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第二章
第六話 装飾
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「……5日ぶりですね、影人さん。おはようございます」
「……おはよ、蛍」
あれから連日、ボクは影人さんの家に通い倒し。お節介しまくった結果、無事影人さんは完治して復帰に至った。
コンビニ前で待ち合わせて、二人で登校する。久しぶりに戻った「いつも通り」が、少しばかり愛おしい。
……これが、雨でなければもっと良かったのだが。
「……何にやにやしてんの」
「え? や、やだなぁにやにやだなんて、そんなことないですよ」
「……お前、顔に出やすいの自覚したことある? 結構分かりやすいよ」
「え"っ」
……隠しても無駄だったらしい。ボクはそんなに分かりやすいのだろうか……。
そうだ、素直に認めよう。ボクは久しぶりに一緒に登校できることが嬉しいです。はい。
そんな風に返すと、影人さんは「そう」とだけ返してきた。おい、もうちょっとなんか言えコラ。
――影人さんが復帰した教室は、久しぶりに「影人君」コールの嵐になった。
彼のいない教室最後の二日間あたりでは、朝少し尋ねられただけでもう気にもかけられなくなっていたのだが。
「黒崎君、風邪もう大丈夫なの?」
「あたしたち、めっちゃ心配したんだよ~!! 黒崎君いなくて寂しかったぁ~!!!」
「……あぁ、うん」
わらわらと寄り付く女の子たちに、影人さんは適当な返事を返す。今の女子たちの視界に、ボクの存在はない。
影人さんがいない時は、しつこく「何か聞いてない?」なんて話しかけてくる時もあったのに。やはりボクは伝書鳩でしかないようだ。南無三。
「……流石、世界遺産級のイケメンは扱いが違いますね」
「朝からうるさくて無理……」
一時間目後の、10分休憩の時間。ボクと影人さんは教室から離れ、屋上前の階段に座り込んだ。
人の多い場所から離れられたからか、ほっとしたように影人さんがため息をついた。
前髪をくしゃっと上げる仕草をしているだけなのに、背後にキラキラした何かが見えるのは気のせいか。ボクがやったら、絶対に「何あいつ」とか言われかねないかもしれないのに。これだからイケメンは。
「ところで、影人さん。この数日、ボク以外に誰かお見舞いとか来たんですか?」
「……誰も。うちにまで来たのはお前だけだよ、甲斐甲斐しく世話してくれたのもお前だけ」
「え、そうなんですか? ……みんな、あんなに普段チヤホヤしてるのに?」
「……そういうもんだよ。あいつら、俺がいる間はうるさいけど、いなきゃいないでお構いなし。俺に飽きたら、次に興味持ったやつのとこにあっさり行くよ。ああいうのは」
……上辺だけだから。
そう、いつものことを話すかのように、しれっと影人さんは語る。
何事も無いように影人さんは話すけれど、聞いているボクとしてはとても寂しい話だ。
普段あれだけ「黒崎君、黒崎君」とうるさいのに、肝心な時は傍に行かないなんて。
それじゃあ、まるで――影人さんは、女子にとって都合の良い存在じゃないか。
女子に怒りすら覚える。影人さんは、誰かが傍に行かなければあのまま独りで苦しんでいたというのに。
「……。…………」
「何、その顔。もしかして怒ってる?」
「え? ……お、怒るってほどではないですけど……その。……何なんだろうなぁって思って。本当に好きなら、ボクより先に、……ボク以上に、色々しようと動くべきだろうに」
「……前に言ったでしょ。覚えてる?」
『―― 俺に寄ってくる女が全員、ちゃんと俺のこと見てると思う?』
……真っ先に思い出したのは目を細めながらボクに言ったあの言葉。あの頃は、あまりよく意味を理解できないでいた。
けれど、今になってようやく分かった気がする。きっと、こういうことを言いたかったのかもしれない。
「……。あいつらからしたら、ただの「アクセサリー」だからね、俺。金さえ払えばヤらせてくれる、都合の良い男。付き合いが出来たら、他の奴らに自慢できる。ほら、俺って顔が良いじゃん」
「えぇ、憎たらしいくらいイケメンですね。……うーん、でも分かる気はしますね。ボクだって可愛い女の子がデートの相手とかしてくれたら嬉しいですし、自慢もしたくなります」
「……まぁ、そういう感じで大体合ってるかもね。ただ、俺の言うことってデートだけじゃなくてこないだ動画で見せたセック」
「わぁあぁあああぁああああ!!!!!!!」
咄嗟に叫び、影人さんの口を手で塞いでしまった。あの一件で叔父さんから知識として少しだけ学んでしまった以上、単語くらいは分かってしまう。
分かった、分かった。何となくだが話は分かった気がする。要は、女子にとって影人さんは自分を高く見せるためのアクセサリー……肩書き……そう言った類の扱いなのだろう。
……自分自身を見てもらえない。形は違えどそれがどれだけ辛いことかは、ボクも知っている。嫌というほど。
もしかすると、その辛さは、学校の誰よりボクが一番理解してあげられるかもしれない、なんて思ってしまう。
だって、ボクも昔は――――……。
(……。……違う。今は、自分のことを考えている場合じゃない)
思い出したくもないことを思い出しそうになったところで、両頬をパン! と叩いて打ち消した。
ボクが今すべきことは、どうでもいい自分の過去を思い出すことじゃない。影人さんの気持ちに、友達として寄り添うことだ。
……なんて、それもお節介かもしれないけれど。
ボクがそうしたいと思った、ただそれだけなのだ。
―― そうしていたい。
「……何してんの?」
「あ、いや、ええと……次の数学、眠くなりそうだなあと思って、気合いを入れようと?」
「ふーん……」
……正直に告げても別に良かった。ボクはあいつらとは違いますから、と。
けど、ここで言ったところで恩着せがましくなるだけだ。ボクが勝手に決めたことなのだから、わざわざ影人さんに言うこともないだろう。
黙って、傍にいればいいのだ。友達として、影人さんとちゃんと向き合う人間として。
丁度時間も時間だ、とボクは話題を切り替えた。
「それより休憩がもう終わっちゃいます、戻りましょう影人さん」
「えぇ……めんどくさい……」
面倒くさい、と渋る影人さんをズルズルと引っ張る。
まあ、そう言いたくなる気持ちもわかる。今戻れば、また女子が騒ぐだろう。
影人さんからしたら、それが一番面倒なのかもしれない。一緒にいるボクでさえ「うるせぇ」と思うくらいに喧しいのだ。
それらが彼の言う「上辺だけのもの」であるとするならば、ただただ鬱陶しいものでしかない。
影人さんを引きずって教室へ戻る途中。
ボクと影人さんが属する教室の、下の階に続く踊り場で二人の男女の声が耳に入った。
……それも、少し耳を澄ませばハッキリと聞こえるくらいの、絶妙な音量で。
「……分かんないかなぁ。あたし、アンタとは別れたいって言ってるつもりなんだけど」
「はぁ!? 何でだよ!! 納得いかねぇよそんなの!! 俺の何が悪いっつーんだよ!!」
少し大人びた低めの女子の声と、聞くだけでもガラが悪そうな口調の男の声。
話を小耳に挟んでしまったボクは、なんとなく居たたまれない気持ちでいっぱいになってしまう。
……しかし、こんな真っ昼間から痴話げんかとはどこの誰だろうか。まさかボクのクラスメイトとかではなかろうな……と思い、階段の手すりから少しだけ覗き込む。
あまり顔を出すとバレた時が怖いため、かろうじて見えるのは、ボクから見て左にいる男の方だけだった。
少し逆立たせた金髪、影人さん程ではないがそれなりに開けられたピアス。見た感じ、身長はボクらより少し高そうだ。
前を開けたブレザーとワイシャツから見えるのは、鮮やかな赤いシャツ。一目見ただけだとまず確実に「不良」と判断されるような容姿だ。
「アンタが悪いっていうか……あたしさ、最近アンタよりいい男見つけたんだよね。そいつ、アンタよりイケメンだしぶっちゃけあたしの好みド直球っていうか。もうアンタには飽きたし、そいつ狙おうかな~って」
「ふざけんじゃねぇよ!! 俺は絶対ェ別れねーからな!!」
「は? ふざけんじゃねぇってそりゃこっちのセリフなんですけど」
…………これ以上は聞くのをやめよう。とりあえず、女子の方が男と別れたがっているというのだけは理解した。話の内容的に、男の方に少し同情してしまうが。
見つかって、万一巻き込まれでもしたら面倒だ。ボクはさっさと影人さんを引きずり、教室へ戻った。
(……そういえば、あの女子の声。どこかで聞いたことがあるような……?)
はっきりとは分からないけれど、あの女子の声が何故か引っかかっていた。
「……おはよ、蛍」
あれから連日、ボクは影人さんの家に通い倒し。お節介しまくった結果、無事影人さんは完治して復帰に至った。
コンビニ前で待ち合わせて、二人で登校する。久しぶりに戻った「いつも通り」が、少しばかり愛おしい。
……これが、雨でなければもっと良かったのだが。
「……何にやにやしてんの」
「え? や、やだなぁにやにやだなんて、そんなことないですよ」
「……お前、顔に出やすいの自覚したことある? 結構分かりやすいよ」
「え"っ」
……隠しても無駄だったらしい。ボクはそんなに分かりやすいのだろうか……。
そうだ、素直に認めよう。ボクは久しぶりに一緒に登校できることが嬉しいです。はい。
そんな風に返すと、影人さんは「そう」とだけ返してきた。おい、もうちょっとなんか言えコラ。
――影人さんが復帰した教室は、久しぶりに「影人君」コールの嵐になった。
彼のいない教室最後の二日間あたりでは、朝少し尋ねられただけでもう気にもかけられなくなっていたのだが。
「黒崎君、風邪もう大丈夫なの?」
「あたしたち、めっちゃ心配したんだよ~!! 黒崎君いなくて寂しかったぁ~!!!」
「……あぁ、うん」
わらわらと寄り付く女の子たちに、影人さんは適当な返事を返す。今の女子たちの視界に、ボクの存在はない。
影人さんがいない時は、しつこく「何か聞いてない?」なんて話しかけてくる時もあったのに。やはりボクは伝書鳩でしかないようだ。南無三。
「……流石、世界遺産級のイケメンは扱いが違いますね」
「朝からうるさくて無理……」
一時間目後の、10分休憩の時間。ボクと影人さんは教室から離れ、屋上前の階段に座り込んだ。
人の多い場所から離れられたからか、ほっとしたように影人さんがため息をついた。
前髪をくしゃっと上げる仕草をしているだけなのに、背後にキラキラした何かが見えるのは気のせいか。ボクがやったら、絶対に「何あいつ」とか言われかねないかもしれないのに。これだからイケメンは。
「ところで、影人さん。この数日、ボク以外に誰かお見舞いとか来たんですか?」
「……誰も。うちにまで来たのはお前だけだよ、甲斐甲斐しく世話してくれたのもお前だけ」
「え、そうなんですか? ……みんな、あんなに普段チヤホヤしてるのに?」
「……そういうもんだよ。あいつら、俺がいる間はうるさいけど、いなきゃいないでお構いなし。俺に飽きたら、次に興味持ったやつのとこにあっさり行くよ。ああいうのは」
……上辺だけだから。
そう、いつものことを話すかのように、しれっと影人さんは語る。
何事も無いように影人さんは話すけれど、聞いているボクとしてはとても寂しい話だ。
普段あれだけ「黒崎君、黒崎君」とうるさいのに、肝心な時は傍に行かないなんて。
それじゃあ、まるで――影人さんは、女子にとって都合の良い存在じゃないか。
女子に怒りすら覚える。影人さんは、誰かが傍に行かなければあのまま独りで苦しんでいたというのに。
「……。…………」
「何、その顔。もしかして怒ってる?」
「え? ……お、怒るってほどではないですけど……その。……何なんだろうなぁって思って。本当に好きなら、ボクより先に、……ボク以上に、色々しようと動くべきだろうに」
「……前に言ったでしょ。覚えてる?」
『―― 俺に寄ってくる女が全員、ちゃんと俺のこと見てると思う?』
……真っ先に思い出したのは目を細めながらボクに言ったあの言葉。あの頃は、あまりよく意味を理解できないでいた。
けれど、今になってようやく分かった気がする。きっと、こういうことを言いたかったのかもしれない。
「……。あいつらからしたら、ただの「アクセサリー」だからね、俺。金さえ払えばヤらせてくれる、都合の良い男。付き合いが出来たら、他の奴らに自慢できる。ほら、俺って顔が良いじゃん」
「えぇ、憎たらしいくらいイケメンですね。……うーん、でも分かる気はしますね。ボクだって可愛い女の子がデートの相手とかしてくれたら嬉しいですし、自慢もしたくなります」
「……まぁ、そういう感じで大体合ってるかもね。ただ、俺の言うことってデートだけじゃなくてこないだ動画で見せたセック」
「わぁあぁあああぁああああ!!!!!!!」
咄嗟に叫び、影人さんの口を手で塞いでしまった。あの一件で叔父さんから知識として少しだけ学んでしまった以上、単語くらいは分かってしまう。
分かった、分かった。何となくだが話は分かった気がする。要は、女子にとって影人さんは自分を高く見せるためのアクセサリー……肩書き……そう言った類の扱いなのだろう。
……自分自身を見てもらえない。形は違えどそれがどれだけ辛いことかは、ボクも知っている。嫌というほど。
もしかすると、その辛さは、学校の誰よりボクが一番理解してあげられるかもしれない、なんて思ってしまう。
だって、ボクも昔は――――……。
(……。……違う。今は、自分のことを考えている場合じゃない)
思い出したくもないことを思い出しそうになったところで、両頬をパン! と叩いて打ち消した。
ボクが今すべきことは、どうでもいい自分の過去を思い出すことじゃない。影人さんの気持ちに、友達として寄り添うことだ。
……なんて、それもお節介かもしれないけれど。
ボクがそうしたいと思った、ただそれだけなのだ。
―― そうしていたい。
「……何してんの?」
「あ、いや、ええと……次の数学、眠くなりそうだなあと思って、気合いを入れようと?」
「ふーん……」
……正直に告げても別に良かった。ボクはあいつらとは違いますから、と。
けど、ここで言ったところで恩着せがましくなるだけだ。ボクが勝手に決めたことなのだから、わざわざ影人さんに言うこともないだろう。
黙って、傍にいればいいのだ。友達として、影人さんとちゃんと向き合う人間として。
丁度時間も時間だ、とボクは話題を切り替えた。
「それより休憩がもう終わっちゃいます、戻りましょう影人さん」
「えぇ……めんどくさい……」
面倒くさい、と渋る影人さんをズルズルと引っ張る。
まあ、そう言いたくなる気持ちもわかる。今戻れば、また女子が騒ぐだろう。
影人さんからしたら、それが一番面倒なのかもしれない。一緒にいるボクでさえ「うるせぇ」と思うくらいに喧しいのだ。
それらが彼の言う「上辺だけのもの」であるとするならば、ただただ鬱陶しいものでしかない。
影人さんを引きずって教室へ戻る途中。
ボクと影人さんが属する教室の、下の階に続く踊り場で二人の男女の声が耳に入った。
……それも、少し耳を澄ませばハッキリと聞こえるくらいの、絶妙な音量で。
「……分かんないかなぁ。あたし、アンタとは別れたいって言ってるつもりなんだけど」
「はぁ!? 何でだよ!! 納得いかねぇよそんなの!! 俺の何が悪いっつーんだよ!!」
少し大人びた低めの女子の声と、聞くだけでもガラが悪そうな口調の男の声。
話を小耳に挟んでしまったボクは、なんとなく居たたまれない気持ちでいっぱいになってしまう。
……しかし、こんな真っ昼間から痴話げんかとはどこの誰だろうか。まさかボクのクラスメイトとかではなかろうな……と思い、階段の手すりから少しだけ覗き込む。
あまり顔を出すとバレた時が怖いため、かろうじて見えるのは、ボクから見て左にいる男の方だけだった。
少し逆立たせた金髪、影人さん程ではないがそれなりに開けられたピアス。見た感じ、身長はボクらより少し高そうだ。
前を開けたブレザーとワイシャツから見えるのは、鮮やかな赤いシャツ。一目見ただけだとまず確実に「不良」と判断されるような容姿だ。
「アンタが悪いっていうか……あたしさ、最近アンタよりいい男見つけたんだよね。そいつ、アンタよりイケメンだしぶっちゃけあたしの好みド直球っていうか。もうアンタには飽きたし、そいつ狙おうかな~って」
「ふざけんじゃねぇよ!! 俺は絶対ェ別れねーからな!!」
「は? ふざけんじゃねぇってそりゃこっちのセリフなんですけど」
…………これ以上は聞くのをやめよう。とりあえず、女子の方が男と別れたがっているというのだけは理解した。話の内容的に、男の方に少し同情してしまうが。
見つかって、万一巻き込まれでもしたら面倒だ。ボクはさっさと影人さんを引きずり、教室へ戻った。
(……そういえば、あの女子の声。どこかで聞いたことがあるような……?)
はっきりとは分からないけれど、あの女子の声が何故か引っかかっていた。
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