夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二章

第一話 不可解

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 ──梅雨入りが始まった6月。
じっとりとまとわりつく湿気、うるさいくらいに傘を叩く雨の音。これだけでも、人間が機嫌を悪くするには十分な条件だ。

 ただ、今日のボクはいつもより機嫌が悪い。
イライラ、そわそわ。傘を差しながら待ちぼうけするコンビニ前、スマホ片手にコール音を聴きながらひたすら応答を待つ。

(あのクソイケメン野郎、いつまで経っても来ないな……)

 スマホの画面に映る「黒崎 影人」の字を、このコンビニ前で何度見た事だろう。
【通話開始】を何度押しても、なかなか出ない。今まで、こんなことはあまり無かったのに。
時刻は8:05。もうコンビニ前を出発しなければ間に合わないのに、どこか遠くから歩いて来ると気配すら感じられなくて。
 ……彼の家庭事情は深くは知らないが、こうも連絡がつかないとなると心配になってくる。


 ──コールを鳴らし続けて5分。

『……もしもし』

 ようやく、待ちわびていた声を耳にした。
いつも通りの、だるそうなイケメンボイス。いつもなら気にならない声も、今日は焦燥感が災いしてただただ苛立ちしか感じられなかった。

「もしもしじゃねーですよ!! アナタもう8時過ぎてるんですけどォ!? 今どこにいるんですか!!」
『んー……家』
「ハァァアアァ!? ちょっと、いくら何でものんびりしすぎですって!! マッハで支度してコンビニ前に来てください!! 今すぐに!!」

 呆然、愕然、言葉が出ない。家にいると聞いた瞬間、ボクの頭はもうその言葉しかなかった。
えー……と返してくる、気だるげなトーンと口調がまたボクの心を刺激する。なお苛立たせる、という意味で。
こんな言い合いをしている間も、時間というものは待ってはくれない。遅刻して成績に響くのだけは勘弁していただきたい。

『悪いけど……今日はちょっとだるいから休むよ……』
「へ? ……どっか、具合悪いんです?」
『まぁ……そんなところ。今、ちょっと動けないから……』
「え!? 動けないって……ちょっと待ってください、それって結構重症じゃ」

 「だるい」「動けない」その言葉に、血の気が引くような感覚を覚えた。
もしかして、今日はすこぶる体調が悪いのだろうか。影人さんが朝だるそうにしているのはいつものことだが、今日は低気圧とも聞いているから頭が痛いとかもあるのかもしれない。


 これって、ボク学校に行ってる場合ではないのでは……とまで考えたところで、違和感を感じる音声を耳にした。

『影人ー、誰かと電話ぁ?』

 ……電話口で、女子の声がした。
これもまただるそうな調子の、窓雪さんより若干低めの少し大人びた声だった。
突然のことに、頭が追いつかない。どうして影人さんの電話口から女子の声がするのだろうか。

 彼の家族の話は全く聞いたことはないが、この一年、彼の姉や妹を名乗る女子には出会ったことがない。
そもそも家の場所も知らないため彼の家族と思わしき人物に出会ったこともないのだけれど、今日は誰か来ていたのだろうか。

 ……などと考えていたところで、ふと、窓雪さんに以前聞いたことを思い出す。


『黒崎君、女の子を家に呼んでは……』

(……まさか……ハハ、まさかなぁ……)

 心の中で乾いた笑いを浮かべた。
もしかしたら、いや、まさか。なんて、そんな言葉が頭を巡る。

『……とりあえず、そういうわけで。今日は学校休むから……よろしく』
「え、マジで言ってるんですか!? ちょっと、今日の日直ボクらなんですけ」

 ど……と言いかけたボクの耳に、無情にも響く通話終了の音。
……マジかよ。本当に体調が悪いのかもしれないけど、なんとなく腑に落ちない気持ちしかない。

 ため息をつきつつ電話を切り、一人寂しく学校へと向かうことになった……。






 ―― 昼休み。

「へー、そんなことがあったんだ。不破君が一人で登校なんて珍しい、とは思ってたけど」
「はい」

 もやもやと晴れない気持ちが溜まりに溜まってきたボクは、申し訳ないながらも窓雪さんをメールで呼び出してしまった。
登校前だというのに、何故影人さんの電話口から女性の声がしたのか。しかも、随分と親しげに。
朝早くから影人さんの家に遊びに行っていたのだろうか? いや、それは流石に不自然な気がする。
登校前に人の家に遊びに行くなんて、遅刻覚悟だとしても相当行きたい気持ちがないとやってのけることなんてできない……と、思う。

一体全体どういうことなのか。どう考えても、どう想像しても、ボクにはわからずじまいで。
ボクの知らないことをたくさん知っていて、かつ唯一相談できそうな窓雪さんにこうして泣きついたというわけだ。

「……あくまで私の予想だけど。それ、多分前の晩に黒崎君のところに女の子が遊びに来たんじゃないかな。もちろん、そのままお泊まりコースで」
「へ? あの、前に窓雪さんが言ってたっていう……女子を連れ込む、ってやつですか?」
「多分、というかそれしか考えられない気がする。黒崎君がだるいっていうのも、多分女の子と遅くまでエ……遊んでたからじゃないかなぁ」

 窓雪さんが菓子パンを口にしながら考察する。
夜遅くまで遊んでたって、どういうことだろうか。うーん、とうなりながらボクは思考回路を件名に巡らせる。

「翌日だるくなるって……影人さん、その女の子とやらと相当体力使うような遊びをしていたってことになりますよね?」
「う、うーん! そうだね! 体力は使うね! うん!」
「女の子と二人きりで!? 夜中じゅう楽しく盛り上がって!? 疲れて翌日学校にも行けなくなるまで!?」
「うーん! 多分そうかもね! 二人で盛り上がったかもしれないね! うん!」
「影人さん、そんなにアクティブな一面が……じゃなくて! 素直に羨ましいですよ女の子を泊めて一晩じゅう二人きりで遊ぶなんて! 非モテのボクにはいつまでも縁のなさそうなことを軽くやってのけやがって……」

 ボクのいないところで、きっと可愛い女の子とわいわい楽しくやっていたのだろう。
……影人さんのキャラ的に、パリピよろしくわいわい……は、流石にないかもしれないけれど。
そもそも、彼の家にゲームはあるのだろうか。彼とゲーセンに行ったことはあるが、自分からゲームをやろうとしている姿はあまり見たことがない。

「う~、そんなに楽しいことしてるならボクも混ぜてもらい……いや、それは無粋ですよね。女の子と二人で楽しみたい時に、部外者のボクが混ざるなんて……」
「そう、だね……混ざるのは難しいと思うよ。っていうか、混ざったらまずいと思う……色々と……」
「ですよね~」

 ……やっぱり、影人さんも遊ぶなら女の子とがいいんだろうなあ。多分。
そんな風に考えながら窓雪さんをチラ見すると、哀れむようなドン引いているような、微妙な表情をうかべていた。

「……不破君の将来が真面目に心配になってきた」
「へ? どうしてです?」
「え、えぇと……か、可愛いからかなぁ! うん!」
「え!? 窓雪さんまでそういうこと言うんですか!? つか、いくら何でも脈絡なさすぎるし何より心外ですよ! もう!」


(不破君、絶対勘違いしてるよね……「遊ぶ」の意味……)

 心の中でため息をつく窓雪さんの心境を知る由もなく、ボクは窓雪さんの「可愛い」という言葉にむくれていた。
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