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第一章
第九話 売れ残りヘムカ
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ヘムカが施設に入れられて数日が経過した。
この施設での生活は、ひどく厳しいものだった。食事は最低限度のものは出るが、切れ端や残り滓など当たり前。腐ったものすら出されることもありそのたびにお腹を壊す奴隷もいた。
また、量も少ないため部屋に侵入してきたネズミなどを食べる者すら現れている。
そして、多くの客がこの施設の中を見歩くようになった。その客の殆どが上流階層で、こんな汚い場所に行くとは思えないほど立派で小綺麗な格好をしていた。そしてそんな彼らは奴隷たちを、舐め回すかのような下賤な目で吟味する。
奴隷になるならせめて優しそうな主人に買われたい。そんな思いが多くの奴隷たちにあったが、ここに来て奴隷を求めるような客に優しさなどあったものではなかった。
吟味のために奴隷を出そうものなら暴行を受けるなど当たり前。辱めを受けることすらあり、そんな願いを持つ者はもはや誰もいなくなった。
少しでもましな客が現れれば媚態を作って近寄り、そこに同郷の者という仲間意識は全くなかった。
ヘムカはというと、母親を亡くしていこうずっと放心状態が続いていた。ただ、惰性で。父親から言われたこともあり最低限の食事は摂っているが一々味なんて気にしていない。
そんな者を買おうとする物好きなどいるわけもなく、気がつけば部屋の者はヘムカ以外全員売れてしまった。
奴隷施設の管理者側としては、食費がかかる以上どうしても早く売りたい。その思いで、職員の一人がヘムカの様子を見に来る。
「おい、お前!」
ヘムカに向かって叫んでもヘムカは反応なし。部屋にはヘムカしかいないにも関わらず。
そして、幾度も呼び続けた後ようやくヘムカは自分のことを呼んでいるのだと気がついた。
「……なんです?」
ヘムカは面倒くさそうに鉄格子越しに兵士の前へと移動した。しかし、その姿は相変わらず目に光がない。
「お前も早く客に媚びたほうがいいぞ。価値のない商品は処分するぞ」
施設側としても、殺したくはない。後処理が大変だし金にならない。そういった意味でも、早く売れるように促すのは自然なことだった。
けれども、ヘムカは微動だにしない。そして、ゆっくりと兵士に目線を向ける。
「好きにしてよ……」
すっかり諦めの境地にいるヘムカは、死を宣告されようとも何ら抵抗しようとは思わなかった。
「駄目だこりゃ」
兵士は、諦めた。売れそうな奴隷たちは全て売っぱらってしまい、残っているのは心が死んでいる奴隷ばかり。決して少ない人数ではないので処理費用が多くかかる。そのことを悩んでいると、廊下に足音が響き渡った。
新しい客かと思い振り向くが、そこに歩いているのはここにいるのが不自然なほどに高位の人物だった。
「遅いので様子を見に来れば」
そう零しながらやってきたのはこんな施設に似合わぬ立派な軍服を着ているライベだった。
「ら、ライベ指揮官!」
兵士は急いで廊下の端に行くとライベに敬礼をする。
「先日はありがとうございました。兵士一同、ライベ指揮官には感謝しています」
ライベは、感謝されることに慣れているのか何も動じず首を横に振った。
「私は指揮官です。部下たちが最善を尽くせるように努力するのは上司として当然のことですよ」
そう言い残すと、部屋の中にいるヘムカの様子を見る。
「ああ、あの子か」
ヘムカを見た後、ライベは意味深長な面持ちで呟いた。
しばらくヘムカを眺めた後、ふと何かを熟考する。そんな様子が兵士には奇妙に映ったのか、兵士はライベを心配する。
「どうされましたか? ライベ指揮官」
「彼女、魔法を使えますね。何が使えるんでしょう?」
兵士は近くに部屋の入り口に書かれている奴隷名簿からヘムカの名前を探す。
「えーっと。恐らくは、修復魔法かと」
施設に入れられた当初、奴隷たちは適正を調べるために検査を受けさせられたのだ。とはいっても、専門家が目視するだけのため全く動きたくないヘムカでも問題なく検査できたが。
「修復魔法ですか、私も使えますが……まあいいでしょう」
そして、ライベは何かを決めると口元を緩めた。
「決めました。彼女、買いますよ」
「ほ、本当ですか? 指揮官?」
冗談かと思ったのだろう、兵士は確認を意を込めてライベに問う。
「処分に困っていたんでしょう? 値引いてくれると嬉しいです」
「は、畏まりました」
どうするべきか考えた挙げ句、上司の命令に従うことを決意。兵士は急いで購入準備のため事務所へと向かった。
そして、ライベは改めてヘムカを見つめる。
「今日から私があなたのご主人さまです」
その発言により、ヘムカもライベからの視線に気がついた。没個性な兵士とは違い、ヘムカはライベのことを覚えていた。
けれども、ライベは兵士たちに殺すのを躊躇わせた側だ。もしこれが殺すのを促した側であったなら、我をも忘れて襲いかかったはず。ヘムカはライベの評価を決め倦ね、何ら行動を取らなかった。
「よろしくね」
そうライベが呟くと、先程購入準備にために走っていった兵士が戻ってくる。ちょうど廃棄処分の前だったこともあり、破格でライベは奴隷を手にすることに成功する。
「それにしても、良かったのですか? 思うように働いてくれるとは思わないのですが?」
兵士が思うのも尤もだった。もっと早く来ればいい奴隷がいっぱいいたのにと言いそうな顔をする。
「ええ、いいんですよ。ああいうので」
目の前に兵士がいるにも関わらず、思わず不敵な笑いを浮かべ代金をその場で一括払い。通貨の枚数を数えて一致するなり、兵士は部屋の扉を解錠した。
「おい! 出ろ!」
兵士はヘムカに向かって叫ぶ。しかし、今までの状況から動こうとしないと判断したのか叫ぶなりすぐにヘムカの元までやってくるとヘムカに金属製の首枷を付け担ぎ上げた。扉から出すと、ライベに物を扱うかのようにヘムカを雑に放り投げた。
ライベはヘムカを無事受け止めるなりゆっくりと帰路についた。
この施設での生活は、ひどく厳しいものだった。食事は最低限度のものは出るが、切れ端や残り滓など当たり前。腐ったものすら出されることもありそのたびにお腹を壊す奴隷もいた。
また、量も少ないため部屋に侵入してきたネズミなどを食べる者すら現れている。
そして、多くの客がこの施設の中を見歩くようになった。その客の殆どが上流階層で、こんな汚い場所に行くとは思えないほど立派で小綺麗な格好をしていた。そしてそんな彼らは奴隷たちを、舐め回すかのような下賤な目で吟味する。
奴隷になるならせめて優しそうな主人に買われたい。そんな思いが多くの奴隷たちにあったが、ここに来て奴隷を求めるような客に優しさなどあったものではなかった。
吟味のために奴隷を出そうものなら暴行を受けるなど当たり前。辱めを受けることすらあり、そんな願いを持つ者はもはや誰もいなくなった。
少しでもましな客が現れれば媚態を作って近寄り、そこに同郷の者という仲間意識は全くなかった。
ヘムカはというと、母親を亡くしていこうずっと放心状態が続いていた。ただ、惰性で。父親から言われたこともあり最低限の食事は摂っているが一々味なんて気にしていない。
そんな者を買おうとする物好きなどいるわけもなく、気がつけば部屋の者はヘムカ以外全員売れてしまった。
奴隷施設の管理者側としては、食費がかかる以上どうしても早く売りたい。その思いで、職員の一人がヘムカの様子を見に来る。
「おい、お前!」
ヘムカに向かって叫んでもヘムカは反応なし。部屋にはヘムカしかいないにも関わらず。
そして、幾度も呼び続けた後ようやくヘムカは自分のことを呼んでいるのだと気がついた。
「……なんです?」
ヘムカは面倒くさそうに鉄格子越しに兵士の前へと移動した。しかし、その姿は相変わらず目に光がない。
「お前も早く客に媚びたほうがいいぞ。価値のない商品は処分するぞ」
施設側としても、殺したくはない。後処理が大変だし金にならない。そういった意味でも、早く売れるように促すのは自然なことだった。
けれども、ヘムカは微動だにしない。そして、ゆっくりと兵士に目線を向ける。
「好きにしてよ……」
すっかり諦めの境地にいるヘムカは、死を宣告されようとも何ら抵抗しようとは思わなかった。
「駄目だこりゃ」
兵士は、諦めた。売れそうな奴隷たちは全て売っぱらってしまい、残っているのは心が死んでいる奴隷ばかり。決して少ない人数ではないので処理費用が多くかかる。そのことを悩んでいると、廊下に足音が響き渡った。
新しい客かと思い振り向くが、そこに歩いているのはここにいるのが不自然なほどに高位の人物だった。
「遅いので様子を見に来れば」
そう零しながらやってきたのはこんな施設に似合わぬ立派な軍服を着ているライベだった。
「ら、ライベ指揮官!」
兵士は急いで廊下の端に行くとライベに敬礼をする。
「先日はありがとうございました。兵士一同、ライベ指揮官には感謝しています」
ライベは、感謝されることに慣れているのか何も動じず首を横に振った。
「私は指揮官です。部下たちが最善を尽くせるように努力するのは上司として当然のことですよ」
そう言い残すと、部屋の中にいるヘムカの様子を見る。
「ああ、あの子か」
ヘムカを見た後、ライベは意味深長な面持ちで呟いた。
しばらくヘムカを眺めた後、ふと何かを熟考する。そんな様子が兵士には奇妙に映ったのか、兵士はライベを心配する。
「どうされましたか? ライベ指揮官」
「彼女、魔法を使えますね。何が使えるんでしょう?」
兵士は近くに部屋の入り口に書かれている奴隷名簿からヘムカの名前を探す。
「えーっと。恐らくは、修復魔法かと」
施設に入れられた当初、奴隷たちは適正を調べるために検査を受けさせられたのだ。とはいっても、専門家が目視するだけのため全く動きたくないヘムカでも問題なく検査できたが。
「修復魔法ですか、私も使えますが……まあいいでしょう」
そして、ライベは何かを決めると口元を緩めた。
「決めました。彼女、買いますよ」
「ほ、本当ですか? 指揮官?」
冗談かと思ったのだろう、兵士は確認を意を込めてライベに問う。
「処分に困っていたんでしょう? 値引いてくれると嬉しいです」
「は、畏まりました」
どうするべきか考えた挙げ句、上司の命令に従うことを決意。兵士は急いで購入準備のため事務所へと向かった。
そして、ライベは改めてヘムカを見つめる。
「今日から私があなたのご主人さまです」
その発言により、ヘムカもライベからの視線に気がついた。没個性な兵士とは違い、ヘムカはライベのことを覚えていた。
けれども、ライベは兵士たちに殺すのを躊躇わせた側だ。もしこれが殺すのを促した側であったなら、我をも忘れて襲いかかったはず。ヘムカはライベの評価を決め倦ね、何ら行動を取らなかった。
「よろしくね」
そうライベが呟くと、先程購入準備にために走っていった兵士が戻ってくる。ちょうど廃棄処分の前だったこともあり、破格でライベは奴隷を手にすることに成功する。
「それにしても、良かったのですか? 思うように働いてくれるとは思わないのですが?」
兵士が思うのも尤もだった。もっと早く来ればいい奴隷がいっぱいいたのにと言いそうな顔をする。
「ええ、いいんですよ。ああいうので」
目の前に兵士がいるにも関わらず、思わず不敵な笑いを浮かべ代金をその場で一括払い。通貨の枚数を数えて一致するなり、兵士は部屋の扉を解錠した。
「おい! 出ろ!」
兵士はヘムカに向かって叫ぶ。しかし、今までの状況から動こうとしないと判断したのか叫ぶなりすぐにヘムカの元までやってくるとヘムカに金属製の首枷を付け担ぎ上げた。扉から出すと、ライベに物を扱うかのようにヘムカを雑に放り投げた。
ライベはヘムカを無事受け止めるなりゆっくりと帰路についた。
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