夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第一章

第五話 茶会、その後

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 窓雪さんとお茶をした後の帰り道。ボクの頭の中には、窓雪さんから聞いた影人さんの情報で頭がいっぱいだった。

(影人さん、ボクより色々進んでいるんだなぁ)

 ……産まれてこのかた17年は経つけれど。
窓雪さんに教えてもらって、ボクはセフレだのソフトだのというあの単語の羅列の存在を知った。
あの口ぶりだと、普通の男子高校生であればそれくらいは知っててもおかしくない、ということなのだろうか。

 それに比べて影人さんは、きっとボクよりもずっと先を歩いているのだろう。
あの単語の羅列を影人さんは理解しているどころか、その単語が意味する事柄を彼は実行しているそうなのだ。……窓雪さんの話を鵜呑みにするならば。
影人さんと出会うまでろくに友達も出来なかった、何も知らないボクとは大違いだ。

……彼と「友達」になって一年。他の人より深く付き合えているらしいとはいえど、まだまだ知らないことが多い。
窓雪さんとお茶をしている中、そんなことを改めて痛感したような気がした。 

 少しくらいは知っているつもりでいても――ボクはまだ、彼のことを何も知らないのだろう。

(……一年ちょっとじゃ、まだまだ足りないんだなあ)

 途中で見つけたベンチに座り、背を預けて寄りかかる。
適度に涼しい穏やかな風が、ボクの心を解すように優しく肌を撫でてくれた。

 ベンチの背もたれに寄りかかったまま、目を閉じる。
瞼の裏にふっと浮かんだのは──影人さんと出会った、一年前の日のこと。






 あの日も、今日みたいに心地良い天気の日だった。唯一違うのは、新緑が桜だったことくらいだろう。

 入学式を終えて教室に向かい、指定された席に座る。訳あって親戚の叔母の家に住まわせてもらっての、新生活の始まりに期待と不安を胸に抱いていた。

 信頼できる友達はできるだろうか。
この学校での生活にちゃんとついていけるだろうか。
将来の道を、ちゃんと決められるだろうか。

(――ただの「不破 蛍」としての人生を、ここから歩めるだろうか)

 様々な思考が巡るなか、教室中を見渡していた。担任となる教師が来るまでは、新しい教室の仲間達と待機するしかないのだ。

ただ、その仲間達はというと――

「お、テッちゃんじゃん! やっとリアルで会えた~!」
「え、もしかしてリツ? うっわ、メルクシィのプロフ写真そのまんまじゃん! ウケる~!!」
「ねね、スポ科はイケメンが多いらしいよ! ミクからメッセきた!」
「うっそ、マジで!? 後で見に行ってみようかな~!! ミクにも会えるし!!」
「ねーねー、帰りプリ撮ってこ! そんでメルクシィにアップしようぜー」

 ……わいわいがやがや、という表現を通り越してかなり騒がしい。拾える限りの会話を聞くだけでも、この教室にはお互い初対面という人が殆どいないことがわかる。
たびたび耳にする「メルクシィ」とやらも、聞いたことはある。利用者数全国ナンバーワンとテレビで謳われているSNSだ。

 ボクはSNSなど全くやっていない。
だから話にはついていけないが……恐らく、ここにいるメンツはみんなそこで事前に知り合っているのかもしれない。

(ボク、完全に出遅れてるな……)

 SNSの力は恐ろしい、そしてそれをこうして活用できている周りの若者はすごい。
ボクも若者ではあるけれど、あんなの興味わかないしちんぷんかんぷんだ。

……どこの輪にも入れる気配がしない、詰んだ。ボク、ここでぼっちになるのか……と思いながら隣を見る。

 ―― たった一人だけ、どこの輪にも入ろうとしない……興味なさそうに黒板をぼーっと見ている男子生徒がいた。



 マスクにピアス、少々着崩した制服。窓からの光に照らされてきらきらと輝く銀髪、細く切れ長な目元に、赤い瞳。
世の中、マスクをしていてもこんなに「めっちゃカッコイイ」と思える人間がいるのか。マスクを取ったら、さぞや良い顔をしているに違いない。

 同じ男でありながら、少しだけ見惚れてしまった記憶がある。
今はほぼ毎日見ているから慣れてしまっているけれど、あの頃は本当に驚いて、凝視してしまったくらいだった。

「……何見てんの」

 ボクがじっと見ているのが不審に思ったのだろう、低い声で呟きながらボクに目を向ける。
その声を聞いたボクはようやく呆けていた意識を取り戻し、我に返る。友達ができないどころか、不審者だと思われてしまう……!

「あ、い、いやぁ! ちょっと見惚れちゃいまして、あまりにも顔が良すぎるものですから……」
「……でしょ?」
「え、ちょっと、でしょ? ってなんですか、でしょ? って」
「だって……よく言われるし、ホントのことだし」

 なんだこいつ、ナルシストか。ナルシストなのか? 普通、そこは否定をするかお礼を言うか……いや、とりあえずなんかあるだろう。
まさか、心の中でさっそく誰かに突っ込みを入れることになるとは思わなかったけれど。

 まぁ、いいか。
とりあえず今いるメンツで誰とも関わっていない……すなわち、今のボクと唯一会話できそうな人だ。もう少し話をしてみよう。
 黒板に書かれた座席表を見て、その名を呼んでみる。

「……えーと、……黒崎さん?」
「何?」
「黒崎さんは、メルクシィとかってやってます?」
「……やってない、めんどくさいし。ここにいるやつらはみんなやってるみたいだけど……興味ない」

 「興味ない」という言葉の擬人化と言ってもいいくらいの、だるそうな声色にかったるそうな態度。机の上でうつ伏せになり、一層やる気が感じられない。
 ……こうして見ていると、他の誰かと仲良くしようという気も感じられない。もしかして、一匹狼タイプなんだろうか。

「あの、黒崎さん」

 ……しかし、ボクが話しかけられるのはもうこの人しかいない。
というか、おそらく同じようにあぶれてる人ってこの人くらいなんじゃないだろうか。

「……ボクと友達になりませんか。きっと、今このクラスでぼっちなのって、ボクらくらいだと思うんですよ」
「……何それ。あぶれ者同士仲良くしようってこと……? 俺になんか得あるの? それ」

 ……そうきたか。うつ伏せになりながら顔をこちらに向ける男──黒崎 影人さんの言葉に、ボクは少し言葉に詰まった。
得があるのか、と言われても。ボクにとっては「ぼっちにならない」という得があるが、彼に関してはどうなのだろう。

 彼が日常的に何を欲するのか。他人との良好な関係か、穏やかなる孤独か。
……なんて、考えても多分後者だろう。関係が欲しくば、SNSの一つや二つやっててもおかしくはない。
けれど彼はSNSをやってないどころか「興味ない」ときた。

 ……そんな彼に、ボクが友達になった時の得とは。刺さる視線を傍に感じながら、ボクはひとつの答えを導き出した。

「……一人でいるよりは退屈しないと思います! えーと、たとえば……ひ、暇つぶしの相手に最適です! どうですか!?」

 ……限界だ。これくらいしか浮かばなかった。
たとえ、一人がめちゃくちゃ好きなのだとしても、ずっと一人で過ごしていられるほど人間は器用じゃないと信じたい。
この人だって、面倒くさいとか言ってるとしても一人でいると暇な時くらいはある、はずなのだ。

 ……なんだこれ。面接の自己PRかなにかか?
内心、自分の発想力の乏しさや今やってることに呆れしかない。
流石にこれは黒崎さんも呆れただろう、……と、思っていたが。

「……ぷっ…………何それ」

 ほんのわずかに、だが。小さく、笑い声が聞こえた。
マスクで覆われてるから口元は分からないが……目元を見れば、少しだけ笑っている…………ように、見える。

「いいよ……面白そうだし。友達になってあげる……」
「ほ、本当ですか!?」

「……俺で本当に良ければね」

 ……今思えば、かなり意味深な言葉を吐かれていたようにも思える。けれど、その時のボクはそんなのお構いなしだった。
だって、ただ嬉しかったのだ。

 ──友達が出来た。ただ、それだけが。





 ……あぁ、懐かしい。そんな風に、ボクらは知り合ったんだっけ。一年前のことを回想しながら、思わず笑みを零してしまう。

 ……そんな風に気持ち穏やかに過ごしていたボクの首筋に、ひやりとした感触が襲いかかる。

「ひゃあっ!?」

 驚きのあまり、体を大きく震わせて後ろを振り返る。
すると、そこにいたのは──

「そんな声出るんだ、お前」
「なぁァァにさらしとくれんじゃコンチクショウ!! めちゃくちゃビビったでしょーが!!」
「ナイスリアクション」

 ……毎度おなじみ、銀髪赤目のクソイケメン影人さんだった。
コンビニ帰りなのか、片手にはコンビニの袋と先ほどボクの首筋に当てたであろう缶ジュースを手にしている。

 いつもと変わらない無表情、しかし空いた手で何故かピースサインをしている。
……こいつ、明らかに煽っているな。隣にいたら裏拳の一つや二つくらわしていたところだ。

 なんだかんだと文句を垂れるボクに構わず、影人さんはボクの隣に腰掛けてきた。
なにか話をしてくるだろうか……と思いながら、黙って様子を見てみるも、影人さんは何も言わない。

 ……なぜそこで急に黙ってしまうのか。怖いからやめてほしい。

「……蛍さ」
「ん?」
「もしかして付き合ってんの? 俺に手紙渡そうとしたあの窓なんとかって女と」
「ぶっ!! ちょっ、なんでいきなりそういう話になるんですか!!」

 突然の爆弾投球に、思わず吹き出してしまった。
しれっとした顔で何を言い出すかと思えば、この人は……。

「さっき二人でカフェから出てきたの見たから、付き合い始めたのかと……。あのまま二人でホテル街にでも行くかなとか思って見てたけど、すぐに別れたからちょっとつまんなかった」
「うわー、そういうことですか……言っておきますけどボクと窓雪さんは普通にお茶してただけで、別に何もありませんよ。ホテル街とかいうやつのくだりも意味分かりませんし」

 影人さんの言葉に、裏拳を一発。この人の言ってることは、本当に意味がわからない時がある。
 確かにボクは窓雪さんと二人で過ごしてはいたが、それは普通に考えてもありえないだろう。影人さんの言葉には、疑問しか残らない。
最低でも、窓雪さんは「黒崎君に告白するつもりだった」と言ったくらいなのだ。
そんな彼女が、影人さんとは正反対のボクを選んだりなんてするわけがないだろうに。
 そんな言葉を口にすると、影人さんはじっとボクを見据えて言葉を紡ぐ。

「……やっぱり蛍は純粋バカだね。ドラマとかでよくあるでしょ、失恋して傷心した女とそれを慰めた男が付き合い始めるってやつ」
「そもそも傷心の原因は手紙を破り捨ててきちんと返事をよこさないアナタですし、ボクはボクで「近くても友達がいい」って言われちゃいましたよ。残念ながらそういう雰囲気はこれっぽっちもありません」
「……いわゆる、友達止まりってやつ……? ご愁傷様」
「いやそういうの別にいいんで、アナタに言われるとクソムカつくんでやめてください」

 おちょくってるのか慰めのつもりなのか、影人さんはボクの肩にポンと手を置きながら言う。
この野郎、自分はモテるからって高みの見物をキメこんでいるのか。いつかボクに彼女が出来たら覚悟しておけ、と思ったのはここだけの話である。

「……。ねぇ、蛍」
「はい?」
「今日、このまま蛍の家行きたい」

 唐突に要望を言い出した影人さん。もしかして、今日は彼も暇なのだろうか。
けれど「友達」がこうしてボクのテリトリーに来たいと言ってくれるのは、なんだか心に穏やかな火が灯るような、そんな気がして。
つい、笑みを零してしまう。

「えぇ、良いですよ。あ、今日の夕飯は叔母さん特製のハンバーグなんですけど、影人さんも食べてってくださいよ。めっちゃ美味しいですから」
「夕飯まで……? お前、そんなに俺と一緒にいたいの? そこまで求められてるなら仕方ない、一緒に食べてあげ」
「はいはいとっとと行きますよ~~~!!!!!!」

 ──変なことを言い終える前に、とっとと拉致しよう。
いつかの登校時のように、ボクはまた影人さんの手を引っ張り早歩きで家に向かった。
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