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第二.五章 夏休み編
第六話 例えて言うなら虫の息
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―― 日帰り温泉旅行を終えた数日後。月を跨ぎ、現在八月。
七月頃でも十分すぎるくらいだった日差しが、更に強さを増して。ここまでくると、もはや太陽のひとり舞台だ。
『皆さんも不要不急の外出は控え、冷房を適切に使い……』
この注意喚起も何度聞いたことだろうか。ここのところ毎日だ。
今日もクソ暑くなるんだろうなぁ、と呟きながら真夏の救世主・エアコンのリモコンに手を伸ば……
「ん?」
……そうとしたところで、スマホが震える。その振動と着信音が、僕の意識を別方向へ逸らした。
──【着信 黒崎 影人】
「……影人さん?」
あの人が、自分から電話なんて珍しい。何かあったんだろうか。
そんなことを考えつつ、通話ボタンをタップする。
もしもし、とお決まりの挨拶を決めると、
「クーラー壊れた、このままだと死ぬ……」
── 生と死の間際を彷徨う男の一言が、電話口に響いた。
◇ ◇ ◇
「……まあ、災難でしたね影人さん」
「ホントにね、殺されるかと思ったよ。リモコンも全然反応しなかったし……」
電話口、影人さんの今にも召されそうな声が聞こえてから数十分。数日分の荷物をまとめた影人さんが家に来た。
家に来た頃には、それはそれはもう汗まみれ。話を聞くに、朝起きた頃にはエアコンがガチで効かなくなってて、目覚めた頃には部屋が灼熱地獄の如くだったそうだ。
叔母さんの案内でシャワーを浴び終えた影人さんは今、ボクや叔母さんたちと四人でテーブルを囲んで一緒にそうめんを啜っている。
「それにしても、この時期にエアコンがイカれちまうなんてほんとついてねぇなぁ影人君。業者もしばらく来ないだろ? この時期混んでるし」
「まあ……予約立て込んでるから、一週間はかかる……らしくて」
「そうなの……ふふ、影人君なら何泊でも大歓迎よ。自分の家だと思ってくつろいでくれていいからね。あ、いっそこのまま二人まとめてうちの子になる?」
「いや……それはいいっす……」
和気あいあい、といった様子の三人。影人さんは相変わらずのローテーションだが、叔父さんと叔母さんはお構いなしで。
特に叔母さんは影人さんが来てくれたことがかなり嬉しいのか、そこそこにテンションが高い。
このクソ暑い時期をエアコンなしで乗り越えるのは、さすがに命懸けすぎる。業者に直してもらうまで、影人さんは我が家に泊まることになった。
まさか次は彼が来ることになるとは思わなかったけれど、これはこれで嬉しい。叔父さんも叔母さんも、影人さんが泊まりに来ることに関しては二つ返事で大賛成だった。
叔父さんと叔母さん、影人さんとボク。四人でそうめんを一通り啜り終えたところで、「そういえばねえ」と叔母さんが思いついたように話し始めた。
「影人君は、今夜この街で夏祭りがあるの知ってる?」
「あぁ……スーパーとかコンビニとかのポスターでなら……」
「そうか。せっかく夏休みなんだし、二人で一緒に行ってきたらどうだ? 楽しいぞ~、友達同士で祭会場を歩き回るのは」
叔父さんと叔母さんは二人、ボクらを見ながら口元を綻ばせた。
「えぇ……」とあまり気が進まない様子の影人さんを横目に、二人で祭会場を歩く情景を想像する。
二人で祭り会場を練り歩きながら屋台の食べ物を食べたり、射的や金魚すくいで遊んだり。「友達と祭に行く」という経験も無いボクとしては本当にぼんやりとした想像しかできないけれど、きっと楽しいものだろう。
「ボク、行きたいです。影人さん、行きましょうよ」
「えぇ、祭って人多いでしょ……人混み嫌い……」
「まぁまぁそう言わずに。17歳、高校二年の夏なんてもう二度と来ないんだぞ? 青春真っ只中なんだから、楽しまなきゃ損ってもんだ! 俺も二人くらいの頃はよーーく遊び歩いたもんだよ」
豪快に笑いながら叔父さんが言う。それに対し影人さんは「はぁ……」と、一言だけ。
元々祭にそこまで乗り気じゃない分、その言葉にはいまいちピンと来ていないのかもしれない。
(……高校二年生の夏は二度と来ない、かぁ)
何となく、わかる気はするけれど。この間の温泉旅行でもそうだったが、今年の冬や来年にはボクらもどう転がるか分からないのだ。
遊べるうちに、たくさん遊んでおけ……ということなら、今がそうなのかもしれない。
「でも叔父さん、祭って言ってもボク浴衣とか持ってませんよ。影人さんは?」
「持ってない」
「あら、それなら大丈夫よ。ちょっと待ってて」
食べ終えた食器を流しに置き、叔母さんが部屋を出る。五分と経たないうちに持ってきたのは、全く着てないんじゃないか?と思うくらいに綺麗な二着の浴衣だった。
色は瑠璃色と草色の二つ。どちらもほぼ無地で、これといって目立つ柄はないシンプルなものだ。
「お、懐かしい。一回着てクリーニングに出したっきり着てなかったなぁ……。そうだそうだ、俺が着てたそのお古で良けりゃあるから、二人とも着てくれよ」
「ちょうど色も二人に似合いそうだもの、運命感じちゃうわね~……ふふふ。ここに置いとくからね」
「ありがとうございます、叔父さん叔母さん」
運命というか、都合が良いというか。祭に行く前だというのに、浴衣を見たボクはそれだけで胸を躍らせていた。
影人さんは表情変わらず、だるそうな目をしているけれど。「しょうがないなぁ……」という言葉が聞こえたあたり、影人さんも一緒に来てくれるのだろう。
温泉旅行の時もそうだったが、結局なんだかんだで一緒にいてくれるのは、ボクとしては嬉しい。
「祭って何時からでしたっけ?」
「祭自体はお昼の1時からだが、最後に花火が上がる時間があったはずだ。夜に行くのがちょうどいいんじゃないか?」
「そうですか……じゃ、それまでは適当に遊びましょうかね、影人さん」
「うん」
ごちそうさまでした、と両手を合わせて一言。
すっかり浮かれ気分になったボクは、夜が来るのを待ちわびながら影人さんと階段を昇った。
七月頃でも十分すぎるくらいだった日差しが、更に強さを増して。ここまでくると、もはや太陽のひとり舞台だ。
『皆さんも不要不急の外出は控え、冷房を適切に使い……』
この注意喚起も何度聞いたことだろうか。ここのところ毎日だ。
今日もクソ暑くなるんだろうなぁ、と呟きながら真夏の救世主・エアコンのリモコンに手を伸ば……
「ん?」
……そうとしたところで、スマホが震える。その振動と着信音が、僕の意識を別方向へ逸らした。
──【着信 黒崎 影人】
「……影人さん?」
あの人が、自分から電話なんて珍しい。何かあったんだろうか。
そんなことを考えつつ、通話ボタンをタップする。
もしもし、とお決まりの挨拶を決めると、
「クーラー壊れた、このままだと死ぬ……」
── 生と死の間際を彷徨う男の一言が、電話口に響いた。
◇ ◇ ◇
「……まあ、災難でしたね影人さん」
「ホントにね、殺されるかと思ったよ。リモコンも全然反応しなかったし……」
電話口、影人さんの今にも召されそうな声が聞こえてから数十分。数日分の荷物をまとめた影人さんが家に来た。
家に来た頃には、それはそれはもう汗まみれ。話を聞くに、朝起きた頃にはエアコンがガチで効かなくなってて、目覚めた頃には部屋が灼熱地獄の如くだったそうだ。
叔母さんの案内でシャワーを浴び終えた影人さんは今、ボクや叔母さんたちと四人でテーブルを囲んで一緒にそうめんを啜っている。
「それにしても、この時期にエアコンがイカれちまうなんてほんとついてねぇなぁ影人君。業者もしばらく来ないだろ? この時期混んでるし」
「まあ……予約立て込んでるから、一週間はかかる……らしくて」
「そうなの……ふふ、影人君なら何泊でも大歓迎よ。自分の家だと思ってくつろいでくれていいからね。あ、いっそこのまま二人まとめてうちの子になる?」
「いや……それはいいっす……」
和気あいあい、といった様子の三人。影人さんは相変わらずのローテーションだが、叔父さんと叔母さんはお構いなしで。
特に叔母さんは影人さんが来てくれたことがかなり嬉しいのか、そこそこにテンションが高い。
このクソ暑い時期をエアコンなしで乗り越えるのは、さすがに命懸けすぎる。業者に直してもらうまで、影人さんは我が家に泊まることになった。
まさか次は彼が来ることになるとは思わなかったけれど、これはこれで嬉しい。叔父さんも叔母さんも、影人さんが泊まりに来ることに関しては二つ返事で大賛成だった。
叔父さんと叔母さん、影人さんとボク。四人でそうめんを一通り啜り終えたところで、「そういえばねえ」と叔母さんが思いついたように話し始めた。
「影人君は、今夜この街で夏祭りがあるの知ってる?」
「あぁ……スーパーとかコンビニとかのポスターでなら……」
「そうか。せっかく夏休みなんだし、二人で一緒に行ってきたらどうだ? 楽しいぞ~、友達同士で祭会場を歩き回るのは」
叔父さんと叔母さんは二人、ボクらを見ながら口元を綻ばせた。
「えぇ……」とあまり気が進まない様子の影人さんを横目に、二人で祭会場を歩く情景を想像する。
二人で祭り会場を練り歩きながら屋台の食べ物を食べたり、射的や金魚すくいで遊んだり。「友達と祭に行く」という経験も無いボクとしては本当にぼんやりとした想像しかできないけれど、きっと楽しいものだろう。
「ボク、行きたいです。影人さん、行きましょうよ」
「えぇ、祭って人多いでしょ……人混み嫌い……」
「まぁまぁそう言わずに。17歳、高校二年の夏なんてもう二度と来ないんだぞ? 青春真っ只中なんだから、楽しまなきゃ損ってもんだ! 俺も二人くらいの頃はよーーく遊び歩いたもんだよ」
豪快に笑いながら叔父さんが言う。それに対し影人さんは「はぁ……」と、一言だけ。
元々祭にそこまで乗り気じゃない分、その言葉にはいまいちピンと来ていないのかもしれない。
(……高校二年生の夏は二度と来ない、かぁ)
何となく、わかる気はするけれど。この間の温泉旅行でもそうだったが、今年の冬や来年にはボクらもどう転がるか分からないのだ。
遊べるうちに、たくさん遊んでおけ……ということなら、今がそうなのかもしれない。
「でも叔父さん、祭って言ってもボク浴衣とか持ってませんよ。影人さんは?」
「持ってない」
「あら、それなら大丈夫よ。ちょっと待ってて」
食べ終えた食器を流しに置き、叔母さんが部屋を出る。五分と経たないうちに持ってきたのは、全く着てないんじゃないか?と思うくらいに綺麗な二着の浴衣だった。
色は瑠璃色と草色の二つ。どちらもほぼ無地で、これといって目立つ柄はないシンプルなものだ。
「お、懐かしい。一回着てクリーニングに出したっきり着てなかったなぁ……。そうだそうだ、俺が着てたそのお古で良けりゃあるから、二人とも着てくれよ」
「ちょうど色も二人に似合いそうだもの、運命感じちゃうわね~……ふふふ。ここに置いとくからね」
「ありがとうございます、叔父さん叔母さん」
運命というか、都合が良いというか。祭に行く前だというのに、浴衣を見たボクはそれだけで胸を躍らせていた。
影人さんは表情変わらず、だるそうな目をしているけれど。「しょうがないなぁ……」という言葉が聞こえたあたり、影人さんも一緒に来てくれるのだろう。
温泉旅行の時もそうだったが、結局なんだかんだで一緒にいてくれるのは、ボクとしては嬉しい。
「祭って何時からでしたっけ?」
「祭自体はお昼の1時からだが、最後に花火が上がる時間があったはずだ。夜に行くのがちょうどいいんじゃないか?」
「そうですか……じゃ、それまでは適当に遊びましょうかね、影人さん」
「うん」
ごちそうさまでした、と両手を合わせて一言。
すっかり浮かれ気分になったボクは、夜が来るのを待ちわびながら影人さんと階段を昇った。
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