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第三章
第二十六話 まわるまわる
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「最後に一ついい?」
ヘムカは、自分自身のことを全て話し終え山場を超えたと思い緊張の糸が切れていた。
しかし、イツキはまだ話を続けるつもりであり、ヘムカは何か疑問を持たれるようなことがあっただろうかと思案するも何も思い浮かばない。大人しくイツキの方を向いた。
「ヘムカは別世界から来たんだろ?」
イツキはもう一度ヘムカに確認する。
「そうだけど」
ヘムカはもちろん肯定する。一体何を言われるのかと疑問だった。
「なんで日本語喋れるんだ?」
すっかり失念していたことを指摘され、思わず「ああ」と呟いてしまう。
だが、日本語が喋れる理由。それは、中々に言い出しにくいことだ。前世があるのはまあいいだろう、問題なのは前世が男だったという点だ。最悪、言わなくても大丈夫なのだがヘムカは信用のためにも言っておきたいと決意した。
「その、私ね」
イツキを刺激しないように遠回しに告げる。いきなり前世の記憶があるといっても、到底受け入れられにくいだろうから。
イツキも何か言いにくいことだとわかったらしく、大人しくヘムカのことを見守っている。
「前世の記憶があるの。それも日本人として」
急にイツキのヘムカへの視線が驚いた視線へと変化する。そしてその後、痛い子を見るような、哀れむような、困惑するような引きつった表情へと変化した。苦笑いをしながら、ただただ呆然としている。
「……疑ってる?」
ヘムカは眉を顰めた。言葉で確認せずとも、表情を見れば誰だってわかるものだが一応確認する。
「いや、非科学的というか」
イツキはどうにも納得がいっていないようだ。
ある程度受け入れられにくいということは考慮していたが、その理由が非科学的だというのは考えていなかった。
「それをいうならこの耳やしっぽだって充分非科学的では?」
人間──かどうかよくわからないが、少なくとも人間の様な姿をして人間と意思疎通ができる。そんな生物に、頭頂部に耳が生えやしっぽが生えているというのはおかしいことであるとヘムカは自分ながら思った。
「いやいや、しっぽやその耳は既存の動物のDNAを組み合わせれば充分に実現可能だよ。ヘムカが実際例としてあるわけだし。調べれば科学的にも証明されるよ。それに比べて前世の記憶ってのは疑わしいよ。物質的な繋がりがないのにどうやって記憶を移転するのか」
ヘムカの前世は中学一年生まで。そこまでの教育課程でやる理科などたかがしれている。知識の差からいって、ヘムカは何も反論できなかった。
「そうは言われても、記憶があるのは事実だし……」
論破されてしまったものの、証拠はある。しかし、ヘムカの頭の中だけで他人に見せられるものではないため証拠としては不十分だ。
他に証拠はないかと考えてみるも、何も思い浮かばない。
「とりあえず、前世の記憶話してみてよ」
「わかった」
それから、ヘムカは過去のことを話し始めた。死ぬ直前の話だ。
◇
「俺さ、将来漫画家になりたいんだ」
地方の政令指定都市にある、とある街。マンションや小さなビルに囲まれた一帯で、街を縦断する大通りには車の往来が絶えない。
そんな街を歩いていたのは二人の男子中学生。ふくよかな体型をしている少年と、もうひとりの小柄な少年である煌。
煌というのはヘムカの前世での名だった。
「へー、いいじゃん。家でも描いてるの?」
漫画家という職業を聞いて、興奮した煌は彼が家でどんなものを描いているのだろうと気になり質問する。しかし、彼は首を横に振った。
「描くのを許してもらえないんだ」
描くのを許してもらえない。煌にとっては、なぜそうなるのかわからなかった。
「どうして?」
画材を買えないほどに貧しいのかと想像しつつも彼に質問する。
「そんなもの描いてる時間があったら、勉強しなさいって」
煌は驚いた。なぜなら、煌はそのように生活を縛られたことがなかったからだ。夜に出歩くなのようなことは言われたが、理由を聞いて納得していた。しかし、彼に言われたはずの言葉の意味がわからなかったのだ。なぜなら、彼は頭がいい。テストがあればほぼ100点であり、苦手な教科などない。極稀に98点を取る程度だ。
とはいえ、家のしきたりに口出しするのも憚られた煌は特に何かを口出しするわけでもなく黙々と共通の帰り道を歩いた。
「じゃ、ここで」
煌の家はもっと先なのだが、彼の家はちょうど途中のこの場所にある。彼の家はマンションの一室で家族とともに暮らしている。車も、それほど大きなものではない。煌は、彼に別れを告げる。しかし、彼は家を向いたまま動こうとはしなかった。
「どうしたの? 帰らないの?」
煌は彼を心配そうに見つめる。すると、彼は煌を振り返って口を開いた。
「帰りたくない。もっと喋りたい」
家に帰っても何をするわけでもない煌は快く首を縦に振った。それから、彼らはいろいろなことを喋った。来世はあるかないか、もし漫画の中だったらどんなポジションにいるのか。漫画を描くなら、どんなジャンルを描くのか。
二人の会話が小一時間ほど続いたときだった。
「ちょっと! 何をしているの!」
彼の家から怒号が聞こえてきた。
何事かと思い二人がそちらを見る。顔を醜いほどに歪め怒り心頭に発していた女性がそこに立っていた。彼の家から出てきたことを察するに、彼の母親なのだろう。彼女はこちらへ速歩きで近づくと、彼の頬を叩いた。相当な力で叩いたらしく、彼はそのまま倒れてしまう。ランドセルのせいで二次被害は発生しなかったようだが、彼の頬には赤い跡ができている。
このままではまずい。煌がそう思うと、すぐに彼女の方を向いた。
「お、落ち着いてください」
煌の発言を聞いた彼女は、反省するどころかその醜い顔をさらに歪ませた。
「なんなのあなた!? もしかして、うちの子のクラスメイト? あなたの親御さんは他人の家庭内に介入しろと仰っているの? 信じらんない! もう二度とうちの子に近づかないで!」
激昂した彼女は、煌と、その親を散々侮辱した後何事もなかったかのように彼の胸ぐらを掴み引きずっていく。
とはいえ、そこまで言われて何もしない煌ではなかった。煌は意を両拳を握りしめると決して彼女の方へと向かった。
「ちょっと待ってください!」
煌が近づくと、彼女は苛立ったように振り返りそのまま煌を突き飛ばした。
「うざいんだよ! ったく」
彼女は突き飛ばした小学生を何ら気にすることなく家へ戻った。しかし、突き飛ばされた煌はただでは済まなかった。女性とはいえ、全力で突き飛ばされればそれなりの威力になる。体格が良い中学一年生なら大丈夫だったろうが、比較的小柄であったということも相まって、突き飛ばされた煌はそのまま道路上へと吹き飛ばされた。
そして、道路上へ寝そべった煌が痛みに耐えながら目を開くと、目の前にはトラックが煌に向かって走っていた。
ヘムカは、自分自身のことを全て話し終え山場を超えたと思い緊張の糸が切れていた。
しかし、イツキはまだ話を続けるつもりであり、ヘムカは何か疑問を持たれるようなことがあっただろうかと思案するも何も思い浮かばない。大人しくイツキの方を向いた。
「ヘムカは別世界から来たんだろ?」
イツキはもう一度ヘムカに確認する。
「そうだけど」
ヘムカはもちろん肯定する。一体何を言われるのかと疑問だった。
「なんで日本語喋れるんだ?」
すっかり失念していたことを指摘され、思わず「ああ」と呟いてしまう。
だが、日本語が喋れる理由。それは、中々に言い出しにくいことだ。前世があるのはまあいいだろう、問題なのは前世が男だったという点だ。最悪、言わなくても大丈夫なのだがヘムカは信用のためにも言っておきたいと決意した。
「その、私ね」
イツキを刺激しないように遠回しに告げる。いきなり前世の記憶があるといっても、到底受け入れられにくいだろうから。
イツキも何か言いにくいことだとわかったらしく、大人しくヘムカのことを見守っている。
「前世の記憶があるの。それも日本人として」
急にイツキのヘムカへの視線が驚いた視線へと変化する。そしてその後、痛い子を見るような、哀れむような、困惑するような引きつった表情へと変化した。苦笑いをしながら、ただただ呆然としている。
「……疑ってる?」
ヘムカは眉を顰めた。言葉で確認せずとも、表情を見れば誰だってわかるものだが一応確認する。
「いや、非科学的というか」
イツキはどうにも納得がいっていないようだ。
ある程度受け入れられにくいということは考慮していたが、その理由が非科学的だというのは考えていなかった。
「それをいうならこの耳やしっぽだって充分非科学的では?」
人間──かどうかよくわからないが、少なくとも人間の様な姿をして人間と意思疎通ができる。そんな生物に、頭頂部に耳が生えやしっぽが生えているというのはおかしいことであるとヘムカは自分ながら思った。
「いやいや、しっぽやその耳は既存の動物のDNAを組み合わせれば充分に実現可能だよ。ヘムカが実際例としてあるわけだし。調べれば科学的にも証明されるよ。それに比べて前世の記憶ってのは疑わしいよ。物質的な繋がりがないのにどうやって記憶を移転するのか」
ヘムカの前世は中学一年生まで。そこまでの教育課程でやる理科などたかがしれている。知識の差からいって、ヘムカは何も反論できなかった。
「そうは言われても、記憶があるのは事実だし……」
論破されてしまったものの、証拠はある。しかし、ヘムカの頭の中だけで他人に見せられるものではないため証拠としては不十分だ。
他に証拠はないかと考えてみるも、何も思い浮かばない。
「とりあえず、前世の記憶話してみてよ」
「わかった」
それから、ヘムカは過去のことを話し始めた。死ぬ直前の話だ。
◇
「俺さ、将来漫画家になりたいんだ」
地方の政令指定都市にある、とある街。マンションや小さなビルに囲まれた一帯で、街を縦断する大通りには車の往来が絶えない。
そんな街を歩いていたのは二人の男子中学生。ふくよかな体型をしている少年と、もうひとりの小柄な少年である煌。
煌というのはヘムカの前世での名だった。
「へー、いいじゃん。家でも描いてるの?」
漫画家という職業を聞いて、興奮した煌は彼が家でどんなものを描いているのだろうと気になり質問する。しかし、彼は首を横に振った。
「描くのを許してもらえないんだ」
描くのを許してもらえない。煌にとっては、なぜそうなるのかわからなかった。
「どうして?」
画材を買えないほどに貧しいのかと想像しつつも彼に質問する。
「そんなもの描いてる時間があったら、勉強しなさいって」
煌は驚いた。なぜなら、煌はそのように生活を縛られたことがなかったからだ。夜に出歩くなのようなことは言われたが、理由を聞いて納得していた。しかし、彼に言われたはずの言葉の意味がわからなかったのだ。なぜなら、彼は頭がいい。テストがあればほぼ100点であり、苦手な教科などない。極稀に98点を取る程度だ。
とはいえ、家のしきたりに口出しするのも憚られた煌は特に何かを口出しするわけでもなく黙々と共通の帰り道を歩いた。
「じゃ、ここで」
煌の家はもっと先なのだが、彼の家はちょうど途中のこの場所にある。彼の家はマンションの一室で家族とともに暮らしている。車も、それほど大きなものではない。煌は、彼に別れを告げる。しかし、彼は家を向いたまま動こうとはしなかった。
「どうしたの? 帰らないの?」
煌は彼を心配そうに見つめる。すると、彼は煌を振り返って口を開いた。
「帰りたくない。もっと喋りたい」
家に帰っても何をするわけでもない煌は快く首を縦に振った。それから、彼らはいろいろなことを喋った。来世はあるかないか、もし漫画の中だったらどんなポジションにいるのか。漫画を描くなら、どんなジャンルを描くのか。
二人の会話が小一時間ほど続いたときだった。
「ちょっと! 何をしているの!」
彼の家から怒号が聞こえてきた。
何事かと思い二人がそちらを見る。顔を醜いほどに歪め怒り心頭に発していた女性がそこに立っていた。彼の家から出てきたことを察するに、彼の母親なのだろう。彼女はこちらへ速歩きで近づくと、彼の頬を叩いた。相当な力で叩いたらしく、彼はそのまま倒れてしまう。ランドセルのせいで二次被害は発生しなかったようだが、彼の頬には赤い跡ができている。
このままではまずい。煌がそう思うと、すぐに彼女の方を向いた。
「お、落ち着いてください」
煌の発言を聞いた彼女は、反省するどころかその醜い顔をさらに歪ませた。
「なんなのあなた!? もしかして、うちの子のクラスメイト? あなたの親御さんは他人の家庭内に介入しろと仰っているの? 信じらんない! もう二度とうちの子に近づかないで!」
激昂した彼女は、煌と、その親を散々侮辱した後何事もなかったかのように彼の胸ぐらを掴み引きずっていく。
とはいえ、そこまで言われて何もしない煌ではなかった。煌は意を両拳を握りしめると決して彼女の方へと向かった。
「ちょっと待ってください!」
煌が近づくと、彼女は苛立ったように振り返りそのまま煌を突き飛ばした。
「うざいんだよ! ったく」
彼女は突き飛ばした小学生を何ら気にすることなく家へ戻った。しかし、突き飛ばされた煌はただでは済まなかった。女性とはいえ、全力で突き飛ばされればそれなりの威力になる。体格が良い中学一年生なら大丈夫だったろうが、比較的小柄であったということも相まって、突き飛ばされた煌はそのまま道路上へと吹き飛ばされた。
そして、道路上へ寝そべった煌が痛みに耐えながら目を開くと、目の前にはトラックが煌に向かって走っていた。
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