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恋するビデオ
しおりを挟む毎週金曜の夜20:30頃。
決まってこの店に来る客がいる。
田舎の小さなレンタルビデオ屋の、しかも閉店間際に、焦って駆け込んだ様子もなく同じ時間帯に来店する男。
その時間帯に勤務している店員の俺からしたら嫌でも覚えるだろう。まぁ、俺バイトだけど。
田舎にあるレンタルビデオ屋なんて、そこらへんにあるスーパーと同じ時間帯に閉店するんだぞ。
もともとそんなに客も来ないから、夕方を過ぎれば1時間ごとに2、3人来るかどうか。
気になっていた長編マンガを一気読みするだけで仕事がおわる日もあるくらいだ。
わざわざ閉店30分前にやってきてはギリギリまで吟味して、21時になる5分前くらいにDVDを借りて帰ってく。たった1枚、しかも毎回恋愛もの。
いや別に、人の趣味とか習慣に口を出すほど野暮じゃないつもりだけどさ。
まぁ最初は、なにこの人こわ、とか思ってたけど、別に不審者みたいに怪しいカッコしてるわけじゃないし。挙動不審なわけでも、何かを盗まれた形跡があるわけでもない。
仕事終わりに立ち寄ったんだろうなっていうスーツ姿で、なんだったら女ウケよさそうなイケメン面をしている。別に妬んでるわけじゃないですけど。
ごく普通に考えれば、休日の暇つぶしのために近くのレンタルビデオ屋でDVD借りに来たんだろうなぁ、ていう感じ。
にしても1枚じゃ足りなくね?って思わなくもないけど。
そして今日は金曜日。
いつもであれば休日前は普段より客足が増えるはずなのだが、多くの人は今日が給料日ともあって夜の街に繰り出しているのだろう。
今は20:10なので、あと20分もしたらあの客が来る。
どうせまた今日も閉店ギリギリまで店にいるんだろうし、すぐ帰れるように閉店の準備でもしておくかと後ろの机を整理し始めた。といっても、大した仕事はないのでダンボールの空箱を畳んで裏の倉庫に持っていったり、新入荷するリストをチェックしたり、細々とした雑用をもそもそと消化していくだけなのだが。
最後に棚に戻していないDVDがないか確認したところで、後ろからカタリと音がした。
「すみません」
「ぅわっ」
今まで店内に流れる微かなBGMしか聴こえなかったので、突然声を掛けられたことにとてもびっくりした。
思わず声を出して後ろを振り向くと、例の男がDVDをレジに置いて会計を待っているところだった。
「あの、これお願いします」
「あ、す、はい」
焦りすぎて”ありがとうございます”と言えばいいのか”すみません”と言えばいいのか混乱した末、結局”はい”しか言えなかった。
猛烈に恥ずかしい。
男の人もちょっとびっくりしてるし。
ていうかいつのまに店ん中入ってきたんだ。言ってくれよ。
うちの店ベルとか鳴んないんだからさ。
無音で背後に居るとかホラーかよ。めっちゃビビっちゃったじゃん。
チキンよろしく実はバクバクしている心臓を悟られないように、心の中で言い訳しながらDVDケースの鍵を外す。
すると、男はそんな俺の心境を見透かすように話しかけてきた。
「もしかして、僕が入ってきたの気付いてませんでした?」
バレてら。
「あ、イエ、大丈夫っす…」
何が大丈夫なんだ俺。
まさかこんなことで話しかけられるとは思わなかった俺は、動揺してよく分からない返事をしてしまった。
ていうか初の会話のきっかけがこれって。
「後ろ向いて作業してたからもしかしてって思ったんですけど、驚かせてしまってすみません」
「いや、俺も油断してたんで……すいません」
そう言って横目で壁に掛かった時計を見ると、時刻は20:40。
いつもより早くないかと密かに思っていると、男はそれも感じ取ったらしく「あ、僕やっぱり不審がられてます…?」と言ってきた。
「毎週、同じ曜日の同じ時間にお店来てたら、そりゃ怪しまれますよね」
「え、あ、いや。別にそんなことは…」
「毎回同じ店員さんだから、もしかしたらそろそろここも限界かなって思ってて」
「ここも?」
「以前までは違う店で借りてたんですけど、週に何度も借りに来るもんだから店員さんの間で噂されてたみたいで…。ちょっと行きづらくなっちゃって、しばらくは違う店で借りるようにしてたんですよ」
「週に何度もって、うちに来るのは金曜日だけですよね?」
「実はもう一軒、違う場所にも通ってまして」
「はあ、それは……すごいっすね。執念というかなんというか」
「おかげで前の店ではレンタル王子なんて呼ばれてましたけどね。知ったときは恥ずかしくて二度とここには来れないなと思ったくらいでしたよ」
「ぶふっ」
はは…、と少し苦笑気味に口にした男のあだ名に思わず吹き出してしまった。
レンタル王子とは言い得て妙だ。
たしかに優男風な見た目だし、噂をするのにちょうどいいあだ名をつけたかったのだろう。
思うにそれは、噂というより女性店員達の間でもてはやされていただけだと思うが。
「お兄さん、意外と面白いっすね」
「どういう意味だい?」
「いや、もっと変な人なのかと…。同じ曜日の同じ時間にDVD1枚だけ借りて帰ってくとか、ちょっとこわいっすもん」
「やっぱり不審がられてたのか…。もしかして店長さんとかに何か言われてたりする?」
「あ、でも別にうちは気にしないんで。小さい店だから盗難とかは警戒しますけど、そういう理由で来てもらう分には全然大丈夫っす」
「それならよかったよ。ここもだめになったら、またレンタル王子って呼ばれなきゃいけなくなるところだった」
「ふっ…、レンタル王子はやばいっすね。ジワります」
いつのまにかとれていた敬語に違和感もなく、それからなんとなく会話が弾んで、結局閉店時間まで話し込んでしまっていた。
「あっ、ごめんね。もう閉店時間だよね?」
「いえ。もう閉店する準備はできてるんで、あとは帰るだけっす」
「なるほど、僕が帰れば君も帰れるってわけか」
「あ、別に早く帰ってほしいとか思ってないんで気にしないでください。ていうか前から気になってたんですけど、いつも借りてくやつ恋愛ものばっかっすよね」
「あぁ、気付いてたんだね」
「まぁ、印象に残ってたんで。もしかして彼女さんと一緒に観てるんすか?」
「うーん、いや、違うよ」
「え、なんすか、その微妙な感じ」
「気になってる子ならいるんだけどね。気付いてくれるかなって思ってたんだけど、結構鈍感な子だったみたい」
「へえ、レンタル王子に口説かれて気にならない人とかいるんですね」
「口説き方が甘かったかなぁ。というか、君までレンタル王子と呼ぶのはやめなさい」
「あ、すんません」
そんな冗談を言い合いながら、専用の手提げバッグに入れたDVDを男に手渡した。
自然な動作でそれを受け取った男は、にこりと笑ってありがとうと言った。
何気なく触れた指先の感触が、なんとなく気になった。
「……そういえば、今日はいつもより早いっすね」
「何がだい?」
「いや、いつもは閉店ギリギリまで粘ってたような気がして…」
「あぁ、今日は目当てのものがすぐ見つかったからね」
「それっすか?」
「うん、まぁね」
カチッ、と音が鳴って長い針が21時を指し示す。
店内に細々と流れていたBGMがタイマーに従って停止し、途端に男と自分だけの世界が作り出される。
男が、俺の目をじっと見つめている。
「あぁ、ほら、もう閉店の時間だ」
「…ぁ、」
「早く帰る準備しなくちゃ。閉店間際だっていうのに、最後まで付き合ってくれてありがとう」
「いえ、ぜんぜん、だいじょぶっす」
「じゃあ、またね。ひろきくん」
男はにこりと笑ったあの瞬間から一度たりとも俺から目を離さずに、まるで友人のような気軽さで別れの挨拶を残して去っていった。
男が居なくなった店内は、奇妙なほどの静けさに包まれている。
緊張していたのか、強張った肩から力が抜けない。
それを誤魔化すように付けていたエプロンの紐を雑に解くと、胸元に留めてあった名札が視界に入った。
先ほど感じた恐怖心を煽るように、苗字だけが書かれた名札には薄暗い影が差していた。
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