恋文筆弁士の最後の交換日記

京間 みずき

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六話 満開の花は、一途の幸せ 前編

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秋風が、優しく吹き始め、綺麗な月の力が、地上を照らし出す。
 そのな爽やかな秋口に、ヤツメは、古くおもむきの有るこの家で、ベテランの助産師に、取り上げて貰い、産声を上げる。

 ミコトは、ヤツメが生まれて間も無く、その姿を現わす。
 大概の者は、ミコトを目にする事は、叶わないのだが、ヤツメの目にははっきりと、その姿を捕らえていた。

 白ギツネのミコトは、若く色白の女性に変幻し、ヤツメの前に、その姿を現す。

 「いないいないばあ」「ふふふ」「ヤツメちゃん私が、見えるのね」「可愛い笑顔だ事」

 ミコトは、数百年ぶりに、自分を認識する事の出来る人間と出会い、喜び浮かれながらも、ヤツメの成長を見守る。
 
 いつしか、それが彼女の、生き甲斐となっていたのだが、今ミコトは、接客中のヤツメの、少し後ろで、独り言を言い始める。
「懐かしいな、千年近く生きて来たけど」「あの時が、一番幸せだったきがするな」「あの子の苦しむ姿を、黙って見ちゃ居られないよ」
 そう言うと、ミコトは、スーとその姿を消す。


 重い引き戸を開け、五十代後半の男性が、「そこの通路狭いな」「それにしても今日は、よく冷える」と大声を出しながら、ヤツメの家を訪れる。

 「わざわざ足を運び頂き、有難うございます」「本当、この時期にしては、寒いですね」「どうぞ、ドアを閉めて、中にお入りください」

 この時、ドアを閉める僅かな隙間より、文華の姿が、ヤツメの目に映る。

  重い引き戸をは、一部がすりガラスになっているのだが、文華はおそらく暖かく甘い缶コーヒーを手に持ち、時々その缶コーヒーを頬に当て、寒さをしのいで居る事が、うかがい知れた。

 本来なら、恋文筆弁士こいぶみ ひつべんしの仕事は、そう長い時間は、かからない、しかしこの中年の男の悩みは、ヤツメの想像を超えていた。

 「俺には、長年の付き添った妻がいる」「だが、今年の春、妻は体調を崩し、入院した」「もう、そう長くは持たないらしい」「おら、妻に感謝を伝えたくて、たまらない」

 彼は肩を揺らし、人目をはばからず、涙をボロボロ流し、「頼む、お前さんの噂を、耳にした、その日から、これしか無いと想い」「ここに来た」

 「分かりました」「お書きします」

 ヤツメは、そう言うと、彼の瞳を覗き込む

 「なんだ」「こんなの見た事無い」
 満開の恋の花が、彼の瞳を所狭しと咲き乱れていた。

 コレを、どう思うミコト、ヤツメは心の中で、そう呟くと、いつもはミコトが耳元で、助言してくれるのだが、この時始めて、ミコトの姿が無い事を知る。

 何処で、サボっているミコトよ、仕方がない、自分で読み解くしか無いか、
 「満開の花は、一途の幸せ」「柔らかな風を巻き起こすキツネよ」「この俺様の筆に憑依しろ」「この者の全ての花びらを綺麗に散らし、病みで怯える、か弱き妻の心を」「希望の花びらで、満たしてくれ」

 全ての文字には、力が宿る。
恋文筆弁士ヤツメの文字は、華麗に、しなやかに、そして優しく解決へと導く
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