夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二.五章 夏休み編

第七話 「久しぶり」

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 ── 影人さんが家に来て数時間後。
ボクらは用意された浴衣を着て、祭会場に足を運んだ。

 ボクの隣には、草色の浴衣を着た影人さん。
少し長めの髪を一つに束ね、腕には紫と黄緑のバングル。左サイドもピンで留めており、耳元がよく見える。全体的に、いつもより開放的でスッキリとした印象だ。
浴衣の襟元はゆるりと開かれ、胸元が少し顔を出す。世間でいう「チラリズム」とはこのことなのかもしれない、彼がもし芸能人だったらテレビで騒がれていたことだろう。多分。

 顔がいい男は、浴衣姿もひと味違う。棒立ち姿でも絵になるくらいの秀麗さに、周囲の誰もが目を奪われている。
……悔しい話だが、ボクも見るたびにため息が出そうになる。レベルが違いすぎるくらいの格好良さに。

「こんの容姿極振りチートイケメン野郎め……」
「それ褒めてんの?」
「褒めてます」

 一応褒めているつもりです、と更に念を押す。こうして話している間も、会場を練り歩きながら屋台や周りにいる人たちを眺めている。
チョコバナナ、お好み焼き、わたあめ、らくがきせんべい、ヨーヨーすくい。久しぶりに祭というものに来たボクにとって種類豊富な屋台は、懐かしいような、新鮮なような……不思議な気持ちを抱かせるものだった。

 そんな中、影人さんがある屋台を見つけるなり一目散に歩いて行く。

(……お面?)

 ――「キャラクターおめん」。影人さんの見た目からはあまりにイメージしにくい、子どもじみた店だった。
影人さんが手に取り店主から買い取ったのは、日曜朝の特撮ドラマに出てきそうなライダーのお面。
ボクのもとに戻るなり、お面を被ってすっぽりと顔を隠してしまった。

「なんで隠すんです?」
「え、……似合わない? コレ」
「いや、似合わないわけじゃない、ですけど……もったいないなあと思って」

 もったいない、と付け加えてため息をつく。
人との関わりをなるべく避けてるような人だ、もしかしたら知り合いに見つかるのを避けるためか、顔が良いから不特定多数に見られるのが嫌で隠すためか……どちらか、かもしれないが。
彼なりに理由があるのだろう、と今回は深く突っ込まないでおくことにした。

「まあ、せっかくだし少し遊びましょうか。そこの金魚すくいでも」
「えぇ……めんどくさいから一人でやって」
「ほんとノリ悪いなアナタは!!」



◇ ◇ ◇



 ── 金魚すくい一回100円、現在500円目。
何度挑戦してもすぐにポイを破ってしまい、未だ一匹も取れずじまいだ。
あと数ミリで、といったところで金魚には逃げられ、ポイは破れ。狭いプールの中で泳ぐ金魚全員が、ボクを嘲笑うかのようにスイスイ泳いでいる。

「……下手だね」
「うるさいですね、次こそ取ってやりますとも!」

 影人さんはというと、時々お面の下であくびをしながら腕組みポーズでボクの戦いを見ている。
「一人でやって」という言葉通り、参加する気はゼロだ。高みの見物とはこのことだろう。
 せめて一匹くらいは手にしたい……そう思って、ボクは財布から100円を出し、店主に「もう一度」と挑戦を申し込もうとした──その直前。

「……あれ? 不破くん、来てたんだ! 久しぶり!」

 聞き覚えのある高い声が、後ろから聞こえた。
え、と呟きながら振り返ると、そこにいたのは浴衣姿の窓雪さんと──

「へぇ、意外。アンタが祭に来るなんてさ」
「つか、そっちってもしかして黒崎君? なんか変なん被ってっけど」

 これまたお久しぶりの、ガングロギャルとツインテギャル。モモとリカ、と言っていただろうか。
いつも派手な人たちだけれど、着ている浴衣までかなり派手な配色と柄をしているとは。相変わらず見るだけで圧倒される存在だ、さすがギャル。
黒崎君、と呼ばれた影人さんは顔を隠すようにフイッと他所を向く。もう既にお面で隠れているというのに、それ以上隠してどうするのだろう。
まったく、せっかくクラスメイトが挨拶してくれたというのに。ボクは呆れ半分で影人さんの肩を叩く。

「ちょっと、どういう了見ですか影ひ――むぐっ!?」

 コンマ云秒、と言っても過言ではないレベルの速さで口を覆われた。何でこういう時は無駄に速いんだろう、この人。
どういうつもりで顔を向けようとしないのか、話そうとしないのか。今ここで問いただすことができない今、理解のしようがない。
けれど、なんとなく分かるのはただ一つ――影人さんは、クラスメイトと関わるのを極端に避けているかもしれない、ということだ。

「……不破君、大丈夫? それと、黒さ」
「あ~~~~~すみません!! この人地元から来たボクの親戚なんですけど、めっっっちゃくちゃコミュ障で人見知りすんごくてお喋りもクッソ下手くそでね!! 女子と話すのも得意じゃないもんでびっくりしちゃったみたいです! アハハ!! ね、そうでしょ?」

 ――我ながらなんて下手くそな言い訳だろう。そんな自分に内心呆れと嘲りを感じつつ、話を合わせるように影人さんに目を向ける。
影人さんは言葉を発することなく、首を縦に振るだけで意思表示をした。とりあえず、喋るのが苦手なコミュ障で通す気でいる……かもしれない。
 窓雪さんたちの方に目を向けると、案の定後ろにいるギャル二人は「意味不明」とでも言いたそうな表情でボクらを見ている。
……うん、そうだろう。そうも言いたくなるだろう。どう見ても、このイケメンオーラ漂う銀髪男は影人さんにしか見えないのだ。

 ……ただ、一人は違った。

「……ふふっ、そうなんだ。それは親戚君に悪いことしちゃったね、ごめんごめん」
「え、ケイ……マジで信じてんの? そいつどう見ても黒さ」
「不破君が言うならそうだと思うよ、私。だって不破君、嘘下手そうだし!」

 クスクス、と笑いながら窓雪さんが謝る。嘘下手そうだし、には若干複雑な感情を覚えるけれど、とりあえず信じてくれてる……というより、話を合わせてくれてるのだろうか。
どちらにせよ、ありがたい限りだ。もし後ろのギャル二人だけだったら、このまま問い詰められて困ったことになったかもしれない。

「とりあえず、久しぶりに顔が見られて良かった。元気そうで良かったよ」
「あ、ありがとうございます。窓雪さんも、楽しんでるようで何よりです」
「うん! ……あ、そうだ不破君。ちょっと耳貸して!」

 そう言うなり、窓雪さんが一歩ボクに歩み寄る。
女子が手に届く距離にいる、それだけでボクの心臓は緊張で早鐘を鳴らしているけれど。とりあえずボクは少し屈み、言われた通りに窓雪さんに耳を傾けた。

「――――――――――」

 ぼそぼそ……と、小さな声でボクに向かって語りかける。緊張と恥ずかしさで顔まで熱くなってきたけれど、窓雪さんの言葉は漏らさず聞き取った。
最後まで言い終えた窓雪さんは軽やかなステップを踏むようにボクから離れ、ギャル二人の元へと戻る。

「……それじゃ、また学校でね! モモ、リカ、行こ!」
「あ、おう。……じゃね、二人とも」
「は、はい……ええと、また今度……?」

 屋台並びと人の群れの中へと消えていく三人の背を見送りながら、ボクは小さく手を振った。
……あぁ、緊張で死ぬかと思った。話すだけならまだしも、あまり距離が近くなったり触れられたりすると、ガチガチに固まってしまう。
三人が遠くなった頃、影人さんに目を向ける。――案の定、肩を震わせて笑っているようだった。

「おい、何笑ってんですか容姿端麗クソ野郎」
「あまりにも女慣れしてなさすぎで反応が面白かったから、つい……ふっ……」
「ぶっ飛ばすぞ百戦錬磨のイケボ野郎め!!」

 ボクが理性のない男だったら、多分今頃蹴り飛ばしていたかもしれない。微妙にふつふつと沸く怒りを抑え……代わりに、思いきり感情を込めてため息をついた。
本当に悪趣味だなぁ、この人は。前々からそうだったけれど、ボクの女子に対する反応はそんなにも面白いだろうか。

「そういえば、影人さん。さっき、窓雪さんが教えてくれたんですけど……」
「何を?」
「……へへ。ちょっと、ボクに付き合ってください。途中の屋台で欲しいのあったら、買っていいんで」

 ボクの言葉に、影人さんは「えぇ……」という、不満そうな返答をする。
が、今回は有無を言わせるつもりはない。先ほど窓雪さんたちの前で一芝居を打ってやった恩返しだと思って、と言いながらボクは影人さんの細い手首を掴んで歩き出した。
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