8 / 49
第一章
第八話 闇でできた光
しおりを挟む
夜が明けた。
ヘムカを含む奴隷たちは、兵士の先導により草原を歩かされた。数時間にも及ぶ行軍。普段から歩き慣れている兵士はささやかながら靴を履いているが、基本的に裸足で生活する亜人の足は限界だった。足の裏の皮は剥がれ、時折道なき道に転がっている鋭利な石を踏みつけては足に傷ができる。誰か一人でも転べば手枷の影響で皆が転び傷を負う。そうしている間にも、奴隷同士での不信感は高まっていき兵士の思うつぼであった。
「休憩にするか」
先頭を行く兵士がそんなことを他の兵士に告げた。これで自分も休めるのだと、ヘムも安心しきり安堵のため息をついた。
けれども、この休憩は奴隷のためではない。あくまでも、兵士のための休憩であった。
奴隷たちはその場に待機。一方で、兵士たちは気が合う者同士で集い合うと食べ物や飲み物が支給される。それらを、奴隷たちの前で美味しそうに食べるなり談笑し始めた。
奴隷たちは座ることが許されただけでも温情だろう。単純に、休憩時間くらいは奴隷たちの面倒を見たくないので放置しだけかもしれないが。
「うぅ……。あ、あのー」
休憩中の兵士たちに声を上げたのは、奴隷たちの一人。ヘムカと対して年が違わない少年だった。彼は、体をくねらせながら休憩中の兵士に向かって言う。
彼から一番近い位置におり、談笑している兵士たちのグループはその声に気がつくと互いに目配せをする。そして、一番立場の悪いであろう兵士が渋面を作りながら彼の元へとやってきた。
「何だ?」
いいように自分が使われていることに内心苛ついているのか、睨みを利かせながら少年に問う。
「ずっと我慢してたんですけど、……その、漏れそうなんです……」
少年は、兵士に恐縮しながらも多くの奴隷が同じように考えていたことを代表するかのように質問した。
しかし、兵士の反応は芳しくない。わざとともとれる大きなため息をついた後、渋々答えた。
「はぁ? そんなんそこですりゃいいでしょ」
吐き捨てるように言い終わるなり、すぐに兵士は談笑しているグループの中へと戻っていった。
一方の少年は固まっていた。彼は、奴隷というものをよく理解していなかったのだろう。けれども、そうしている間にも尿意は限界に近くなる。
「もう……無理……」
少年は粗相をした。
兵士の中には、少年を談笑のネタにする者も少なくなく最大限の屈辱を味わう。けれども、他の奴隷たちは少年を慮り何ら反応を示さない。彼らもまた、尿意が限界であり自分も同じようなことになるかもしれないと思うと、決して笑えやしないのだ。
奴隷たちの中にはすっかり泣きじゃくったりする者も少なくなく、近くの奴隷たちが慰めあっていた。
そんな中で、平然と垂れ流す者もいる。なぜなら、彼は生きていれども心は死んだようなものだからだ。ヘムカもまた、その一人だ。
大人になったのに、誰一人守れなかったトラウマが心を蝕んだのだ。
「休憩終わりだ! にしても、くっせぇな」
兵士たちは冷笑しながら奴隷たちを街に運ぶべく持ち場に着く。奴隷たちも立とうとするが、中にはショックのあまり立てない者もおり苛立った兵士が該当する奴隷の前に立つと脛や腹部に蹴りを入れ無理やり立たせる。
「さっさと立て! 殺したっていいんだぞ?」
兢兢とする奴隷は、体を震わせながらにしてようやく立った。
「こらこら、そんな物言いはいけませんよ」
先頭兵士の近くにいたライベは、優しく咎める。
「こ、これは失礼いたしました。指揮官。つい調子に乗ってしまって」
先程までの傲慢な態度が打って変わり、必死に指揮官に阿るただの部下。見ていた奴隷たちは、少なからず気が楽になった。
「では、これより向かう。ついてこい」
先頭兵士の呼びかけに、奴隷たちは渋々従い歩き始める。
ちょうど地平線から朝日が登り始めていた頃に歩き始め、その朝日がすっかり高い位置に移動してしまった頃ヘムカは見慣れぬものを見た。
ここら一帯は草原と森しかない。見るのは植物と土くらいなものだが、見えてきたのは明らかに自然のものではない石の人工壁。その付近には全身の金属の装備を固めた兵士がいた。
その兵士に蔑まれながら横を通る。そして、城壁の中へと入った。
ヘムカが元いた世界には及ばないものの、中世程度には技術が発達しており大通り沿いには数階建ての建築物がある。大通りの中には、多数のバザールとそれらを利用する大勢の住人でごった返していた。
とはいえ、蔑まれることには変わりない。もし兵士の先導がなかったら嫌がらせもあり得るのだろう。
「人間様の素晴らしい街の様子をたんと目に焼き付けるがいいさ。そんくらいは奴隷でも許してやるよ」
奴隷たちを先導する兵士たちが奴隷たちに声がけする。実際、多くの奴隷たちは見たこともない街の様子を感慨深く眺めていた。しかしヘムカは、あまり前世で見慣れておりそんな気すら起きない。街の人からどんな心無い言葉を投げかけられても何ら気にしていない。
そして大通りを歩いて少し。街の中でも一際大きな建物へと到着した。すると、先頭にいた兵士が振り返る。
「ここは偉大なる領主様が考案され、それに感化された同志たちが精力的に建築に携わり完成した奴隷管理施設である。今日からお前らはここで奴隷としての才を伸ばすことになる。喜べ、お前たちは何もしないのに食事が出る。なんて、羨ましいのだろうか。その上、領主様に尽くせるのだからな。感謝しろ」
何やら精力的に兵士は語るが、そんなもの奴隷たちの耳には微塵も届いていなかった。そうこうしている間に、奴隷たちは収容されるべく移動となった。中は比較的明るいものの、とにかく汚い。そんな思いを奴隷たちは持っていた。
床に付着しているのは、体液だった。血はもちろんとして、他の体液も混ざりあっている。
「ここがお前たちの部屋だ」
兵士たちに案内された部屋という名の監獄へとヘムカたちはおとなしく足を踏み入れた。廊下と同じように体液が散乱。様々な小虫が這い蹲っている。
ここでどんな目に合わされるのか、ヘムカ以外の奴隷たちは考えていた。けれども、ヘムカに至ってはもうどうにでもなれと、ただ諦めの心しか持ち合わせていなかった。
ヘムカを含む奴隷たちは、兵士の先導により草原を歩かされた。数時間にも及ぶ行軍。普段から歩き慣れている兵士はささやかながら靴を履いているが、基本的に裸足で生活する亜人の足は限界だった。足の裏の皮は剥がれ、時折道なき道に転がっている鋭利な石を踏みつけては足に傷ができる。誰か一人でも転べば手枷の影響で皆が転び傷を負う。そうしている間にも、奴隷同士での不信感は高まっていき兵士の思うつぼであった。
「休憩にするか」
先頭を行く兵士がそんなことを他の兵士に告げた。これで自分も休めるのだと、ヘムも安心しきり安堵のため息をついた。
けれども、この休憩は奴隷のためではない。あくまでも、兵士のための休憩であった。
奴隷たちはその場に待機。一方で、兵士たちは気が合う者同士で集い合うと食べ物や飲み物が支給される。それらを、奴隷たちの前で美味しそうに食べるなり談笑し始めた。
奴隷たちは座ることが許されただけでも温情だろう。単純に、休憩時間くらいは奴隷たちの面倒を見たくないので放置しだけかもしれないが。
「うぅ……。あ、あのー」
休憩中の兵士たちに声を上げたのは、奴隷たちの一人。ヘムカと対して年が違わない少年だった。彼は、体をくねらせながら休憩中の兵士に向かって言う。
彼から一番近い位置におり、談笑している兵士たちのグループはその声に気がつくと互いに目配せをする。そして、一番立場の悪いであろう兵士が渋面を作りながら彼の元へとやってきた。
「何だ?」
いいように自分が使われていることに内心苛ついているのか、睨みを利かせながら少年に問う。
「ずっと我慢してたんですけど、……その、漏れそうなんです……」
少年は、兵士に恐縮しながらも多くの奴隷が同じように考えていたことを代表するかのように質問した。
しかし、兵士の反応は芳しくない。わざとともとれる大きなため息をついた後、渋々答えた。
「はぁ? そんなんそこですりゃいいでしょ」
吐き捨てるように言い終わるなり、すぐに兵士は談笑しているグループの中へと戻っていった。
一方の少年は固まっていた。彼は、奴隷というものをよく理解していなかったのだろう。けれども、そうしている間にも尿意は限界に近くなる。
「もう……無理……」
少年は粗相をした。
兵士の中には、少年を談笑のネタにする者も少なくなく最大限の屈辱を味わう。けれども、他の奴隷たちは少年を慮り何ら反応を示さない。彼らもまた、尿意が限界であり自分も同じようなことになるかもしれないと思うと、決して笑えやしないのだ。
奴隷たちの中にはすっかり泣きじゃくったりする者も少なくなく、近くの奴隷たちが慰めあっていた。
そんな中で、平然と垂れ流す者もいる。なぜなら、彼は生きていれども心は死んだようなものだからだ。ヘムカもまた、その一人だ。
大人になったのに、誰一人守れなかったトラウマが心を蝕んだのだ。
「休憩終わりだ! にしても、くっせぇな」
兵士たちは冷笑しながら奴隷たちを街に運ぶべく持ち場に着く。奴隷たちも立とうとするが、中にはショックのあまり立てない者もおり苛立った兵士が該当する奴隷の前に立つと脛や腹部に蹴りを入れ無理やり立たせる。
「さっさと立て! 殺したっていいんだぞ?」
兢兢とする奴隷は、体を震わせながらにしてようやく立った。
「こらこら、そんな物言いはいけませんよ」
先頭兵士の近くにいたライベは、優しく咎める。
「こ、これは失礼いたしました。指揮官。つい調子に乗ってしまって」
先程までの傲慢な態度が打って変わり、必死に指揮官に阿るただの部下。見ていた奴隷たちは、少なからず気が楽になった。
「では、これより向かう。ついてこい」
先頭兵士の呼びかけに、奴隷たちは渋々従い歩き始める。
ちょうど地平線から朝日が登り始めていた頃に歩き始め、その朝日がすっかり高い位置に移動してしまった頃ヘムカは見慣れぬものを見た。
ここら一帯は草原と森しかない。見るのは植物と土くらいなものだが、見えてきたのは明らかに自然のものではない石の人工壁。その付近には全身の金属の装備を固めた兵士がいた。
その兵士に蔑まれながら横を通る。そして、城壁の中へと入った。
ヘムカが元いた世界には及ばないものの、中世程度には技術が発達しており大通り沿いには数階建ての建築物がある。大通りの中には、多数のバザールとそれらを利用する大勢の住人でごった返していた。
とはいえ、蔑まれることには変わりない。もし兵士の先導がなかったら嫌がらせもあり得るのだろう。
「人間様の素晴らしい街の様子をたんと目に焼き付けるがいいさ。そんくらいは奴隷でも許してやるよ」
奴隷たちを先導する兵士たちが奴隷たちに声がけする。実際、多くの奴隷たちは見たこともない街の様子を感慨深く眺めていた。しかしヘムカは、あまり前世で見慣れておりそんな気すら起きない。街の人からどんな心無い言葉を投げかけられても何ら気にしていない。
そして大通りを歩いて少し。街の中でも一際大きな建物へと到着した。すると、先頭にいた兵士が振り返る。
「ここは偉大なる領主様が考案され、それに感化された同志たちが精力的に建築に携わり完成した奴隷管理施設である。今日からお前らはここで奴隷としての才を伸ばすことになる。喜べ、お前たちは何もしないのに食事が出る。なんて、羨ましいのだろうか。その上、領主様に尽くせるのだからな。感謝しろ」
何やら精力的に兵士は語るが、そんなもの奴隷たちの耳には微塵も届いていなかった。そうこうしている間に、奴隷たちは収容されるべく移動となった。中は比較的明るいものの、とにかく汚い。そんな思いを奴隷たちは持っていた。
床に付着しているのは、体液だった。血はもちろんとして、他の体液も混ざりあっている。
「ここがお前たちの部屋だ」
兵士たちに案内された部屋という名の監獄へとヘムカたちはおとなしく足を踏み入れた。廊下と同じように体液が散乱。様々な小虫が這い蹲っている。
ここでどんな目に合わされるのか、ヘムカ以外の奴隷たちは考えていた。けれども、ヘムカに至ってはもうどうにでもなれと、ただ諦めの心しか持ち合わせていなかった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!
石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に!
だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。
だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。
※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる