夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二章

第七話 悪状況

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 ―― 放課後。
ホームルーム終了と共にチャイムが鳴ると、机に伏せていた影人さんがゆっくりと起き上がる。

「……やっと終わった。5日ぶりに来ると、余計だるい……」
「これが今度は毎日続くんですよ。大丈夫です、毎日来てれば嫌でも体が慣れますから」

 今日までの5日間、影人さんは療養のためずっと家に籠もっていた。
家の中で何をしていたかはまで知らないが、朝いつも眠たそうにしている影人さんのことだから、もしかしたら休み中は朝遅くまで悠々と寝ていることもあったかもしれない。
そんな彼からしたら、毎朝8時までにコンビニ……なんて、中々酷だろう。それでも、ボクは容赦をするつもりはないが。

 帰り支度を整え、ボクと影人さんは道行く女子の視線を浴びつつも玄関先へと辿り着いた。
影人さんと下校も、大分久しぶりだ。そう思いながら下駄箱を開けたところで、ハッと手を止める。
そういえば、一つ済ませなければならない用事があったのだ。忘れるところだった。

「あ、影人さん。ちょっと待っててもらっていいですか? ボク、職員室に寄らなきゃ」
「職員室? お前何かしたの?」
「人聞き悪いこと言うなアルビノダウナーイケメン野郎!! 進路希望調査票、提出期限今日までなんですよ。すっかり忘れてました」
「え、俺書いてないよそれ」
「さも当たり前のように言うな!! さっさと書いて提出しなさい!!」

 しれっと言う影人さんにそう吐き捨て、ボクは足早に職員室へと向かった。





「……すみません、先生。色々考えてみてはいるんですけど、中々答えが出てこなくて……」

 職員室に入り、真っ先に担任の教師のもとへ向かったボク。ほぼ真っ白な紙を手渡すことに、罪悪感というか……後ろめたさしかない。
第一希望、第二希望、第三希望ともにまだ「未定」の文字しかない進路希望調査票を見た担任の教師は、少し困ったように苦笑しながらボクを見た。

「そうか……まぁ、大学選びは難しいにしてもなぁ。何か、将来就いてみたい仕事とか、そういう夢はないのか?」
「それもあまり、ピンと来るものがないんです。今のところ、将来やりたいことっていえば「家を出て一人暮らしがしたい」ってだけで……」

 先生の手によって机の上に置かれた、ボクの進路希望調査票。「未定」以外ほぼ真っ白であるその紙に、我ながら自己嫌悪に似た感情を抱いてしまう。
今ボクが実家を離れて叔父さんと叔母さんの家でお世話になっているのも、この高校に通っているのも、全ては「実家から離れたい」というのが全ての理由だ。

 ワケあって、実家には二度と帰りたくない。けれど、いつまでも叔父さんと叔母さんの世話になるのも申し訳なくて。
高校を出たら一人暮らしをしようというのは、ボクの中での数少ない決定事項。一人暮らしをしてもちゃんと生活できるように、叔母さんからは家事を一通り習っているところだ。

 けれど、それ以外のことはどうしようかと聞かれると、この有様だ。
特別したいこともまだ浮かばない。どこの大学のどの学科に行こうかというのもまだピンとこないし、かといって就職にするかと言われても「自分がどの職種に行きたいか」というイメージすら湧かない。

 最悪、決まるまでバイトで日々を食いつなぐという選択肢も無くはないのだろうが……それだけは避けたい。
その日暮らしでいるよりも、「自分はこういう人間だ」と自己確立できるようになりたいのだ。
自分で自分をしっかり支えて、自分で決めた人生を歩いて行けるようになりたい。

――そのための答えが全く出てこないというのが、中々に滑稽なのだが。

「……まぁ、今はまだ二年の一学期だ。高校生の不破には時間がたっぷりある、今のうちに色々なことを経験してじっくり考えていくといい。大人になると、将来のことを考える余裕もなくなってくるからなぁ。呼び出して悪かったな、不破」
「いえ、ありがとうございます。叔父さん叔母さんとも、機会を作って話し合ってみます」

 失礼します、と一言告げて職員室を去る。
……入る前は少し気が重たかったけれど、教師と話をして少し気が軽くなったかもしれない。

(今のうちに色々なことを経験して……かぁ)

 この高校生活の中で、どこまでたくさんのことを経験できるかは分からないけれど……それが手立てになるのなら、これを機に何かを始めてみてもいいのだろうか。
まず何を始めようか、というのを考えるところから始まるのだが。



 とりあえず教師との話も終わったことだし、影人さんのもとに戻ろう。
まさか玄関先でずっと待っているわけでもないだろう、そう思ったボクはスマホのホーム画面とメール、メッセージアプリを確認する。
けれど、影人さんからの新着メッセージはどこにもなかった。だとすると、まだ玄関先で待っていてくれてるのだろうか。

 とりあえず行ってみれば分かるだろう。影人さんの姿がどこかに無いか、周囲を見渡しつつ玄関先へ向かった。
……だが。下駄箱や予定表の書かれた黒板や傘立て。玄関中を見渡しても、どこにも銀髪男の姿がない。

(……もしかして、外か?)

 玄関先でずっと待っていても、他の生徒の邪魔になる。
人混みが苦手そうな彼が、そもそも玄関先でじっと待っているなんていうのも想像し難い。

 革靴に履き替えたボクは傘立てから自分の傘を持ち出し、外に出た。
雨が上がった空の下、校庭に向かう生徒や校門へ向かう生徒がちらほら見えるだけで、影人さんの姿はまだ見当たらない。

 ……それでも影人さんの姿を探し続けた。
メッセージも無しに姿を消すなんて、ちょっとおかしい。こういう時、彼が何も言わずにどこかへ行ったことなんて一度も無かった。
……彼の身に何かあったのだろうか、そんな考えが頭をよぎって。予想のつかない状況に、鼓動が早くなる。
この悪い予感が、大袈裟であれば良いのだが――


「……なぁ、おい。あれ、黒崎じゃね?」
「やべぇ、しかも一緒にいんの小野田先輩じゃん。あいつ、なんかしたのか?」

 校庭に入る間際、足を止めた。近くを通った男子生徒二人が、体育館の方を見ながらひそひそと話をしている。
男子生徒二人の視線を追う――そこにいたのは、今日の昼間踊り場で痴話げんかをしていた金髪男と、その男に引っ張られて行く影人さんの姿だった。
男子生徒二人の話をそのままの意味で受け取るなら、恐らく今影人さんを引っ張っているあの金髪男が「小野田」とやらだろう。
 奥へと向かっていく二人。向かう先は恐らく体育館裏……だと思う。

(……これ、もしかしてとてもまずい状況なのでは……?)

 どう見ても、仲良くお話ししましょうみたいな和やかな雰囲気ではないのは確かだ。
少し、状況を確認しよう。二人に気付かれないよう、ボクはその後を追った。
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