陰キャでも出来る！異世界召喚冒険譚！

間隙 阿久夜澪の思う所

　阿久夜あくや澪みおは、自分は特別だと信じていた。信じなければならなかった。

　彼女は、かつて暮らしていた世界でも有数の大企業――その重役の一人娘として生を受けた。
　それゆえに、彼女は何不自由なく暮らし、成長していった。

　彼女は全てに不満がなかった。
　生まれ持った自分の容姿や能力が周囲から際立って高い事は幼い頃から自覚できていたし、それを伸ばすのも楽しかったからだ。

　家族間には距離があったが、自身の父の仕事の大きさは理解できていたので致し方ないと渋々だが納得出来た。

　周囲の同級生達が多少愚鈍な事には苛立つ事もあったが、自分に比べて劣るのだから当然ろう、と許す事も出来た。

　出来ない事など何もなく、これからも望むすべてを成し遂げていける――そう信じていた。

　そうではなかったのに。

　それが違っていたと知ったのは、中学生になって少し経った頃。
　父親に連れられて――彼の上司たる大企業のトップ、その息子と知り合いにさせられた時だ。
　　
　最初こそ立派な方の息子なのだから、きっと彼も立派な、非の打ち所のない人物に違いないだろうと思っていた。

　だが、澪は彼と話せば話すほどに不快にさせられた。
　恵まれた立場に胡坐をかいて何の努力もせず、教養もない、薄っぺらい盆暗息子……少なくとも澪にはそう思えたのである。

　それでも将来的なコネの為に必要なのだろう……そう我慢して表面上は丁寧に受け応えた。
　この一度だけは耐え忍ぼう……そう考え、堪えて笑顔で対応し続けた。

　そんな、澪的には最悪に近い時間からの家路――送迎の車の中。
　父に不満を漏らすと、彼は澪にとって想像外の言葉を呟いた。

『そんなことだと先が辛いぞ。
　お前は、あの子と結婚する事になるんだからな』


　は？

　は？？

　は？？？


　さも当たり前であるかのように告げられたその言葉は、澪にとってこれまで積み上げてきた様々なものを揺るがすほどの衝撃を伴っていた。
　……戸惑う自身に不思議そうな表情をする父の顔が、澪には今でも忘れられない。

　そんな前時代的な、と感情を露に意見を述べる澪に、父は『何を言ってるんだろう』と言わんばかりの戸惑いを見せていた。

　後に知った事だったが、自分の両親は二人共に自分の意思の外で相手を選ばれた上で結婚していたという。

　信じがたい事だったが――両親は自分自身の事を、自分達の『実家』を大きくする為の道具……それに等しいものだと認識していたのだ。

　そして、澪が前時代的だと認識しているものは、場所によっては時代など関係なく行われている暗黙のしきたりだった。

　おかしいと思わないのか、疑問に思わないのか、澪は時と場所を改めて……これからの進路相談が迫っていた頃に改めて両親に尋ねた。
　だが、二人は普段と変わらない穏やかさで答えた。

『世間の常識とは違うかもしれないが、何の問題があるんだ？』と。

　二人は、自分達は確かに企業や実家の歯車かもしれないが、そのお陰で満ち足りた生活を過ごす事が出来ているのだと語った。
　確かに若い頃には多少違和感を覚えた事もあったが、社会を知れば知るほどに安心出来る人生を全う出来る事程素晴らしい事はないのだ……そう思うようになったのだという。
　　　　　
　だから、澪にも自分達と同じように生きて……幸せになってほしいのだと、彼らは語った。


　――――分からない。何を言っているのか、全く理解できない。


　敬愛していた両親の言葉なのに、澪には全く理解できなかった。
　おそらく彼らは、彼らがそうされたように澪を育てたはずなのに――彼女には困惑と拒絶感しかなかった。
　
　それはおそらく、過ごした時代の違い――澪が家の外で接してきた同級生達の『常識』が彼らの過ごしてきたものと乖離し過ぎてしまったがゆえなのだろう。

　だが、そうして理屈付けた所で現実は変わらない。

　大人達は自分澪と盆暗息子の交際を、結婚を望んでいる。そうなると信じている。そして――このままではいずれ確実にそうなってしまう。

　そうして、澪は気付いた。
　自由だったはずの自分の世界は……大人の掌の上に作られた、砂上の楼閣に過ぎず。
　そしてその上にいる自分はただの人形、ただの道具でしかなかったのだと――。


　――――――いや、違う。


　そんなはずはない。違うに決まっている。
　大人たちが勝手にそう思っているだけで、自分は、阿久夜《あくや》澪《みお》は人の上に立つ者であって、人に使われる存在であるはずがない。

　ましてや都合の良い人形、道具であるはずがない。

　そう、そうだ。
　自分は両親とは違う。
　自分こそ、世界で唯一無二の、特別な中で随一の特別な存在なのだから。

　だが、たった一人でそれを叫んだところで何の説得力もない事は分かっていた。

　だから、証明せねばならない。
　
　どんなに優れた存在であっても、どんなに美しいものであっても、どんなに強い存在であっても、
　阿久夜あくや澪みおの前ではただの道具、ただのオブジェでしかないのだと。

　その為に、結婚までの自由時間と偽って、澪は慣れ親しんだ世界から離れた高校へと進学した。
　……その裏で、その高校に自分が見繕った優秀なオブジェ達を誘導するようにが進学するように、仕組んだ上で。
　　
　幸いその為の資金や方法、繋がりはいくらでもあった。
　親の力、繋がりを使う事に躊躇いはなかった。
　それは自分が特別であるがゆえに備わったものなのだと、認識するようになったがゆえに。

　それに、もしも――絶対にありえないことだが、万が一にそう特別でなかったとしても、最終的に特別である事を事実にしてしまえばそれでいい。
　卵が先か、鶏が先か――それだけの問題でしかないのだと証明すればいいだけの事。

　そうして始めた高校生活の中で、澪は自己の魅力を、能力を喧伝し続けた。
　それにより、多くの人間を抱き込んでいった。服従させていった。

　そうして集めた者達で、澪はいずれ若手一大グループを作り上げようと考えていた。

　幸い今の時代は、クラウドファンディングをはじめ、能力や可能性を示す事が出来れば若くても社会における居場所を作る事はそう難しくない。

　だが、その為の能力や容姿、カリスマ性を持った者達を十分に集めたとは言えなかった。

　むしろ、真に澪が望む者こそ彼女には従わなかった。
　彼らは自分の世界を堂々と生きていて、彼女の世界に興味はあっても、そこで生きようとはしなかった。
　
　そして時に自分よりも人目を惹く存在の存在が、彼女の思惑を少なからず遮っていた。
　もしも引き込む事が出来ればとも思ってはいたが、おそらく自分と彼女は、性質が、性格が、根本的に合わないだろう。

　そんな状況に焦りを感じていた時……澪は異世界に召喚され――『贈り物』を得た。

　【かの豊穣神のようにチャーム・ドミネイト】。
　自分にこそふさわしい神の如き力。
　これを持ってすれば、これまでは従えられなかった者達さえ自分の意のままに動かす事が出来るようになる。

　そうして、澪は確信したのだ。
　やはり自分は、最上級の特別な存在で、全てを意のままにする為に生まれてきたのだと。
　
　――そう信じていたのに。いたかったのに。　


　阿久夜《あくや》澪《みお》は、眼前の光景に、あらゆるものが自分の望みのままにならない光景に、唇を噛み締めた。拳を握り締めた。

　そのどちらも、いつしか血が溢れて零れていたが――その赤さ痛みは現実を塗り替えてはくれなかった。