断る理由も特にない。

「あの……だ、大丈夫、です」
『本当!? やったぁ、ありがとう蛍君!! それじゃあ、今度は待ち合わせの場所とかなんだけど……』

 本当に、現実味のない話のように思えるけれど……思い切って、受けてみよう。そう思って返事をするなり、黒葛原つづらはらさんは先ほどよりも高い声色で喜んだ。
 そのままの流れで、日曜日の話を詰めていくボクと黒葛原つづらはらさん。
10:30、学校前で。大体の行きたい場所だけ決めて、他の細かいことは現地で話し合おうという結果になった。
行き当たりばったりも楽しいだろう、という黒葛原つづらはらさんの提案によるものだ。話した内容をメモに書き留めつつ、必死に耳を傾けていた。

『……えへへ、当日楽しみにしてるね! それじゃあおやすみ、蛍君!』
「あ、……お、おやすみなさい!」

 おやすみ、という言葉と共に終わった通話。ツー、ツー……と鳴り響く音を切り、ため息をつく。
終始緊張してばかりで、途中で何を言ったのかあまり覚えていない。きっちり覚えているのは、今度の日曜日に出かける場所や待ち合わせの時間等だけだ。

 ……約束を取り付けたのは良いが、これからどうしたらいいんだろう。
女子と二人で出かけるなんて初めてだ。何をしたらいいのか、全くわからない。
テレビや雑誌ではよく、デートの時はああした方がいいこういう服を着た方がいい、と御託を並べているのを見たことはあるが。……自分には無縁だと突っぱねず、もっと真面目に目を通しておけばよかっただろうか。

 ……テンパる頭を抱えながら悩みに悩んだ末、ある一つの結論に辿り着く。
ボクよりたくさん経験がありそうな、相談しやすい人に話してみるしかない。


「……起きてるかな、影人さん」

 未だにおさまらない緊張を胸に抱きつつ、スマホを操作する。
──「黒崎 影人」 暫くまともに話も出来ていなかった彼の名をタップし、思い切って電話をかけてみることにした。

 ……こっちはこっちで、別の意味で緊張する……が。
ただ、久しぶりにちゃんと声が聞けるかもしれないこの瞬間に、少しだけほっとしている自分もいる。

 どうか、出てくれますように。……呼出音の向こうで彼が通話に出てくれることを祈りながら、応答を待った。

『……何?』
「……こ、こんばんは影人さん。……お久しぶり、です」
『うん……5000兆年ぶりだね』
「いや唐突に何言ってるんですかアナタは。……はは、相変わらずだなぁ」

 ……影人さんがしれっとボケをかまして、ボクが突っ込む。安定のノリに、思わず笑ってしまう。
少しだけ、緊張が治まってきた……かもしれない。まだ、この胸の内には「どうしよう、どうしよう」って気持ちはあるけれど。

『……で? 何の用?』
「あぁ、はい。えぇと……影人さんに、ちょっと相談がありまして」
『……何。』

 ―― 気のせいだろうか。いつもより、低い声で答えが返ってきた気がする。
いや、多分、気のせい……だろう。あの人は、いつだって声は低いし気だるげな人なのだ。
……気のせいだろう、というより。気のせいだ、と思いたい。

「……その、ボク、初めて女子と一対一で遊ぶことになりまして……」
『……へぇ。どうせ例の女とでしょ? 良かったじゃん。童貞のお前がデートに誘われるなんてさ。』
「う……な、なんかいちいちグッサリくる言い方してません?」
『気のせいだよ、多分ね。』
「多分って……」

 短く、けれどどこかバッサリと吐き捨てるように影人さんが言葉を紡ぐ。
……何だろう。何故だろう。よく分からないけれど、影人さんの言葉が、いちいち心を抉りに来ている……気がする。
 ……たとえて言うなら「罪悪感に似た何か」のような。「あれ? 影人さん怒ってる?」なんて。
~ような、ばかりで落ち着かない言葉を多々吐いてしまっているのも、また情けないのだが。

『……で? 一応聞くけど、相談って?』
「あ、それが……。……その。じょ、女子と二人で出かける時って、何かしないとなのかな~って。……服、何着てけばいいのか分かりませんし……エスコートとやらもしないとなのかな、とか……」

 色々聞きたいことはあるはずなのに、いざ言葉にしようとすると何も出てこない。相談するならもっと色々聞きたいことまとめてから電話かければ良かった……と、少しだけ後悔した。
えぇと、それで、……と、言葉に詰まりまくるボクの声を、影人さんは電話口の向こうでどんな顔をして聞いているのだろうか。

 焦りやら戸惑いやら恥ずかしさやら……複雑な感情がぐるぐるとしたまま話し続けるボクに、返ってきた答えは――

『…………ググれ。』

 ―― 今まで以上に低い声で送られた、その一言だけだった。
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