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第四章
第四十一話 Sign
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ヘムカたちの身柄はどちらも警察署へと移送されることとなり、ヘムカは警察車両に乗せられた。逮捕されている扱いではないため、拘束はされていないが隣には女性警察官が搭乗している。
「大丈夫だからね。ところで、お名前聞いてもいい?」
優しい言葉をかけてくるが、ヘムカは内心全く信用していない。そのため、女性警察官から声がかかるとその反対側の窓を向いた。
「……ヘムカ」
閉じている窓に向かって吐き捨てた。
「ヘムカちゃんっていうんだね。どこに住んでいるの? 家族の人は?」
一度答えてしまったためか、女性警察官は執拗に聞いてくる。
さすがに鬱陶しくなり、だんまりを決め込むことにした。
「大丈夫。お家に帰れるからね?」
何を言っているのだろうと思えた。
ヘムカの家族はもういない。家は焼けてしまった。
今家と呼べるものは、イツキと暮らしたあの家だけだ。
女性警察官の、優しそうな言葉を聞けば聞くほどに苛立ちが募る。
「なら、帰して下さい」
不思議と、冷たい声が出た。
自分でもなんでこんなに苛ついているのか、不思議だった。イツキと一緒にいるときはこんな憤りを感じたことなど一度たりともないというのに。
「すぐ帰れるからね。ちょっと警察で事情を聞くだけだから」
警察からしてみれば、コミュニケーション不可能な不審者たちの通訳が手に入った上に殺人犯を逮捕できるのだ。散々身元を調べられた後、ライベの部下たちの通訳として駆り出されるのが目に見えている。
「年齢は? いくつ?」
警察官も、だんまりを決め込んだヘムカに対し会話を続ける。この程度で諦めるようでは、警察官に向いていないのだろうからある意味必然である。
少しの間を置いたとしても、女性警察官は一向に顔色を変えずただヘムカの返事を待っていた。
ヘムカは、呆れたようにただため息をこぼし答えることにした。
「年齢は──」
答えようとするなり、ヘムカの乗っていた警察車両が停まった。
「着きました」
女性警察官が扉をそそくさと開け、ヘムカが降りるのを待っていた。おとなしくヘムカも降りると、警察署を目の当たりにする。移動時間がやけに早いなとは思ったが、拘置所も、警察署もどちらも街の中心街にあるためであった。
遠目で見ると、イツキらしき人物が警察官に拘束されながら署内に入っていくのが見えた。
「こっちだよ」
ヘムカも同様に署内へと入っていく。しかし、イツキとは一度も遭遇せずに少年補導室なる部屋へと連れてこられた。
すっかり取調室のような無機質な部屋で調べられると思ったが、少年補導室は落ち着いた色合いをしている部屋だった。補導の名前を冠しているが、補導以外にもいろいろ使われているらしい。
「じゃ、そこに座って」
何をされるのだろうという不安を感じつつも設えてある椅子に座り、反対側には先程からずっと行動を共にしている女性警察官が座った。
机の上には書類があり、女性警察官はペンを持っている。
「まず、一応確認ね。お名前は?」
名前なら先程も聞かれたが、公式書類として書くので念の為に再び聞いたのだろう。
「ヘムカ」
「それは名前? それとも名字? 後、漢字ある?」
「名前。カタカナ……なのかな?」
日本語を流暢に扱っている割には、自分の名前の日本語表記が定まらない。違和感を覚えつつも、女性警察官は質問を進める。
「名字は?」
「ない」
女性警察官は若干困っていたが、すぐに書類に滞りなく何かを書き連ねていく。
「そう、わかったわ。世界には名字のない国もあるからね。で、ご家族はどこ?」
「もういない。殺された」
女性警察官は、殺されたという発言から治安の悪い国を想像する。たまたま親戚が日本にいて、その親戚を頼って日本まで来たのではないかというのが女性警察官の推理だった。
「そう、わかったわ。誰と暮らしていたの?」
「佐藤イツキ」
その言葉を受けて女性警察官は大きく混乱した。イツキには殺人容疑がかけられた段階で、親族関係などが洗い出されている。しかし、日本人以外はいなかったのだ。
一緒に居たところを逮捕したのだからある程度の関係はあるとは考えていたが、やはり殺人犯と同居など何かを吹き込まれていないかや犯罪に加担させていないかなど心配事が絶えなかった。
親戚関係がなく、イツキがヘムカを攫ったという件も考えたがヘムカはイツキに懐きすぎている。とても誘拐犯とは思えないし、殺人犯として名前が全国に公開されている中でわざわざ誘拐という何のメリットもない行為をする理由がどこにも見つからないのだ。
「謎ね……。あなたはどうやってその佐藤イツキと出会ったの?」
「それは……」
言うべきだろうかという迷いが生じた。そもそも、ライベたちを利用し歪を修復するためには、拘置所や警察、裁判所の許可は必要不可欠である。そして、その許可を得るためにはヘムカの素性を話さねばならないのだが、ヘムカは苛立ちのせいなのか全く話す気が起こらなかった。
「わかったわ。ところで、あの不審者たちと意思疎通ができるのでしょう? 手伝ってくれるわね?」
女性警察官は、書類を出した。契約書だった。ヘムカが通訳として全面的に協力するということ、その代わりヘムカの衣食住は保証するということ。突っぱねてもいいのだが、イツキの家は絶賛家宅捜索中であるということを忘れてはならない。
ヘムカは、この契約書に署名する他なかった。
「大丈夫? 日本語書ける?」
署名を躊躇するヘムカに、女性警察官から声がかかる。ヘムカからすれば侮辱に等しい行為だったが、女性警察官は単純に見た目や名前から日本語が書けない可能性を考慮したまでであり侮辱の意図はなかった。
「書けますよ」
契約書の欄に、苛立ちながらもヘムカは署名をした。
「大丈夫だからね。ところで、お名前聞いてもいい?」
優しい言葉をかけてくるが、ヘムカは内心全く信用していない。そのため、女性警察官から声がかかるとその反対側の窓を向いた。
「……ヘムカ」
閉じている窓に向かって吐き捨てた。
「ヘムカちゃんっていうんだね。どこに住んでいるの? 家族の人は?」
一度答えてしまったためか、女性警察官は執拗に聞いてくる。
さすがに鬱陶しくなり、だんまりを決め込むことにした。
「大丈夫。お家に帰れるからね?」
何を言っているのだろうと思えた。
ヘムカの家族はもういない。家は焼けてしまった。
今家と呼べるものは、イツキと暮らしたあの家だけだ。
女性警察官の、優しそうな言葉を聞けば聞くほどに苛立ちが募る。
「なら、帰して下さい」
不思議と、冷たい声が出た。
自分でもなんでこんなに苛ついているのか、不思議だった。イツキと一緒にいるときはこんな憤りを感じたことなど一度たりともないというのに。
「すぐ帰れるからね。ちょっと警察で事情を聞くだけだから」
警察からしてみれば、コミュニケーション不可能な不審者たちの通訳が手に入った上に殺人犯を逮捕できるのだ。散々身元を調べられた後、ライベの部下たちの通訳として駆り出されるのが目に見えている。
「年齢は? いくつ?」
警察官も、だんまりを決め込んだヘムカに対し会話を続ける。この程度で諦めるようでは、警察官に向いていないのだろうからある意味必然である。
少しの間を置いたとしても、女性警察官は一向に顔色を変えずただヘムカの返事を待っていた。
ヘムカは、呆れたようにただため息をこぼし答えることにした。
「年齢は──」
答えようとするなり、ヘムカの乗っていた警察車両が停まった。
「着きました」
女性警察官が扉をそそくさと開け、ヘムカが降りるのを待っていた。おとなしくヘムカも降りると、警察署を目の当たりにする。移動時間がやけに早いなとは思ったが、拘置所も、警察署もどちらも街の中心街にあるためであった。
遠目で見ると、イツキらしき人物が警察官に拘束されながら署内に入っていくのが見えた。
「こっちだよ」
ヘムカも同様に署内へと入っていく。しかし、イツキとは一度も遭遇せずに少年補導室なる部屋へと連れてこられた。
すっかり取調室のような無機質な部屋で調べられると思ったが、少年補導室は落ち着いた色合いをしている部屋だった。補導の名前を冠しているが、補導以外にもいろいろ使われているらしい。
「じゃ、そこに座って」
何をされるのだろうという不安を感じつつも設えてある椅子に座り、反対側には先程からずっと行動を共にしている女性警察官が座った。
机の上には書類があり、女性警察官はペンを持っている。
「まず、一応確認ね。お名前は?」
名前なら先程も聞かれたが、公式書類として書くので念の為に再び聞いたのだろう。
「ヘムカ」
「それは名前? それとも名字? 後、漢字ある?」
「名前。カタカナ……なのかな?」
日本語を流暢に扱っている割には、自分の名前の日本語表記が定まらない。違和感を覚えつつも、女性警察官は質問を進める。
「名字は?」
「ない」
女性警察官は若干困っていたが、すぐに書類に滞りなく何かを書き連ねていく。
「そう、わかったわ。世界には名字のない国もあるからね。で、ご家族はどこ?」
「もういない。殺された」
女性警察官は、殺されたという発言から治安の悪い国を想像する。たまたま親戚が日本にいて、その親戚を頼って日本まで来たのではないかというのが女性警察官の推理だった。
「そう、わかったわ。誰と暮らしていたの?」
「佐藤イツキ」
その言葉を受けて女性警察官は大きく混乱した。イツキには殺人容疑がかけられた段階で、親族関係などが洗い出されている。しかし、日本人以外はいなかったのだ。
一緒に居たところを逮捕したのだからある程度の関係はあるとは考えていたが、やはり殺人犯と同居など何かを吹き込まれていないかや犯罪に加担させていないかなど心配事が絶えなかった。
親戚関係がなく、イツキがヘムカを攫ったという件も考えたがヘムカはイツキに懐きすぎている。とても誘拐犯とは思えないし、殺人犯として名前が全国に公開されている中でわざわざ誘拐という何のメリットもない行為をする理由がどこにも見つからないのだ。
「謎ね……。あなたはどうやってその佐藤イツキと出会ったの?」
「それは……」
言うべきだろうかという迷いが生じた。そもそも、ライベたちを利用し歪を修復するためには、拘置所や警察、裁判所の許可は必要不可欠である。そして、その許可を得るためにはヘムカの素性を話さねばならないのだが、ヘムカは苛立ちのせいなのか全く話す気が起こらなかった。
「わかったわ。ところで、あの不審者たちと意思疎通ができるのでしょう? 手伝ってくれるわね?」
女性警察官は、書類を出した。契約書だった。ヘムカが通訳として全面的に協力するということ、その代わりヘムカの衣食住は保証するということ。突っぱねてもいいのだが、イツキの家は絶賛家宅捜索中であるということを忘れてはならない。
ヘムカは、この契約書に署名する他なかった。
「大丈夫? 日本語書ける?」
署名を躊躇するヘムカに、女性警察官から声がかかる。ヘムカからすれば侮辱に等しい行為だったが、女性警察官は単純に見た目や名前から日本語が書けない可能性を考慮したまでであり侮辱の意図はなかった。
「書けますよ」
契約書の欄に、苛立ちながらもヘムカは署名をした。
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