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第二章
第十話 宵の口
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三栗谷先生との話を終えたボクは保健室を出て、影人さんの後を追うことにした。
辺りを夕焼け色に染めていた太陽もすっかり沈みかかっており、あと少しで夜が来る。スマホを覗けば、叔母さんからのメールが入っていた。
「しまった、呼ばれた時点で連絡しておけば良かった……」
連絡もなしに遅くなるとなれば、心配するのも当たり前だ。かといって、まさか「友達の喧嘩を止めてて遅くなりました」とは言えない。
「先生と進路について話をしてて遅くなりました、今から帰ります」と返信し、玄関へ向かった。
……一応、数分とは言え進路の話もしてはいたのだ。ある意味、嘘ではない。
「……遅かったね、蛍」
「影人さん! ……待っててくれてたんです?」
「うん」
いつもの、気怠げな低い声。玄関を出てすぐのところに、影人さんはいた。
片手にはスマホ。イヤホンを付けているところを見るに、ここでずっと音楽か何かを聴いていたのだろう。
……いつもは待たせる側の影人さんが、ボクを待っててくれてたからか。心の中に、ふわりと柔らかな感情が込み上がる。
少し口元が緩みそうになったが、唇に力を入れてどうにか堪えた。
「……俺が待ってたの、そんなに嬉しい?」
「へ!? ま、まぁ、嬉しいと言えば嬉しいですが……え、そんなに嬉しそうに見えます?」
「……今朝言ったでしょ、蛍は分かりやすいって。口元緩みそうになってない?」
そう言われ、咄嗟に自分の口を押さえる。……堪えたつもりだったのだが、影人さんにはお見通しだったようだ。
なんとなく気恥ずかしさを感じつつ、ボクは影人さんの隣に並ぶ。歩き始めた彼のペースに合わせ、ボクも歩みを進めた。
「……。俺がいない間、色々聞いたでしょ。つまらない昔話」
影人さんの言葉に、ヒヤリと背筋が凍りつく。
いくら三栗谷先生の方から話してきたからとはいえ、彼にとっては触れて欲しくないであろう話をボクは聞いてしまっていたのだ。
「……はい。ごめんなさい、色々聞いちゃいました。体の傷のこととか、家にいた時のこととか……」
目を逸らしながら語る。
聞いた時は、彼を深く知ることができて良かったと思っていたが。いざ本人を目の前にすると、後ろめたさを感じてしまう。
怒ってるだろうか。やはり、踏み込むのは良くなかったのだろうか。緊張と不安で、心臓がどくどくとうるさく鳴り響く。
「……あ、そう……。……まぁいつかバレると思ってたし………気にしなくていいよ」
「へ? お、……怒らないんです?」
「うん。……あいつが蛍を俺の家に寄越した時点で、そうなるかもって予想はしてた。あいつでしょ、俺の家教えたの。どこで知ったか知らないけどさ……」
恐る恐る、影人さんに目を向ける。影人さんは、いつもの無表情でボクに語りかけていた。
三栗谷先生を目の前にした時の刺々しい雰囲気は、もうそこには無い。
少し安堵したボクは、影人さんに目を向ける。夕焼けに照らされたその横顔はCGかと見紛うほどに綺麗で――一瞬だけ、ボクの隣に普通にいるのが不思議な気分になってしまった。
「……俺にとっては、思い出したくもない過去のことだから。だから、変に気遣わなくていいよ。……蛍は、今まで通り一緒にいてくれれば、それで」
「あ、……はい。今まで通り……何も変わらず、ですね?」
「うん、そう。……それと」
ぴた、と足が止まる。
「……俺、お前に色々と嘘吐いてた。ごめん」
「嘘?」
「家に入れない理由とか……」
髪の毛をいじりながら、影人さんが言う。一瞬なんのことかと戸惑ったが、すぐに理解した。
一年前からずっと続いていたこと……ボクを頑なに家に入れなかったことや、体の傷を「クラスメイトと喧嘩してできた」と誤魔化していたことだろう。
そんなの、ボクにとっては些末なことだった。今から思えば、それらも全て納得のいくことなのだ。
もしもボクが影人さんで、影人さんがボクだったなら。おいそれと人に見せられない自分の姿を見せないよう、同じ事をして彼を遠ざけたに違いない。
……ボクに心配をかけたくなかったのか、それとも知られたくなかったのか。
どちらかは分からない。けれど、この際それはどっちでもいい。
「なんだ、そんなこと……いいんですよ、それくらい。ボクは全然気にしてませんから」
「……うん、ありがと」
礼を述べつつも、足を止めたまま動かない。
そんな影人さんの手を取り、両手で包むように握りしめる。
普段なら、男の手なんて滅多に握らないのだが……何となく、そうしたくなったのだ。
「……ボクは隣に居ますよ。アナタがボクを「嫌い」って言うまでね」
驚いたようにボクを見つめる赤い瞳に、そう語りかけた。
辺りを夕焼け色に染めていた太陽もすっかり沈みかかっており、あと少しで夜が来る。スマホを覗けば、叔母さんからのメールが入っていた。
「しまった、呼ばれた時点で連絡しておけば良かった……」
連絡もなしに遅くなるとなれば、心配するのも当たり前だ。かといって、まさか「友達の喧嘩を止めてて遅くなりました」とは言えない。
「先生と進路について話をしてて遅くなりました、今から帰ります」と返信し、玄関へ向かった。
……一応、数分とは言え進路の話もしてはいたのだ。ある意味、嘘ではない。
「……遅かったね、蛍」
「影人さん! ……待っててくれてたんです?」
「うん」
いつもの、気怠げな低い声。玄関を出てすぐのところに、影人さんはいた。
片手にはスマホ。イヤホンを付けているところを見るに、ここでずっと音楽か何かを聴いていたのだろう。
……いつもは待たせる側の影人さんが、ボクを待っててくれてたからか。心の中に、ふわりと柔らかな感情が込み上がる。
少し口元が緩みそうになったが、唇に力を入れてどうにか堪えた。
「……俺が待ってたの、そんなに嬉しい?」
「へ!? ま、まぁ、嬉しいと言えば嬉しいですが……え、そんなに嬉しそうに見えます?」
「……今朝言ったでしょ、蛍は分かりやすいって。口元緩みそうになってない?」
そう言われ、咄嗟に自分の口を押さえる。……堪えたつもりだったのだが、影人さんにはお見通しだったようだ。
なんとなく気恥ずかしさを感じつつ、ボクは影人さんの隣に並ぶ。歩き始めた彼のペースに合わせ、ボクも歩みを進めた。
「……。俺がいない間、色々聞いたでしょ。つまらない昔話」
影人さんの言葉に、ヒヤリと背筋が凍りつく。
いくら三栗谷先生の方から話してきたからとはいえ、彼にとっては触れて欲しくないであろう話をボクは聞いてしまっていたのだ。
「……はい。ごめんなさい、色々聞いちゃいました。体の傷のこととか、家にいた時のこととか……」
目を逸らしながら語る。
聞いた時は、彼を深く知ることができて良かったと思っていたが。いざ本人を目の前にすると、後ろめたさを感じてしまう。
怒ってるだろうか。やはり、踏み込むのは良くなかったのだろうか。緊張と不安で、心臓がどくどくとうるさく鳴り響く。
「……あ、そう……。……まぁいつかバレると思ってたし………気にしなくていいよ」
「へ? お、……怒らないんです?」
「うん。……あいつが蛍を俺の家に寄越した時点で、そうなるかもって予想はしてた。あいつでしょ、俺の家教えたの。どこで知ったか知らないけどさ……」
恐る恐る、影人さんに目を向ける。影人さんは、いつもの無表情でボクに語りかけていた。
三栗谷先生を目の前にした時の刺々しい雰囲気は、もうそこには無い。
少し安堵したボクは、影人さんに目を向ける。夕焼けに照らされたその横顔はCGかと見紛うほどに綺麗で――一瞬だけ、ボクの隣に普通にいるのが不思議な気分になってしまった。
「……俺にとっては、思い出したくもない過去のことだから。だから、変に気遣わなくていいよ。……蛍は、今まで通り一緒にいてくれれば、それで」
「あ、……はい。今まで通り……何も変わらず、ですね?」
「うん、そう。……それと」
ぴた、と足が止まる。
「……俺、お前に色々と嘘吐いてた。ごめん」
「嘘?」
「家に入れない理由とか……」
髪の毛をいじりながら、影人さんが言う。一瞬なんのことかと戸惑ったが、すぐに理解した。
一年前からずっと続いていたこと……ボクを頑なに家に入れなかったことや、体の傷を「クラスメイトと喧嘩してできた」と誤魔化していたことだろう。
そんなの、ボクにとっては些末なことだった。今から思えば、それらも全て納得のいくことなのだ。
もしもボクが影人さんで、影人さんがボクだったなら。おいそれと人に見せられない自分の姿を見せないよう、同じ事をして彼を遠ざけたに違いない。
……ボクに心配をかけたくなかったのか、それとも知られたくなかったのか。
どちらかは分からない。けれど、この際それはどっちでもいい。
「なんだ、そんなこと……いいんですよ、それくらい。ボクは全然気にしてませんから」
「……うん、ありがと」
礼を述べつつも、足を止めたまま動かない。
そんな影人さんの手を取り、両手で包むように握りしめる。
普段なら、男の手なんて滅多に握らないのだが……何となく、そうしたくなったのだ。
「……ボクは隣に居ますよ。アナタがボクを「嫌い」って言うまでね」
驚いたようにボクを見つめる赤い瞳に、そう語りかけた。
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