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45 『あ、なんか無理かも』って思ったら逃げましょう――撤退も大事な判断なのです、ええ

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「……炎鎖爆レイ・イン・エーク

 小さく無駄のない声で、堅砂かたすなはじめくんが魔術言語を解き放つ。
 それは向かってくる敵へ――ではなく。
 私達が入ってきた結界領域の出入り口への、そこへの道筋を作り出す為の、広範囲連鎖爆発魔術だった。

 うんうん、ヤバい時は逃げなきゃ。
 素敵な人生は健康な心身があってこそ成り立つもの。
 どっちかで後に引きそうなダメージが出そうなときは逃げていいと思います。
 というか、私は逃亡大推奨ですよ、傷とか怪我とか心にも身体にもない方がいいのです、ええ。

「ハァァッ!」

 直後、そんな思いを込めて私・八重垣やえがき紫苑しおんも魔法を発動。
 大きめの、薄く光を放つ半球形の魔力壁を3層ほど構築する。
 堅砂くんが作り出してくれた退路以外を覆い、視界を遮り攻撃を凌ぐためのものだ。
 いつもより頑丈めには作ってあるけど、正直いつまでもつやら。

 現在の私のMP分全て注ぎ込んで壁を作れたらかなり頑丈なものは出来るのだろうけどねぇ。
 世の中そう上手くはいかないだよね、うん。

 生物が扱う魔力には放出限界があって、それ以上は出力できないようになっているそうだ。
 私が一度に扱えるMPは最大46――それもかなりの集中をしてようやく可能なのが現状なのです。

 今行っているのはその限界ギリギリ。
 魔物達が殴る蹴るの攻撃を繰り出しているけど、現状破壊される気配はない。

 だけどそれでも長持ちはしなさそう。
 魔物相手はともかく、寺虎てらこくんたち相手は多分厳しいからね。
 障壁を割られる度に可能な限り追加するつもりだけど、多分最後は突破されちゃうだろうなぁ。

 だから――できれば、そのうちに。

「み、皆先に逃げて! 私と堅砂くんで時間を稼いでるうちに!!」

 そしてそれとは別に、魔力で構成された道路を堅砂くんが爆破で作った道に沿う形で空中に形成する。
 地上から数メートルの高さに作ったので、魔物も直接攻撃するには難しいはずだ。

「――ぐぅっ……! 2人も早く逃げてくれよ!!」

 守尋もりひろたくみくん達は悔しそうな顔をしながらも、私達が作った道に飛び乗って、全力で駆け抜けていく。
 その際、遅れ気味になる人達をしっかりカバーしながらな辺り、守尋くん達の人柄が出ている。
 さすがナチュラル主人公、やってほしいこときっちりやってくれるなぁ。
 めちゃくちゃに眩しくて普段はその輝きに溶けそうになる心地だけど、今はそれが頼もしい。

『【思考通話テレパシートーク】で説得できてよかったよ』

 堅砂くんの声が脳裏に響く。

 堅砂くんの『贈り物』たる【思考通話テレパシートーク】は瞬時に思考のやりとりが出来るので、こういう時の意思疎通、意志の統一には極めて有効なのです。
 レーラちゃんを助ける為に領主の息子さんと争う覚悟を決めた守尋くんが、こうもあっさり引いてくれた辺り、堅砂くんが上手く話してくれたのだろう。
 そういう説得は私には無理な事なので、大いに助かります。

 今回勝てないのであれば、改めて仕切り直してもいい事は事前にラルから聞いている。
 であるならば、消耗した上、状況が混乱している今は躊躇わず撤退が最善手。

 争いごとには無視できない場の流れっていうのがあるからね。
 所謂、ノリの良い方が勝つ、みたいなヤツでございます。
 今回は向こうのノリが良い以上、無理に流れに逆らうのは帰って悪い結果を生みかねない。

 今回の目的である神域結晶球は、国にとってはおいそれと壊せない、とんでもなく希少なものらしい。
 くだらない理由で壊そうものなら領主であろうともただでは済まないレベルに。
 そうである以上――寺虎くん達へ私達の妨害を依頼した人物でさえも壊すのは本意じゃないと思う。
 そして今回依頼を受けたのはあくまで私達である以上、勝手な横槍による献上も簡単には出来ないんじゃないかな?

 つまり神域結晶球を回収する機会は、また後日必ず巡ってくる。

 なので今は撤退あるのみっ!
 
『現実で話してたら説得に無駄かつ相当に時間を掛けてた所だった』
『無駄じゃないよ。
 誰か私達を見捨てられないっていう、守尋くんの良い所だから、うん』
『否定はしないが、今この時は短所だって話だ。
 ――それはそうと。一人で戦うのは無しだからな』

 堅砂くんの口ぶりから、前回ゴブリン相手に一人で立ち向かった時は相当に心配をかけていた事を改めて申し訳なく思う。

 いや、本当にすみません。
 
 ……正直に言えば、私一人で戦った方が気持ち的には楽なんだよね。
 誰かが傷つかなくちゃいけないなら、それは私一人だけの方が良いと思っている事は否定できないし。

 でも。

『ありがとう、心強いよ』

 それでも二人で戦えるのはすごくありがたいし、すごく嬉しい。

 なんせ私、友達少ないからNE☆
 いや、私は割とクラスのみんな友達だと思ってるけど、向こうがどう思うかの問題だから。
 ううう、蘇るなぁ――私は友達だと思ってたのに、向こうから拒絶された苦い思い出。
 すみませんすみません、調子に乗ってマジすんませんでした――って、それはさておき。

 何よりも、だ。
 堅砂くんが『一緒に行く』とあんなにも心を込めて言ってくれた事を忘れるつもりはないよ、うん。
 私の人生の中では三本の指に入る位に嬉しかった事だしね。

 私クラスの女子に刺されないかなぁ……イケメンと仲良くした罪とかで。
 それだけはマジで不安です、はい。
 
『……なんか変な事を考えてるようだが、それはさておき。
 少しは成長してくれたようで何よりだ』
『うん――これからも頑張るから。
 うふふ……うひひひ、やれる、やるんだ、堅砂くんのために……うふふふふふ』
『――なんかホントに成長してるのか不安になってくるが、まあいい。
 君に努力を強いた分、俺も成長するよう約束する』

 そうして私達が並んで改めて構えた瞬間に、私の作った半球型の魔力障壁は砕け散った。
 阿久夜あくやみおさんが操っている、腐敗したドラゴンが振り下ろした――ただの力任せの一撃で。
 うわぁ……圧倒的過ぎません?
 
「あら、あっさり。随分と脆い障壁ですね」
 
 砕け散った壁の向こうには、当然の事ながら健在の魔物の群れと寺虎くんたち七人。
 自分達の勝ちを確信しているのか、彼らは一部を除いて余裕の笑みを浮かべていた。

「う、うん、まだまだ未熟者で修行中だから――お恥ずかしい限りです、はい」
「あらそう、でもまぁ、そんなのただの言い訳ですけどね。それにしても」
 
 私は思ったままに告げただけなのだが、阿久夜さんには詭弁に感じられたようだ。
 実際そう取られても致し方ないし、事実言い訳でしかないのも事実だし、しゃーなし。

 でもついつい憮然としてしまう私は、やはりまだまだ未熟者なんだと思い反省反省。

 そんな私を――いや、私達に視線を送りながら、阿久夜さんは言った。
 
「ひどくありませんか?
 わたくしたちは魔物ではないんですよ?
 一目散に逃げ去るなんて――人間らしい話し合いをわたくしは期待していたのですが」
「話し合いをご所望なら、そのご自慢の腐った兵隊を下がらせる事だな。
 まぁそうやって話し合いを有利に進める為に威圧するのもある意味人間らしいか。
 というかだ。
 話し合いなんて、お前ら最初から考慮に入れてないだろ」

 躊躇いなく手厳しい言葉を放つ堅砂くん――
 その険しい表情を崩さないままに続けられた推論は、そうなっていたら完全に終わっていた状況を語った。
 
「適当な所まで追い詰めてから俺達に優しく甘い言葉を囁いて僅かでもお前阿久夜に魅力を感じさせる。
 そうした所でささやかな降参や屈服の言葉を、意志を引き出した上で、それらを起点にお前の『贈り物』を使って俺達を支配する――そういう算段だったんだろう?」

 阿久夜さんの『贈り物』――堕ちたものを操るとされる【かの豊穣神のようにチャーム・ドミネイト】ならそれができる。
 さらに言えば、堅砂くんが口にした内容の補強として、いずれかの段階で阿久夜さんが所持している魅了の魔術を私達へと使われていたら最早覆せない詰みの状況だったんじゃないかな。

 完全に阿久夜さんに魅了された状態で彼女の『贈り物』を使われたら、おそらく私達はただの操り人形となってしまうからね、うん。

 そうさせないために、私達はしんがりを務める決意を固めたのですよ、ええ。
 もし私達二人が術中に嵌る事態になっても、全員がそうなるよりはずっとましだと判断して。
 
「あらあらなんて酷い言いがかりで――見事な大正解でしょう。
 お見事です、流石堅砂くん。ほら貴方方も讃えなさい」

 そんな堅砂くんの推測を、阿久夜さんは笑顔で肯定した。
 さらに自身の能力て操っている魔物達に拍手させ、堅砂くんを褒め称える。

 う、うーん、いろんな魔物が拍手してる姿はシュールだけどちょっと愛嬌があるかも。

 一方、それに対し堅砂くんは、心底うんざりと言わんばかりの表情を浮かべていた。

「どうせなら手っ取り早く、搦め手なしで俺達を叩き潰せばよかったんじゃないのか?
 それこそ、そう難しくなかっただろうに」
「全く――何も分かってませんね。
 そうして力づくだけで屈服させたって何の面白みもないじゃないですか」

 そこで阿久夜さんは私達にねっとりとした――どこか薄く恍惚とした視線を向けた。
 
 ひょえええ?! なんです、その視線、怖っ!?
 瞬間的に背筋に氷を投げ込まれたような感覚に陥りましたね、ええ。

「いかにも自分の意見を曲げないって人を肉体的精神的両方で追い詰めて、自ら許しを乞わせる方がずっと面白いですよ。
 殴る蹴るだけで言う事をきかせるなんて、原始人じゃあるまいし」
「えー?! それはそれで良いじゃねえかよー!」
「そ、そうだそうだー!!」

 妖艶に微笑みながらの阿久夜さんの言葉に寺虎くんと彼と仲が良い永近ながちかくんがブーイングを上げる。
 その横に立つ無口な様臣さまおみくんはブーイングこそ発していないが、小さく手を上げて2人に同意しているようでした。

 ――ちなみにつばさくんは希望に沿わないのか何とも言えない表情で、正代ただしろさんは先程からの不愉快そうな表情を崩さず、麻邑《あさむら》さんは曖昧に笑っていた。

 明確に不満そうな三人に対してなのか、堅砂くんに対してなのか、あるいは両方になのか。阿久夜さんは興が殺がれたとばかりに冷めた表情で小さく肩を竦めた。

「そういう意見もあるようですが、わたくし的に響かないですね。
 ただ、今回は私がじゃんけんで勝ったのでわたくしの好きにさせていただいてました。
 それこそ、どうやったってわたくし達の勝ちは揺らがないわけですし。
 だけど、どうやら企みは見抜かれたようですし――
 だから、お望みどおりに暴力で従っていただきましょうか」

 その言葉の直後、魔物達が改めて臨戦態勢に入っていく。

 うーん、原始人じゃないんなら理性的解決を目指してほしいんですがががが。
 ここから丸く収めるのは多分ほぼ無理そうなので、ゲッソリな気持ちになる私でした――。
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