夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二.五章 夏休み編

第八話 「もしも」

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「……何、ここ」
「見てわかりません? 公園ですよ」
「いや……それは分かるけどさ」

 影人さんの手を引きながら歩き出して数分、祭会場を出たボクらは少し近くにある公園まで足を運んだ。
途中の屋台で買った人形焼きを口の中で踊らせながら、影人さんは若干不満そうにボクを見ている。
まぁ……それもそうだろう。ボクが彼を連れ出した目的は祭だというのに、急にその会場を離れてしまったのだから。

 ただ、離れた理由はちゃんとある。

「……穴場なんですって、ここが」
「穴場? ……何の?」
「花火です」

 ――それは、先ほど金魚すくいの屋台の前で窓雪さんがボクに耳打ちしてくれた情報だった。

 今回の祭の終わり間際に打ち上げられる花火は、この街で名物と言われるくらいに見事なものなのだが。その分、祭会場までわざわざ見に来る人も多く、会場がぎゅうぎゅう詰めになる。
つまるところ、人混みが嫌いな人にとっては、気持ちよくは見れないものらしい。

『今回のお祭りの花火がよく見える、とっておきの穴場があるの。私、毎年そこで花火を見てるんだけどね……人が来てるの、あんまり見たことなくて。良かったらそこで、黒崎君と見に行ってきなよ。まだクラスのみんなには内緒にしてることだからさ、私と貴方たちの秘密ね!』

 結局、ボクが親戚だと嘘ついた人が影人さんであることはバレていたが……恐らく、彼のことを考えての提案だったのかもしれない。
他人と一緒にいるのをあまり見たことがなく、ボク以外の奴とつるむ様子もない……そんな彼が、人混みの中で花火を見るだなんて考えられないだろう。
……ただ、それにしても。"とっておきの秘密"を後ろにいたギャル二人ではなく、ボクらに教えてくれた理由があまり見当つかないのだが。

「……ふーん。さっきの耳打ちはそれ? つまんない……」
「何を期待してたってんですかコンチクショウ!! ……だから、言ってるでしょう。あくまで窓雪さんとボクは友達ですし、何も無いって」

 どうやら、この悪趣味クソイケメン野郎はボクが女子と関わっているのを見ているのが好きなようだ。……多分。
とはいっても、ボクと関わってくれる優しい女子など窓雪さん一人くらいなのだが。

「そういえば、今何時? 花火って終わり間際なんでしょ?」
「あぁ、ええと……」

 影人さんに言われ、ボクはスマホを取り出す。
──20:55。予定通りにいけば、あと5分で花火が上がるはずだ。


 窓雪さんの言う通り、公園には不思議なくらい人がいなかった。まるで、ボクらのためだけに用意された舞台かのように。
少し不気味ささえ覚えるけれど、落ち着いて花火を見るには丁度いい静けさだ。

誰もいないからか、影人さんもお面を外して顔を晒している。
……改めて見ても分かる。同じ男として激しく劣等感を覚えるくらいの、見目良い姿だ。

「やっぱ、お面が無い方がいいですね」
「そう? まあ顔良いしね、俺」
「うわ、本当のことだとしても自分で言われるとやっぱ腹立つなコンチクショウ!」

 しれっと自慢をする影人さんの肩に、思わず平手を入れる。この人、実は案外自分の顔好きなんじゃないか?とさえ疑ってしまうほどの自信を感じられる時があるが、今まさにそうだ。
……ただ、本当に彼は顔がいい。ハッキリ否定が出来ないのが、一番悔しいのだが。



 ……そうこう話しているうちに、ボクのスマホが震えた。21:00になったことを知らせる、ほんの一瞬の振動。
口笛に似た音が街中に響き──

「……おぉ……!!」

 ── 破裂音と共に、夜空に花が咲いた。
赤、緑、黄色、オレンジ……様々な色の花火か、次々に咲いてはボクらの街を賑やかに照らしていく。

 周りの建物も少なく、生えている木々の位置も丁度花火の邪魔にならない場所にある。窓雪さんに教えてもらったこの公園は、静かに花火を見るにはまさにおあつらえ向きの場所だった。

「……綺麗ですね」
「うん」

 一瞬だけ咲いては散り、そしてまた花開く。あまりにも短く美しい芸術の花に、幻を見ているかのような感覚さえ覚えてしまう。

 ボクも今ばかりは普段のように話すことはせず。影人さんも、ただ黙って花火を見て。
ボクも影人さんもお互いの顔を見ることなく、ずっと花火に目を向けていた。

「……。ねぇ、蛍」

 炸裂する花火ラッシュの中、ぽそりと、影人さんがボクの名を呼ぶ。
綺麗な夜空の花に見惚れている間もボクの耳は、影人さんの声とボクの名を聞き逃さなかった。

「……何です?」
「蛍はさ……もしも、……もしも、だけど」



「──自分のことを好きになってくれた人がいたら、どうする?」


 ── 今日一番の大目玉であろう、とびきり大きな花火が咲いた。


 え、と言いながら影人さんに目を向ける。
影人さんはじっと花火を見つめていて、ボクと視線は交わらない。けれど、意識はボクの方に向いているのかもしれない。
 花火を見ながらボクの返答を待っているかのように、影人さんはそれ以上口を開かない。



「……。どうしたんですか、急にそんなこと聞いて」
「……もしも、って言ったでしょ。何となくだよ」

 言葉に詰まる。それは、以前ボクが七夕飾りに掲げた一つの願い事だった。

『ボク自身を愛してくれる人が、いつか現れますように』

 いたらいいな、という願望はある。
けれど、もしもいたら……なんて問いかけを、自分にしたことはなかった。

「……どう、……どう、しましょう。もしも、でも、現れるような気なんてしたことないし、想像したことありません」
「…………」
「……でも、そうですね。この先出会う中で、もしボクを「好き」って言ってくれる人が、……誰かとの繋がりを得るための存在じゃない、ただの「不破 蛍」としてボクを好きでいてくれる人がいるなら」

 空に咲き続ける花火に、視線を戻す。

「…………ボクも、その人と添い遂げたいな……なんて、思っちゃいますかね」

 昔は、――との繋がりを求める人のため。今は、影人さんとの繋がりを求める人のため。
今のボクは、周りからしたらそんな程度の存在でしかない。
「○○ありきの蛍」でしかない自分を、ただ唯一の存在として愛してくれる人が、いるのだろうか。

 もしも、ですら想像できなかったのは――ボク自身が、ボクのことをそうとしか見れなかったから。
影人さんがこうして問いかけてこなかったら、ずっと想像すらしないで過ごしていただろう。

「……そう」

 一通りボクの話を聞いた影人さんは、そう、静かに一言だけ返した。
普段なら、もう少しなんか言ってくれ……と、言ったかもしれないが。今ばかりは、その返答だけでも十分だった。
ボク自身が、上手く想像できないままに語った話だ。聞いてくれるだけ、ありがたいと思っている。

「見つかるといいね、そういう奴」
「……そうですね、本当にいるなら……。ま、ボクからしたら、UMAを探すようなものなので。それまでは、こうやって友達との時間を大いに楽しむとしますよ」

 そうして話しているうちに、花火の音が止まる。
会場から離れた今、祭りの方がどうなったかは分からないが……恐らく、時間的にそろそろ終わる頃だろう。

「……終わっちゃいましたかね。そろそろ帰りましょうか、影人さん」
「……うん」

 花火が終わり、元の静けさを取り戻した公園。
花火と共にフェードアウトするように、ボクらも隣合って歩き出した。



「……俺と同じだね、お前も」

 ──そう、後ろでぼそりと呟いた影人さんの声に、気づくことは無く。
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