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ハイド・アンド・シーク

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 「もういいかい」

校庭に甲高い声が響いた。
私はコンクリートの塀と植木の間に隠れている。
きっとここなら見つからない。
 生徒の走る音と、笑い声、それと私の鼓動だけが聞こえている。
草のにおいと少し苦手な土の湿ったにおい。
ここは薄暗くて、じめじめしていて、隠れて数分で太陽の輝きが恋しくなった。
「こんなところに隠れなきゃよかった…」
 今更私は後悔をしている。だが、ここから動けば彼女に見つかってしまうだろう。
かくれんぼなんてただの遊びだって知っているけど、今の私には命でもかかっているかのように感じられていた。
 あの子から隠れなきゃ
ただそれだけを考えていた。
「み~つけた!」
近くで声が聞こえ、私は凍りついた。
とうとう捕まってしまうのか?
私は何番目だろう、と。
だが、なかなか彼女の焼けた肌をみることはできなかった。
多分、近くのジャングルのような草むらに隠れていた男子が見つかったのだろう。
「あ~あ、見つかっちまったか。麻衣まい
が見つけられない奴はいないって有名だもんな」
 その声がまるで私にいっているように聞こえてまた、私の鼓動が早くなる。
麻衣ちゃんは、もう私がここにいるって知ってるのかな?
麻衣ちゃんは、皆から人気のおしゃれな女の子で、私なんかが話しかけるような地位ではない。
でも、その麻衣ちゃんがこのかくれんぼに誘ってくれたのだ。
陽キャしかいないなんて関係ない!
私みたいなのが、麻衣ちゃんに誘われたんだから。
 早く、昼休みが終わらないかな…
そうしたら、みんなでクラスに帰って私が何も言わずとも私が麻衣ちゃん達と遊んでいたことがわかってもらえる。
それだけで私のランクが少しあがるような気がする。たったそれだけで私のことを変えられるんだから麻衣ちゃんは何ランクなんだろう?
 そしたら、私は何ランクなんだろう?
中の下に私は入れるのかな…
それとも下の上だったりするのかな。
もし、かくれんぼで、私最後まで残ったら、私は麻衣ちゃんのランクをもらうことができたりしないかな。
だって、麻衣ちゃんはかくれんぼ見つけるの得意なんだよね?
でも、麻衣ちゃんに、私が見つからなかったら私は麻衣ちゃんに見つからなかった一人に数えられる。
それって、すごいことだと思わない?
 何の特技も長所もない私に麻衣ちゃんに見つからなかった人っていう称号が付く。
それで、みんなにすごいっていわれて、もしかしたらあの人とも喋れるようになるかもしれない。
私の大好きな人、かっこよくて陽キャだけど優しい人。
 麻衣ちゃんとよくしゃべってるひと。
麻衣ちゃんによく笑いかけているひと。
あの人麻衣ちゃんのことが好きなのかな…
そうしたら、なんだか悲しいな。
私はコンクリートの壁に寄りかかった。
こけが生えたコンクリートはヒヤッとして腕が少し濡れてしまった。
 …いつになったら、もうかくれんぼ終わりだよって言われるんだろう。
私は何十分もここにいる気がする。
もしかしたら気がするだけかもしれないけど。
生徒の声がいつの間にか消えていた。
 でも、私はあきらめない。
もう終わりだよっていってもらうまで帰れない。
その言葉で麻衣ちゃんの負けが決まるのだ。みんなの前でいうことで私の勝ちが決まるのだ。
それがなくちゃ何の意味もない!
それが表明されなくちゃ… 
 私は意地を張って待つことにした。
待って、待って、待った。
待っているうちに、太陽の様子は見えないけど、ちょっとずつ影がさしてきた。
自分の足が少しずつ見えにくくなっていった。
 怖い。影が形を持って私に襲いかかってくる妄想をしてしまってから私の恐怖がうねっていた。
早く帰りたいとは思うが気持ちの中にまだ、ちっぽけなプライドが渦巻いていて、私がのうのうとクラスに帰るのを許してはくれなかった。
 雨がポツポツと、その後にザアザアと音を立てて私と木の葉に降り注ぐ。
今の私にはこの雨が恵みの雨には思えなかった。
「えっ、降ってきちゃった」
それとともに私の方も何かが切れたようで雨が降り始めた。しょっぱかった。
 それから、私の身体が芯から冷え切ったとき、遠くの方からよく知っているあの人の声が聞こえてきた。
「お~い!透子とうこどこだ!」
私はか細い声で、でもはっきりと答えた。
「先生…」
 その後は幸せだったのか不幸せだったのか分からないが、先生にきつくしかられた。
それで、麻衣ちゃんと話をする事になった。
「麻衣、なんで透子に帰るって伝えなかったんだ?」
先生は少し怒ったような困ったような顔で麻衣ちゃんに話しかけた。
「だって、私透子ちゃんのこと、呼んでないですよ?先生。」
「えっ?だって私のこと呼んでくれたじゃない!」
わたしが反論すると彼女は、私の顔をいかにも同情するような感じでこういった。
「わたしがあのとき言ったのは…」


「えぇ!かくれんぼやるからあとの仕事よろしくってことだったの!?」
麻衣ちゃんが言った、かくれんぼだから、よろしくって言葉は私をかくれんぼに誘ってくれていたんじゃなくて、私に仕事を押しつけるためだったんだ…
 それから、先生は麻衣ちゃんのことを怒った。
私はあんなに怒っていた先生を見たのはこれが最初で最後だった。
私に押しつけようとしていた仕事は、先生が麻衣ちゃんを信用して任せた仕事だったらしい。
麻衣ちゃんが人に仕事を押しつけていたのはこれが最初ではなかったようだった。
 それが暴かれてから、先生は麻衣ちゃんに、仕事を任せることはなくなった。その代わりに、私が先生の仕事をやっている。

「そんなこともあったなぁ」
いま、私には五歳の子供がいる。
その子と今日は公園で、かくれんぼをしている。
私は昔のことを思い出していた。
 あれから麻衣ちゃんとははなしていない。
同窓会にもきていなかったし、今はどうしているんだろう。
「もういいよ」
公園に甲高い声が響いた。
よし、探そう。
そう思ったとき、「み~つけた」と言う声が聞こえた。
 誰だろう?
私たちは最近ここに戻ってきたのだ。
この子がここいたときはまだ、0歳だったし、こっちで彼女に友達はいないはずだが…
 そこにいたのはどこか見たことのあるような小さな女の子だった。
ちょうどうちの子と同い年ぐらいだ。
「こんにちは」
そのとき、後ろから私に声がかかった。
懐かしい声だった。
「えっ、麻衣ちゃん?」
懐かしい彼女は相変わらず肌が焼けていて健康的なお母さんになっていた。
おなかには第二子がいるらしい。
こんな形で再会できるのは、きっと何かがあるんだろうと思い、話をしてみると、意外と話があって、私たちは良いママ友になった。
私たちの子供たちは今日も仲良くかくれんぼをしている。


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