Repair ~TS転生して奴隷になったけど、日本に戻れました~

豊科奈義

文字の大きさ
上 下
24 / 49
第二章

第二十四話 転覆

しおりを挟む
 すっかり夜の帳が下り、月が真上に移動しているという時刻。ヘムカは雨の音で目を覚ました。

「雨か……」

 ただでさえ音には敏感な種族。ましてや、最近はヘムカは五感を良くも悪くも刺激され、何事にも過敏になっていた。
 一度目を覚ましてしまったためか、布団に包まろうとも中々瞼が重くならない。水でも飲もうと思い、布団を抜け寝室を出るとリビングへと向かう。コップを取り出し水道の蛇口を捻り注がれた水道水を一気に飲み干す。
 胸の奥にある不安を洗い流してくれないだろうかと思ったが、全く徒労に終わってしまったようだ。
 すっかり目を覚ましてしまったヘムカは寝られる気がしないためリビングへと向かうと明かりをつけテレビをつけた。
 丁度深夜のニュース番組をやっていたらしく、アナウンサーがニュースを読み上げていた。

「昨日発生した羽黒市内の傷害事件で、警察は容疑者と思われる人物を逮捕いたしました。しかし、容疑者は身分を確認できる公的書類を有しておらずかつ言葉も通じないため身元確認が難航しております」

 テレビに映し出されたのは、渡辺の家の目の前だった。リポーターが警察官たちのいる規制線限界まで近づきながら事態を解説する。

「次のニュースです、羽黒市において器物破損や窃盗等の事件が今週に入り犯罪の認知件数が急上昇していることが判明いたしました。不審者の目的件数が数多く寄せられており、警察もパトロールを強化するとのことです」

 またしてもテレビ画面に映し出されたのは羽黒市の映像だ。物が壊された後や、盗まれる瞬間の防犯カメラ映像などが流れる。
 続いて、羽黒市民であろう老婆にレポーターがインタビューする映像が流れた。

「怖いよー。本当に、どっから来るんだろうね?」

 インタビューに老婆は不安げに語った。
 続いて、画面は撮影スタジオへと戻る。アナウンサーやら芸能人やらが互いに怖いだの恐ろしいだのしょうもないことを話し合うと続いてのニュースに移行した。
 しかし、ニュースの内容が変わった後もヘムカはそのニュース番組に釘付けだった。とはいえ、別にヘムカはその別のニュースを一心不乱に聞いているわけではない。むしろその逆だ。アナウンサーの言葉など微塵も聞き取ってはいないのだ。
 では、なぜヘムカはテレビ画面に釘付けなのか。
 それは、とある可能性を考えてしまったからだ。
 今まではどこにでもいるただの不審者がたまたま複数人いたと考えていた。けれども、もしこれがヘムカがこちらの世界に来るのに使ったあの時空の歪だったら?
 あらゆることの辻褄が合うのだ。
 言葉が通じないのにも説明がつく。短剣などの物騒な物を持っているのにも説明がつく。
 先日見た長い筒を持ったという男も、恐らく槍を持っていて見たことない自動車に驚いて逃げたのだろう。
 あの歪が結局何なのかはわからない。けれども、ヘムカには大きな不安があった。これ以上放置すれば最悪ライベやライベの部下が来て自分が連れ戻されるのではないかという不安だ。

「これはまずい」

 考えても仕方がない。そう判断したヘムカは、反射的に外へと飛び出た。
 人目が気になるが、真夜中のしかも雨。あまつさえ、田んぼが広がる田園地帯。人通りなんてないし、街灯がないので真っ暗である。至近距離で見られて、ようやく目の前に人物があると認識できる暗さだ。何も問題はない。
 ヘムカが家を出ると、真っ先に感じたのは魔力の流れだ。この世界では魔力がほとんどなく回復しきっていない。けれども、ごく僅かに魔力の流れが発生している。魔力に敏感なヘムカだからこそできた芸当だ。
 すぐにその流れを探ることにした。しかし、魔力の濃度が低すぎて追跡は困難を極める。
 そこで、ヘムカは方針転換をする。ヘムカが覚えているのは、森の中だ。熊がいた。そして、イツキが居た。
 イツキ、すなわち人間が森の中に入るということはそれなりに道路から近い位置にあったのではないか。

「じゃあなんで……?」

 そう考えると必然的に疑問が湧いてくる。
 なぜイツキはあの晩、森の中にいたのかということだ。もしかしたら、自分同様に時空の歪に気がついたのではないか。そんな疑問が雨後の筍の如く湧いて出る。
 ヘムカはその疑問を後回しするため、両手で頬を思い切り叩く。そして、とりあえず家の南にある森から入ることにした
 森の中から南下していくが、徐々に魔力の反応が近くなっているのを感じる。ヘムカは、間違いないという確信を抱きつつ一時間近く歩き続けた。
 元々村では老若男女問わず歩いたため多少の移動なら平気だった。しかし、この世界に来て以降家の中に閉じこもることになったため、脚が鈍り疲労が溜まる。

「後ちょっと……」

 脚の痛みを我慢しながらもヘムカは森の斜面を進み続ける。こうして、記憶にある爪痕のある松の木を発見した。熊がいる以上、爪痕のある木など少なくはないだろうが、爪痕の形が完全に記憶と合致していた。
 幸いにも近くに熊の気配はない。ヘムカは先日行えなかった、この松の裏を確認する。

「あった……」

 空間が歪んでいた。
 透明でありながらも、後ろに映る背景が歪んでいる。
 ヘムカは息を呑むと、丁度近くに転がっている枝を手に取りその歪の中へと恐る恐る入れてみる。入れた直後は歪んでいるだけだが、押し込んでみると先端部分にかけて徐々に薄くなり、とうにその歪を貫通しているであろう枝の先端は見えなくなっていた。
 ヘムカが枝を引き抜くと、そこには先程と何ら違いのない枝がそこにはあった。
 安全確認を終えるとヘムカは頭を歪へと埋めた。ヘムカの視界は徐々に歪んでいき、やがて薄っすらと明るい闇の世界へと誘われた。
 殆どが闇で見えないが、明かりの正体だけはわかった。それはライベの邸宅であると。
 今でもあそこにライベが居て自分のことを探している。そう考えるだけで体中から汗が吹き出し震えだす。
 急いで頭を引っ込めると、松の木に凭れかかった。

「間違いない」

 ヘムカは、謎の歪に視線を向ける。理由はわからないが、この歪を伝い向こうの世界の人間、特にライベの指示でこの辺りを探していた兵士がたまたま歪に入ったのだろうと。そうなれば、やることは簡単だ。
 塞げばよい。
 思い立ったが吉日とばかりにヘムカはその歪に対して修復魔法を発動させた。割れた皿を治すような要領で、修復魔法を使った。魔力が根こそぎ持っていかれるような感触の後、歪を見る。しかし、ヘムカは絶句した。

「なんで……?」

 歪はたしかに小さくはなった。けれども、完全に消えてはいなかった。再び魔法をしようにも、ヘムカにはもう魔力がない。魔法を発動させることは不可能だ。

「どうしよ……」

 向こうの世界に戻り魔力が溜まるのを待つかとも思ったが、ライベに発見されれば何をされるかわかったものではない。その愚かな考えを全力で否定する。
 他に策はないのか。ただただヘムカは考え込む。そして、一つだけ方法を思いついた。けれども、それと同時にヘムカは歯を食いしばり渋面を作っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...