47 / 49
第四章
第四十七話 暗澹たる長い道の先を夢見て
しおりを挟む
突然の叫び声に、多くの警察官は落ち着きを保ちつつ辺りを見渡す。
「あそこだ!」
警察官が指した方を見ると、体長二メートルはあるツキノワグマがいた。
ヘムカたちから二十メートルほど離れた場所から警察官たちの方へ向かって突進し始めた。
とはいえ、幸いにも松の木々が邪魔で思うように突進できないようである。その間にと、多くの警察官が森の外へと戻って行きそれを追うように熊も追いかけた。
丁度警察官から離れた場所にいたヘムカたちからすれば、警察官と同じように行動するのは極めて危険である。そのため木の陰に隠れ、やり過ごすことにした。
「ヘムカ、大丈夫?」
「うん」
何度聞いたかわからないようなやり取りを終え、少し時間が経った。熊はどこかへ消えただろうかと、イツキは松の間から帰り道を覗き見る。しかし、丁度帰り道の道中で警察官を追うのを諦めており近くを呑気に闊歩しているように見えた。
誰がどう見てもまだ出るのは危険だった。
「ねぇ、佐藤さん」
ヘムカはよくよく考えたが、佐藤の名前を呼んだことは少なかった。
常に二人一緒にいるのだから、わざわざ主語を用いる必要がなかったのである。イツキは毎回ヘムカの名前を使っていたようだが。
「どうしたの?」
「出所したら、必ず迎えに行くからね」
「ああ、頼んだよ。きっと、その時にはヘムカもすっかり大人なんだろうな。十年ぐらいだったら、ぎりぎり高校一年とか二年とか?」
イツキは十年後のヘムカの姿を想像するが、全く想像できない。背を高くし、制服を着せた姿を想像する。
「え?」
しかしヘムカは、そのイツキの発言が理解できず思わず聞き返した。
「ん? 何か変なこと言ったか?」
何か間違っているだろうかと、イツキは今言った言葉を反芻するが何もおかしな点はない。
「何で十年後が高校一二年……?」
ヘムカは八歳である。少なくとも高校三年生でなければおかしい。
「いやだって……。そういや、ヘムカの年齢って聞いたことなかったな。六歳くらいか?」
その言葉に、ヘムカは衝撃を受け物言いたげな視線でイツキを見た。
ヘムカは同じ年齢と比べても明らかに身長が低いのである。
しかし、それは当然の結果でもあった。食材にありふれている日本と、弥生時代同然の生活をしていたヘムカ。摂取した栄養の量が段違いで違うのだ。
「……八歳」
その言葉を受けてイツキはどこか重くなった空気を感じ取り、ただ一言述べた。
「……すまんかった」
だが、こんな何気ない会話がヘムカにとっては楽しくて楽しくて仕方なかった。
「ふふっ……ははっ……」
堪えきれなくなったヘムカは、失笑してしまう。そして、イツキもまたそれに釣られて笑ってしまう。
最後に二人で朗らかな空間を満喫できた。
だが、ヘムカの頬に涙が伝う。
今、この時と直後に待ち受けている事実。あまりに差が大きすぎた。
このままだと、きっとまたもや駄々をこねてしまうかもしれない。だが、前回は異例中の異例。今後やったとしても、許可は降りないのだ。
「なんかヘムカ、この頃やたらと泣いてるな」
思い返すだけでも、毎日のように泣いている気がする。
イツキは泣いているヘムカをあやすため、抱きしめながら頭を撫でる。
「佐藤さんも、だよ?」
ヘムカは、気づいていた。イツキも同様に泣いていることに。
「ああ、そうだな……」
イツキは泣いていることを自覚したのか、一気に涙が零れ落ちる。そんな中、ヘムカはある決意を固めた。
「ねえ、佐藤さん」
「どうしたの?」
「私ね、佐藤さんのことが好き。出所したら結婚しよう」
ヘムカは、すらすらと言ってのけた。
イツキのためにこの思いを封印するつもりだった。でも、ここまで来て告白しないというのは無理だったのだ。
「八歳は結婚できないぞ」
イツキはただ、法律上無理なことを伝える。
「じゃあ、大人になったらいいの?」
イツキの返事は、どちらの意味にもとれる文言だった。ヘムカは諦めずに確認する。
「そうだな……人を殺したこんな僕だけど、それでよければ。後、出所してもヘムカの気持ちが変わらなかったらね?」
イツキは一瞬考えるも、ヘムカの顔を見て妥協したのか、それとも本当に添い遂げる覚悟があるのか承諾した。
「……ありがとう」
ただ一言、ヘムカはお礼を述べてイツキの胸の中に飛び込んだ。
イツキが優しく頭を撫でてやると、近くから物音が聞こえる。熊が近づいてきたのかと思い、警戒態勢に入るが出てきたのは警察官だった。
「先程の熊ですが、遠くに行ったことは確認済みです。どうぞこちらへ」
ヘムカとイツキは離れるも、並び合って警察官の後に続く。しかし、その表情には何の屈託もない。やがて、森を抜け道路上へと出た。そして、イツキを待っていた警察官がイツキの前に来る。
「佐藤イツキ、殺人および道路交通法違反諸々の容疑で逮捕する。異論はないな?」
逮捕状を見せられたイツキだが、一切抵抗はない。
「はい」
大人しく両手首を差し出し手錠が嵌ると警察車両に乗せられる。そして、すぐに捜査のためか警察署へと向かっていってしまった。
警察車両を見送るヘムカに、警察官とは別の人物が近づいてくる。
「ヘムカさんだね?」
近づいてきたのは、若い女性だ。
「はい、そうです」
「私、児童相談所のものです。来てくれますか?」
彼女は、ヘムカを保護すべく警察からの依頼でやってきたのだ。
これに対するヘムカの答えは、もちろん決まっている。
「はい」
ヘムカは児童相談所の車に乗せられると、今後どんな人生を歩むのかということを考えつつ児童相談所へと向かっていった。
「あそこだ!」
警察官が指した方を見ると、体長二メートルはあるツキノワグマがいた。
ヘムカたちから二十メートルほど離れた場所から警察官たちの方へ向かって突進し始めた。
とはいえ、幸いにも松の木々が邪魔で思うように突進できないようである。その間にと、多くの警察官が森の外へと戻って行きそれを追うように熊も追いかけた。
丁度警察官から離れた場所にいたヘムカたちからすれば、警察官と同じように行動するのは極めて危険である。そのため木の陰に隠れ、やり過ごすことにした。
「ヘムカ、大丈夫?」
「うん」
何度聞いたかわからないようなやり取りを終え、少し時間が経った。熊はどこかへ消えただろうかと、イツキは松の間から帰り道を覗き見る。しかし、丁度帰り道の道中で警察官を追うのを諦めており近くを呑気に闊歩しているように見えた。
誰がどう見てもまだ出るのは危険だった。
「ねぇ、佐藤さん」
ヘムカはよくよく考えたが、佐藤の名前を呼んだことは少なかった。
常に二人一緒にいるのだから、わざわざ主語を用いる必要がなかったのである。イツキは毎回ヘムカの名前を使っていたようだが。
「どうしたの?」
「出所したら、必ず迎えに行くからね」
「ああ、頼んだよ。きっと、その時にはヘムカもすっかり大人なんだろうな。十年ぐらいだったら、ぎりぎり高校一年とか二年とか?」
イツキは十年後のヘムカの姿を想像するが、全く想像できない。背を高くし、制服を着せた姿を想像する。
「え?」
しかしヘムカは、そのイツキの発言が理解できず思わず聞き返した。
「ん? 何か変なこと言ったか?」
何か間違っているだろうかと、イツキは今言った言葉を反芻するが何もおかしな点はない。
「何で十年後が高校一二年……?」
ヘムカは八歳である。少なくとも高校三年生でなければおかしい。
「いやだって……。そういや、ヘムカの年齢って聞いたことなかったな。六歳くらいか?」
その言葉に、ヘムカは衝撃を受け物言いたげな視線でイツキを見た。
ヘムカは同じ年齢と比べても明らかに身長が低いのである。
しかし、それは当然の結果でもあった。食材にありふれている日本と、弥生時代同然の生活をしていたヘムカ。摂取した栄養の量が段違いで違うのだ。
「……八歳」
その言葉を受けてイツキはどこか重くなった空気を感じ取り、ただ一言述べた。
「……すまんかった」
だが、こんな何気ない会話がヘムカにとっては楽しくて楽しくて仕方なかった。
「ふふっ……ははっ……」
堪えきれなくなったヘムカは、失笑してしまう。そして、イツキもまたそれに釣られて笑ってしまう。
最後に二人で朗らかな空間を満喫できた。
だが、ヘムカの頬に涙が伝う。
今、この時と直後に待ち受けている事実。あまりに差が大きすぎた。
このままだと、きっとまたもや駄々をこねてしまうかもしれない。だが、前回は異例中の異例。今後やったとしても、許可は降りないのだ。
「なんかヘムカ、この頃やたらと泣いてるな」
思い返すだけでも、毎日のように泣いている気がする。
イツキは泣いているヘムカをあやすため、抱きしめながら頭を撫でる。
「佐藤さんも、だよ?」
ヘムカは、気づいていた。イツキも同様に泣いていることに。
「ああ、そうだな……」
イツキは泣いていることを自覚したのか、一気に涙が零れ落ちる。そんな中、ヘムカはある決意を固めた。
「ねえ、佐藤さん」
「どうしたの?」
「私ね、佐藤さんのことが好き。出所したら結婚しよう」
ヘムカは、すらすらと言ってのけた。
イツキのためにこの思いを封印するつもりだった。でも、ここまで来て告白しないというのは無理だったのだ。
「八歳は結婚できないぞ」
イツキはただ、法律上無理なことを伝える。
「じゃあ、大人になったらいいの?」
イツキの返事は、どちらの意味にもとれる文言だった。ヘムカは諦めずに確認する。
「そうだな……人を殺したこんな僕だけど、それでよければ。後、出所してもヘムカの気持ちが変わらなかったらね?」
イツキは一瞬考えるも、ヘムカの顔を見て妥協したのか、それとも本当に添い遂げる覚悟があるのか承諾した。
「……ありがとう」
ただ一言、ヘムカはお礼を述べてイツキの胸の中に飛び込んだ。
イツキが優しく頭を撫でてやると、近くから物音が聞こえる。熊が近づいてきたのかと思い、警戒態勢に入るが出てきたのは警察官だった。
「先程の熊ですが、遠くに行ったことは確認済みです。どうぞこちらへ」
ヘムカとイツキは離れるも、並び合って警察官の後に続く。しかし、その表情には何の屈託もない。やがて、森を抜け道路上へと出た。そして、イツキを待っていた警察官がイツキの前に来る。
「佐藤イツキ、殺人および道路交通法違反諸々の容疑で逮捕する。異論はないな?」
逮捕状を見せられたイツキだが、一切抵抗はない。
「はい」
大人しく両手首を差し出し手錠が嵌ると警察車両に乗せられる。そして、すぐに捜査のためか警察署へと向かっていってしまった。
警察車両を見送るヘムカに、警察官とは別の人物が近づいてくる。
「ヘムカさんだね?」
近づいてきたのは、若い女性だ。
「はい、そうです」
「私、児童相談所のものです。来てくれますか?」
彼女は、ヘムカを保護すべく警察からの依頼でやってきたのだ。
これに対するヘムカの答えは、もちろん決まっている。
「はい」
ヘムカは児童相談所の車に乗せられると、今後どんな人生を歩むのかということを考えつつ児童相談所へと向かっていった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる