夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第一章

番外編 「窓雪 ケイ」

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 不破君とのデート(笑)を終えた13:30。
そのままどこかに寄り道をすることはなく、私は家に直帰した。

 荷物を整理して、そのままベッドに横たわる。横向きに寝転がるなり、スマホをいじりながらここ数日間のことを思い出していた。
不破君に手紙を託した日から、黒崎君に振られるまで。あの数日間、私の心の中はドキドキと不安で忙しかった記憶しかない。


 ……そもそも、私は何故黒崎君を好きになったのだろう。
理由は簡単だ。一年生の頃、彼を一目見かけた時――周りの女の子たちの誰もが黄色い声を上げる、あの完璧な容姿に目を奪われたのが始まりだった。
テレビや雑誌でもそうそうみないような、美青年。ただの一般市民として生きる世界でなんて、それこそ激レア中の激レアだ。
大きく言えば、百年に一度の逸材だって言われてもおかしくない。そんな、規格違いなくらい整った容姿を持った彼に、心まで持っていかれたのがあの頃の私だった。

 しかし、心を奪われてはいても―― 話しかける勇気まではなかった。
彼の周りはいつだって女子ばかりで、女子がいないとしても……不破君という存在が隣にいて。
彼が一人になる隙なんて、どこにもなかったのだ。一年の頃は、ずっと彼が一人になるタイミングを待っていたけれど、そんな都合の良い機会なんて現れるはずがなかった。
お話をするどころか、彼に近づく機会すらなく。―― それでも彼に焦がれる日々は続き、妄想の中の黒崎君だけがどんどん大きくなっていた。

 どんな男の人よりも格好良くて、女の子に大人気で、クールで、寡黙な王子様。
女の子友達から「女遊びが激しい」と聞いた時は流石に驚いたけれど、それすらも私は気にせず妄想をし続けていた。

 もし、私が彼と仲良くなれて、付き合って、誰もが羨むようなカップルになれたなら――女遊びだってやめてくれるんじゃないか、なんて。


(……まぁ、ぜーんぶ夢で終わったけど)

 いつだったか、友達からこっそりもらった集合写真の端にいる黒崎君を見て、自嘲する。
二年生になった今、恥を忍んで不破君に手紙を渡してもらって……告白しよう、なんて思ったけど。全部見事に破れてしまったのだ。




 ……目を閉じれば、今も鮮明に思い出す。
屋上入り口前の、あの出来事を。


『ハァ!? そんなんマジありえねーじゃん! ケイ、何時間も体育館前で待ちぼうけしてたワケ!?』
『黒崎君、もしかしてケイが待ってんの知らなかったんじゃね? だとすれば手紙渡したっていうそいつが怪しすぎるし!』

 ……私の友達、モモとリカ。
押しの強い二人に私が気持ちを吐露してしまったが最後、「思い立ったらすぐ行動」の二人が不破君を呼び、そうして問い詰めたというのがあの出来事の始まりだったのだけれど。



『手紙を捨てたのは本当だよ。女子からの手紙なんて大体同じような内容だから見飽きてるし、知らない女からだからなおさら興味なかったし……』

『受け取って読んだところで、蛍を置いて体育館前になんか行く気ないから』


 ―― 今も忘れない。多分、一生忘れられない。


『あと一つ言うけど』

『俺に対する腹いせだとしても、……俺のいないところで蛍に変な絡み方するなら殺す』


 私のすぐ横の壁を蹴った時の大きな音、その時伝わった僅かな振動。―― 黒崎君から真っ直ぐ感じた、呆れと怒りの目。
あれは怖かった、なんて言葉で済まされるものじゃない。17年生きてきて、人生初の殺意を感じた気がした。
マジで殺されるんじゃないかと、頭から爪先、心の奥底まで震えながら黒崎君を見ていたものだった。


「……はは。我ながら、何やってんだか……」

 もはや笑いしか出てこない。私の恋は、実際の彼をまともに知ることなく、終わってしまった。
彼の周りには女子がたくさんいる。だから元々、脈どころか縁すらなかったのだろうけど。

 ただ、これが不思議と――そこまで落ち込んでいない、気がする。
普通、失恋をしたらめちゃくちゃ悲しくて、それこそ軽く一週間、一ヶ月、しばらくの間は引きずるものだと思っていた。
あれだけ毎日、焦がれていた相手だったというのに。何故か、今はスッキリしているのだ。

(実際の彼を少しだけ知って、理想と違ったから冷めたのかな)

 ……そんな気持ちも、なくはない。けれど、それだけでもない気がした。
ある二つの言葉が、引っかかる。言われた時から、ずっとこの胸の奥で。


『蛍を置いて体育館前になんか行く気ないから』

『俺のいないところで蛍に変な絡み方するなら殺す』


「……蛍、かぁ」

 知る限り、だけれど。彼がまともに名を呼んでいるのは、不破君の名前くらいな気がしている。
他の女子と一緒にいるところを見たことはあるけれど、その時にその子の名前らしき言葉を口にしているのは見たことがないのだ。

 それに、……あの時私に向けていた、あの怒りの目。
普段表情のなさそうな黒崎君に、そんな表情を浮かべさせるほどに――黒崎君の中で不破君の存在は、きっと誰よりも大きなものなのだろう。

 もしかしたら、黒崎君の目線の先にいつでもいるのは私や他の女の子なんかじゃなくて――

「……きっと、そうなんだろうなぁ」


 この先、私がどれだけ頑張ったとしても……きっと、一生あの人には勝てないだろう。
あの二人の間には、きっと誰も入り込めない。二人のどちらかとどれだけ親密になったとしても、その間にはきっと他人が入る隙なんてない。

 少し羨ましくはある、けれど。……いいなぁ、とも思った。
カフェで初めて不破君とまともに話をしたけれど、不破君自身はとても純粋で、話してて楽しい男の子だった。
彼氏にするには純粋すぎて、私が逆に汚しちゃいそうでダメだけれど。男友達にするにはいいなぁ、と感じたのが正直な感想だ。

 そして、彼と話している中で……自然と湧いた情がある。
多分、これが一番の原因なのだろう。黒崎くんへの失恋を、そこまで悲しんでいないのは。
集合写真の黒崎君……の、隣にいる不破君に向かってズームをし、不破君の顔を見る。

「……なんか、助けてあげたくなっちゃうなぁ。不破君のこと」

 男子高校生が普通知っているようなことも全く知らないほどに純粋で、なんだかんだ優しくて。
正直、男の子としてはあまりよろしくない性格をしているであろう黒崎君が、助けようとした存在だ。
それだけ、不破君という存在には不思議と惹かれるものがある……のかもしれない。上手くは、言えないけれど。

 他人が入り込む隙すらなさそうなくらい仲の良い二人の間は、きっと誰も入ってはいけない領域なのだろう。なんとなく、そう思うのだ。
不破君と黒崎君は、これからも仲良しの友達で居続けてほしい。私が願わなくとも、彼らなら上手くやっていけるだろうとも、思うけれど。

 今の私にあるのは、蛍君の幸せと、二人の友情が長く続くことへの祈りだ。
そのためにできることがあるのなら、何でもしてあげたいと思ってしまう。

「余計なお世話、……なんて、黒崎君には言われそうだなぁ」

 呆れながら言う黒崎君を想像しながら、一人笑う。
お節介かもしれないが――いつか、私が二人のために役に立てることがあればいいな。

 そんな願望を口にした私のスマホ画面には、不破君と黒崎君の二人がズームアップされていた。
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