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第一章
第七話 散ってしまった
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一方、ヘムカたちは走っていた。兵士たちの魔の手から逃れるためだ。父親はヘムカたちのことを思い、兵士の前に立ち塞がりそして犠牲になった。その様子を見ていないながらも、ヘムカは恐らく殺されたのだろうと確信する。そして、そんな犠牲になった父親の思いを無下にはしたくない。ただ、逃げ続けていた。
とはいえ、少女の全力疾走と兵士の走り。どちらが速いかは言うまでもない兵士たちは、すぐ目の前にヘムカたち二人を捉えた。
「はぁ……はぁ……」
ヘムカたちは限界だった。火事場の馬鹿力こそ出ているが、気が付かない内に足は傷だらけ。そして、それを認識してしまったがためにヘムカは急激な足の痛みに襲われる。
「うっ……」
「ヘムカ!?」
だからだろう。足元は安定しておらず、草原に存在する些細な石ですらヘムカのバランスを崩すには充分だった。そのまま草原の地面へと倒れ込み俯せになる。
しかし、ヘムカを置いてはいけないと母親もヘムカが倒れた場所で逃げるのをやめた。
ヘムカはすぐに立ち上がるも、兵士たちはすぐ側までやってきており、二人に剣を突きつけられた。
「おとなしくしろ、さすれば痛い思いはしないで済む」
ここまでかと、ヘムカはゆっくりと両手を上げ屈従の意を見せる。しかし、ヘムカの母親の様子は違った。
兵士たちが村を襲った理由。それは、奴隷確保のためだとヘムカは理解した。しかし、それは前世の記憶があったからだ。
だが、ヘムカの母親は違う。前世の記憶なんてないし、村には奴隷制度はなく、奴隷制度を用いている人間とは出会うのは初めてだ。そもそも、奴隷の概念を理解していのさえ怪しい。人間というのは恐ろしいと村の者に吹聴されたこともあるのだろう、兵士の投降の呼びかけに応じる気がまるでなかった。
投降するくらいなら、抵抗したほうがましだと母親は思ったのだろう。母親は歯を食いしばると、そのまま全身全霊を以て兵士に襲いかかる。
しかし、結果は明らかだった。体力が戻っていないのもあり、兵士に避けられたかと思うとそのまま別の兵士が持っていた槍の柄で頭を強打された。
「……え?」
ヘムカは、目の前の光景が信じられなかった。
母親は、体を一瞬だけ波打つように動かしたかと思うとそれ以後体の動きはない。ただ、頭から大量の血が垂れ流されるのみ。
「嘘……だよね……?」
ヘムカは涙を溜め、兵士がいることも気にせず一歩一歩ゆっくりと母親の亡骸へと近づいていく。しかし、近づけば近づくほどにそれは亡骸だということを思い知らされる。
亡骸の眼前まで来たとき。立つことすら叶わぬ絶望に打ちひしがれ倒れるように手をついた。
そして、ゆっくりと亡骸に触れた。脈も、息も感じないまだ体温を保っているだけの存在。
「ねえ、起きてよ」
母親は揺すっても動かない。
「ねぇってば」
母親を強く揺すっても、動かない。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」
性懲りもなくヘムカは母親の体を揺らし続ける。しかし、母親の亡骸は動こうとはしなかった。
ヘムカは、自分でもわかっていた。目の前にあるのは、母親の亡骸。動くわけもない。それでも、自分を一生懸命育ててくれた母親が目の前で殺されたという事実が飲み込めなかったのだ。
「うぅ……」
何も見つめていない瞳に、涙が溜まる。限界までその涙を溜めた後、決壊したかのように頬を伝い母親へと滴り落ちる。
ヘムカは心からの慟哭をした。しかし、草原には何ら遮る物はない。反響するわけでもなく、一定の距離を取れば自然に聞こえなくなってしまう程度の虚しいものだった。
喉が枯れたのか慟哭を止めると、全身の気が抜けたように脱力しその場に倒れ込む。草原にいる虫たちが、興味本位でヘムカの体を登るが気づきすらしない。仮に気づいたとしても、反応を示さないだろう。もうどうにでもなれと思ったヘムカは、あまつさえ草原の肉食動物に襲われたとしてもその運命を粛々と受け入れるだろうから。
「別れは済みましたか?」
声をかけたのは、ライベだった。ヘムカの母親が抵抗する気を見せたときからもうこの場にいて様子を見ていたのだ。
皮肉にもライベは、ヘムカが母親の前で泣き喚いたことに対し何も行動を取らず、ヘムカが何も行動を起こさなくなると声をかけた。しかし、反応はない。ヘムカも、その母親も二人とも、色のない死体であるかのようだと思えた。
「連れて行きましょう」
ライベの一声により、ヘムカは兵士たちに枷をつけられる。しかし、ヘムカは何ら抵抗する気を見せずいとも簡単に装着が終わる。
そして、他の奴隷たちと一緒に兵士たちに引きずるように歩かされこの村──虚無と化した村を去った。
とはいえ、少女の全力疾走と兵士の走り。どちらが速いかは言うまでもない兵士たちは、すぐ目の前にヘムカたち二人を捉えた。
「はぁ……はぁ……」
ヘムカたちは限界だった。火事場の馬鹿力こそ出ているが、気が付かない内に足は傷だらけ。そして、それを認識してしまったがためにヘムカは急激な足の痛みに襲われる。
「うっ……」
「ヘムカ!?」
だからだろう。足元は安定しておらず、草原に存在する些細な石ですらヘムカのバランスを崩すには充分だった。そのまま草原の地面へと倒れ込み俯せになる。
しかし、ヘムカを置いてはいけないと母親もヘムカが倒れた場所で逃げるのをやめた。
ヘムカはすぐに立ち上がるも、兵士たちはすぐ側までやってきており、二人に剣を突きつけられた。
「おとなしくしろ、さすれば痛い思いはしないで済む」
ここまでかと、ヘムカはゆっくりと両手を上げ屈従の意を見せる。しかし、ヘムカの母親の様子は違った。
兵士たちが村を襲った理由。それは、奴隷確保のためだとヘムカは理解した。しかし、それは前世の記憶があったからだ。
だが、ヘムカの母親は違う。前世の記憶なんてないし、村には奴隷制度はなく、奴隷制度を用いている人間とは出会うのは初めてだ。そもそも、奴隷の概念を理解していのさえ怪しい。人間というのは恐ろしいと村の者に吹聴されたこともあるのだろう、兵士の投降の呼びかけに応じる気がまるでなかった。
投降するくらいなら、抵抗したほうがましだと母親は思ったのだろう。母親は歯を食いしばると、そのまま全身全霊を以て兵士に襲いかかる。
しかし、結果は明らかだった。体力が戻っていないのもあり、兵士に避けられたかと思うとそのまま別の兵士が持っていた槍の柄で頭を強打された。
「……え?」
ヘムカは、目の前の光景が信じられなかった。
母親は、体を一瞬だけ波打つように動かしたかと思うとそれ以後体の動きはない。ただ、頭から大量の血が垂れ流されるのみ。
「嘘……だよね……?」
ヘムカは涙を溜め、兵士がいることも気にせず一歩一歩ゆっくりと母親の亡骸へと近づいていく。しかし、近づけば近づくほどにそれは亡骸だということを思い知らされる。
亡骸の眼前まで来たとき。立つことすら叶わぬ絶望に打ちひしがれ倒れるように手をついた。
そして、ゆっくりと亡骸に触れた。脈も、息も感じないまだ体温を保っているだけの存在。
「ねえ、起きてよ」
母親は揺すっても動かない。
「ねぇってば」
母親を強く揺すっても、動かない。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」
性懲りもなくヘムカは母親の体を揺らし続ける。しかし、母親の亡骸は動こうとはしなかった。
ヘムカは、自分でもわかっていた。目の前にあるのは、母親の亡骸。動くわけもない。それでも、自分を一生懸命育ててくれた母親が目の前で殺されたという事実が飲み込めなかったのだ。
「うぅ……」
何も見つめていない瞳に、涙が溜まる。限界までその涙を溜めた後、決壊したかのように頬を伝い母親へと滴り落ちる。
ヘムカは心からの慟哭をした。しかし、草原には何ら遮る物はない。反響するわけでもなく、一定の距離を取れば自然に聞こえなくなってしまう程度の虚しいものだった。
喉が枯れたのか慟哭を止めると、全身の気が抜けたように脱力しその場に倒れ込む。草原にいる虫たちが、興味本位でヘムカの体を登るが気づきすらしない。仮に気づいたとしても、反応を示さないだろう。もうどうにでもなれと思ったヘムカは、あまつさえ草原の肉食動物に襲われたとしてもその運命を粛々と受け入れるだろうから。
「別れは済みましたか?」
声をかけたのは、ライベだった。ヘムカの母親が抵抗する気を見せたときからもうこの場にいて様子を見ていたのだ。
皮肉にもライベは、ヘムカが母親の前で泣き喚いたことに対し何も行動を取らず、ヘムカが何も行動を起こさなくなると声をかけた。しかし、反応はない。ヘムカも、その母親も二人とも、色のない死体であるかのようだと思えた。
「連れて行きましょう」
ライベの一声により、ヘムカは兵士たちに枷をつけられる。しかし、ヘムカは何ら抵抗する気を見せずいとも簡単に装着が終わる。
そして、他の奴隷たちと一緒に兵士たちに引きずるように歩かされこの村──虚無と化した村を去った。
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