賢者の転生実験

東国不動

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レオは異世界に転生してから初めて大きな街に入った。
流石オルレアン、世界宗教のナリア教の総本山というだけのことはある。中央通りともなれば、綺麗きれいに街並みは整備されており、教会やおもむきのある中世風の石造りの建物が整然と並んでいる。
人も多く活気に満ちており、そでを触れ合わせないと進めないほどだった。
「中央通りの四番目……白鹿亭か。その前にマジックアイテム屋に行かないと」
魔法技術が生活を支えるこの世界では、マジックアイテムを売っている店が多い。田舎いなかの村でも簡単なものを売る店はあったが、オルレアンともなると規模が段違いだ。
「あったあった」
いくつか通りを見渡し、レオはその中で最も高級そうな店を探す。あまり庶民的な店では、自分の持つアーティファクトの価値を判断できないと思ったからだ。
「一番いらないアーティファクトはレッドガントレットかな」
レッドガントレットは火鼠ひねずみの革で作られた手甲しゅこうで、火炎魔法の防御効果が高い。ほのかに光るため、地下室で生活するレオは手元のあかりとしてもよく使っていた。レオがアルケミストとして自作した証である『ゴールデンジュニア』という金色の印刻入りの品。
この十年間、レオはアーティファクトの素材を取りにルナとダンジョンに入ったことは何度かあったが、マジックアイテム屋に入ったことはない。
そのため、知らない人と話すという行為には過度に緊張した。――ソフィアとは初対面だったものの、以前からヴァスコを通じてやり取りがあって知り合いの気分でいたため、特に問題はなかったのだが。
レオが入った店はいかにも高級店という装いで、ショーケースに美しくアーティファクトが並べられていた。
警備員と思われる鎧騎士まで何人もいた。当然、少し場違いな格好のレオは睨まれる。
自分の強さに自信を持つレオはおくしたわけではなかったが、こんな店で本当にアーティファクトが売れるのだろうかとは思ってしまう。
「お客様、何かお探しですか?」
レオは用件を切り出せずにしばらく店内をウロウロしていたが、不意に店員に声をかけられ、声が上ずってしまう。
「あ、あの……これ売りたいんですけど」
若者のレオにも慇懃いんぎんな態度を見せる店員が、レッドガントレットを見て驚く。
「え? レッドガントレット? しかも『ゴールデンジュニア』作? 本物だ……これは一体どこで?」
「いやどこでって言われても、家にあったもので」
どうもこの台詞せりふで、店員はレオをどこかの御曹司おんぞうしだと誤解したようだ。レオを奥の部屋に通すと、豪勢な椅子に座らせて、お茶まで出した。
「あいにく当店ではすぐに買い取れる現金をご用意していません。売買の契約書面を書いていただければ三日後にはお届けいたしますが。それと失礼かとは思いますが、もし現金がご入用でしたら他にもお客様が身につけていらっしゃるアーティファクトのお値段をご提示いたしますので、是非ご検討のほどを」
レオは面倒臭いことになったなと思う。
レッドガントレットなどスペアもあるし、安値で売ってしまいたいのだが、それを伝えても拒否されそうな金額が書面に書いてあった。
百二十万ダラルか……元の世界だったら一億円以上の価格である。一万ダラルぐらいでも十分なのだが、そんなことを言ったらかえって怪しまれてしまう。
ソフィアに金を借りておけばよかったと、後悔するレオだった。
「じゃあ……俺が持っているアーティファクトの中で一番安いものは?」
「や、安いものですか? どれも驚くような貴重なアーティファクトばかりで」
早く店から出たいあまり、レオはテーブルの上に身につけていたアーティファクトを適当に並べていった。結果的に、どれも目がくらむほど高価な品ばかりで、それはそれで店員にさらに強く注目されてしまうのだが……
つい売り物ではないポケットの中の物まで並べてしまい、レオがしまおうとした時、店員は意外なものに反応した。
「あ、これは精霊樹で作ったペンダントですな」
精霊樹の木を彫った星形のペンダント。
これはかつてミラの森にいた獣人の子供達からのプレゼントだ。
「お値段をつけるとしたら千ダラルぐらいですかな」
他のアーティファクトに比べて圧倒的に安い。元の世界だと十万円ぐらいだ。ちょうど良い値段ではあるものの、それは売れない旨をレオが伝えようとすると……
「――でもこれは誰かがお客様のために作ったプレゼントではないのですか? そうなると買えませんな」
店員の言葉に、レオは驚く。
「そんなことが分かるんですか?」
「お客様のアーティファクトは高級品ばかりですから。これだけは素人しろうとの方が作られた物だということがすぐ分かります。でも、こういうアーティファクトも味があって良いですな」
店員はしきりに感心していた。『ゴールデン』と『ゴールデンジュニア』の印刻が入ったアーティファクトの数々を前に、いびつな星形のペンダントを褒める店員も一風変わっていた。
レオはもっと安い値段で構わないからレッドガントレットを買い取って欲しいと頼んだが、店員は適正価格でしか買い取れないと言って譲らなかった。
それでは宿代が捻出ねんしゅつできないということを漏らすと、店員は事情を察したのか、ポケットマネーを出してくれた。
これは良い品々を見せてくれたお礼であり、返済はいつでも良いと店員――レックスは言う。
レオは何度も感謝の言葉を言いながらマジックアイテム屋を出た。
「都会にも良い人はいるのか。……ルナやルドルフ以外の誰とも話さずに引き篭っていたのは間違いだったのかもしれないな」
レオはそうつぶやいて白鹿亭に向かった。

白鹿亭はオルレアンの中央通りに面しているホテルだった。
「ここも高級そうだな。レックスさんが貸してくれたお金で足りるだろうか?」
レオは手元の五百ダラルを見る。
「ともかく、まあ入ってみるか」
レンガ造りの建物に入ると、広々としたロビーには落ち着いた雰囲気の調度品が並んでいて、入口の両脇にいるホテルマンが宿泊客にニッコリと微笑んでいる。
すっかり人付き合いができなくなっていたレオはホテルマンに話しかけるのにも尻込みしてしまうのだが、なんとかその日の宿を確保した。
結論としては、五百ダラルでお釣りが来るほどだった。
「どちらにしましょうか?」
受付の者がレオに夕食について問いかける。
夕食は食堂で食べるのが普通だが、白鹿亭では部屋に運んでくれるサービスもあるという。
普段のレオなら、当然部屋に持ってきてもらうところだが、ふと思い立って食堂を選択した。
「え、えっと……食堂でお願いします」
「では、十八時から二十時半の間に一階の食堂にお越しください。それではお部屋までご案内します」
一番安い部屋を選んだとはいえ、こんな高級そうなホテルの宿泊代が五百ダラルで収まることに、レオは驚いていた。いや、あるいは逆にふっかけられているのかもしれない。レオにはその金銭感覚もなかった。
レオが案内されたのは五階の部屋で、ふかふかのベッドがある、適度な広さのシングルルームだった。木の窓を開けると、オルレアンの街並みを見下ろせる。
「オルレアンはこんなに人が多いのか」
まだ多くの人が行き交う街を見下ろしながら風を感じる。悪くないなとレオは思う。日本で暮らしていた頃の個人的な記憶はおぼろげだが、前世でもやはりこうやって高い建物から日本の街を見下ろしていた気がする。
感傷に浸りながら、レオはマリーの言葉を思い出す。
「世界征服ねえ……できるのか? 俺に。こうやって街を歩く多くの人達の上に立つなんてさ。ミラを探すためとか言い訳して、十年間ただの引き篭りだったんだぞ……」
誰に聞いたのでもないし、答えが返ってくるわけでもない。
今、街をそれぞれの意思で歩いている人達の上に立つことなど、レオには想像できない。しかし……
「警戒範囲A。脅威レベルA以上。サーチ」
レオの左目の視界が星の世界からの映像に切り替わる。
警戒範囲Aは、レオが五階から見下ろす風景全部が入るぐらいの範囲である。脅威レベルAとは、レオにダメージを与えうる魔法攻撃を放つ脅威の有無を検知する条件だ。検索結果は瞬時に出た。

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該当条件0。安全モードです。
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「これだけ人がいても、俺に魔法的な先制攻撃でダメージを与えられる人物は誰一人としていないんだな……感覚と事実、どっちを信じたらいいんだか」
検索されるのは屋外にいる者だけなのだが、それでも人でごった返しているオルレアン中央通りの中に、レオにダメージを与えられる人は誰一人いないのだ。
そしてレオが逆に攻撃しようと思えば一瞬で……
「魔導学院はここから近いんだろ? もう少し実力のある奴がいてもいいんじゃないか? 頑張れよ!」
レオは自分でもよく分からない応援をして自嘲じちょうした。
レオは星の世界からの目と五階からの目で、ぼーっと街並みを見続ける。それでも警戒範囲Aに脅威レベルA以上は現れなかった。
次第に夕闇に包まれる街並み。そろそろ食堂に行けば夕食を食べられる時間かもしれない。
そう思った時、脳内にアラートが鳴り、警戒レベルAの赤い文字が浮かぶ。
しかし、赤い文字の色は一秒もかからず緑になってアラームも止まった。

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警戒レベルAを【ally】ソフィアと確認
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レオはほっと胸を撫で下ろす。自分を傷つけることのできる者が現れて欲しいと願ったくせに、いざそれが現れたとなると焦ってしまった。
ソフィアはこちらに向かって来るようだ。
「情けない。先生か」
思えばアングレ村には、この検索条件でサーチして引っ掛かるのはルドルフしかいなかった。
ソフィアは流石さすがに帝国と戦っていたリーダーだけあって、実力も備わっているようだ。
「考えてみれば、ソフィアさんはオルレアン魔導学院の教師もしているしな」
ルドルフ以外のサンプルでシステムが正常に動作することを確認できたので、レオはシステムをオフに切り替える。
ソフィアが白鹿亭に到着するまでまだ時間があったので、少しソファーで休んでから部屋を出ると、ちょうど、ホテルの入口付近でソフィアに出くわした。
「ソフィア先生」
「あ、レオ様。やっぱりお金が必要になるかと思って持ってきたのですが、その様子だと杞憂だったようですね」
レオはソフィアに心配をかけまいと、つい「大丈夫でしたよ」と言いそうになったが、少し考えてから事実を話した。
「いや、実は知らない人にお金を借りてしまって。その人には早めに返したほうがいいと思うので、申し訳ないのですがお金を貸して貰っていいでしょうか?」
「もちろん、結構ですよ。マリーさんがレオ様はアーティファクトを店に売ることなんてできないのではないかと言うのでお金を持ってきたのですが、知らない人から借りられたなら、心配しなくても良かったかもしれませんね」
ソフィアは口元を隠して上品に笑った。
「レオ様、お食事は?」
「あ、まだです」
「ではご一緒してもよろしいですか?」
本来白鹿亭は宿泊しない人に夕食を出すサービスはなかったが、ソフィアはすぐにホテルマンと話し、別料金を払って食事を用意してもらった。
この程度のことにも苦戦しそうなレオは、少し恥ずかしくなる。
ソフィアが白鹿亭の食堂の席に着く。
椅子に座る動作一つ取っても優雅で大人びていた。
レオは思う。ソフィアは自分と同じぐらいの歳で挙兵して、帝国への義勇軍を指揮している。それから十年で今のソフィアがある。自分はあと十年でこんなに立派になれるのだろうか?
そんなことを考えているうちに料理が運ばれてきた。
夕食はコース料理になっていた。
レオはどのナイフとフォークから使えばいいかも分からないので、いちいちソフィアの手元を見て真似をする。
「レオ様、私と二人なのですし、そんなに形式にとらわれなくても美味しく食べれば良いのでは?」
「けど、王宮で育ったマリーは、こういうこともきっと完璧にできるんでしょうね」
「それはまあ……」
ルドルフが作法に無頓着むとんちゃくなせいもあるが、レオはルナと食事をする時、手掴みで食べることもある。金はいくらでもあるのに、ルナにこういうきちんとした料理を食わせたことはなかったな、とレオは反省した。
レオは声のトーンを落としてソフィアに質問した。
「そういう作法や常識のこともあって、マリーは俺に魔導学院に通えと言ったんですかね。革命の仲間を作るために学校に通うなんて、流石にまどろっこし過ぎる」
ソフィアは優雅に微笑む。
「きっと、レオ様に学園生活を楽しんで欲しいのでしょう」
「学園生活を楽しむ?」
「はい。友達もできて楽しいですよ」
この十年間、レオは生活を楽しむなんて考えたこともなかった。
「いいんですかね。俺が学園生活なんか楽しんで……」
レオにとって、ソフィアは話しやすい人物だった。
十年間もルナとルドルフ以外の人物とは話していなかったのに、何故かこうして普通に話すことができる。
「もちろん。教師の私が保証しますよ。マリーさんや私の考えに賛同するかどうかは、学生として学びながらゆっくり考えては?」
強いというのはソフィアのような人を言うのかもしれない。ふとそんなことを思ったレオは、彼女が帝国と戦う理由を聞いてみた。
「先生はどうして帝国と戦うんですか?」
「自分として生きるために。帝国に滅ぼされてしまいましたが、ローレア国の王女ということを誇って生きていきたいのです。あ、でも流石に今は一時的に隠していますよ? もし学院に入学したらアイリーン先生と呼んでくださいね」
ソフィアは肩をすくめ、舌を出して笑う。
レオは十歳上の教師が見せた可愛らしさに息を呑んだ。この純粋さが帝国に反乱する義勇兵をまとめることができた理由かもしれないと思った。

◆◆◆

食事を終えてレオはソフィアと別れた。
ソフィアは明日の昼、馬車でホテルの前まで迎えに来てくれるという。
ホテルの部屋に戻ったレオは、ベッドに横になりながらソフィアの話を思い出す。
「自分として生きるために戦う……か。コートネイ家のレオとして生きるためには戦わないといけないのかもな。それに、ルナやミラのような獣人にしたって同じだ。迫害を逃れるためには、森の奥に隠れたり姿を変えたりしなきゃいけないんだ。ルナ達が堂々と暮らせる世界って……」
天井を見ながらそんなことをぼんやりと考えていると、急に部屋をコンコンとノックする音が響く。
ドアの向こうからは、ごくわずかではあるが魔力を感じた。
「な、なんですか?」
レオは緊張しながら返事をする。
「白鹿亭の者です。あ、あの……しにきました」
若い女の子の声? ホテルの人? どういうことだ?
肝心の何々をしに来ましたというところは、よく聞こえなかった。
残念ながらレオはこの異世界の社会常識や習慣についての知識が皆無だ。幼少の頃のコートネイ家の生活は世間一般とはかけ離れていたし、この十年でそれを正す機会にも恵まれなかった。
だからこの若い声の女の子が何をしに来たのか分からない。追い返すわけにもいかず、ドアを開けざるを得ない。
自分とドアの向こうにいる女の子とは、魔力だけで考えれば、巨象とアリの差があるにもかかわらず、レオは衛星次元魔法が使えない屋内であるということに緊張していた。
レオとてアーティファクトの素材集めのために、衛星次元魔法が使えないダンジョンに出向くこともある。ただ、その場合はあらゆる安全マージンを取った上で、人間のフィジカルを遥かに上回るルナを必ず連れて行っていた。
それに、帝国がコートネイ家のことをぎつけて放った刺客しかくである可能性も捨てきれない。
レオはふところに入れたアーティファクトのリボルバー銃に手をかけながら、ドアの鍵を外す。
わずかにドアを開け、そしてドアが慣性で開くように引いた。同時に素早く距離を取る。
ドアは徐々に開き、女の子の全身が見えてくる。まだ十六歳かそこらの可愛らしい女の子で、ホテルの制服と思わしきメイド服姿だった。
ひょっとしたらレオよりも若いかもしれない。
レオは少し安心したが、懐のリボルバーには手をかけたままだった。
不安になったのは従業員のほうだろう。目の前の客は不自然なドアの開け方をしてジロジロと自分を見ているのだ。
おまけにレオは懐に片手を入れている。銃だと分からなくても、ナイフを持っていると思われてもおかしくない。
流石にレオも警戒しすぎたかと思い、恥ずかしさのあまり赤面して立ち尽くした。
だが刺客しかくでないとしたら、この従業員の女の子は何をしにきたのだろう。まさか客が休んでいる夜に掃除もないだろう。
ひょっとするとコールガール的な子なのだろうか。そんなものは頼んでいないぞ。他の部屋の間違いじゃないか。いや、しかし結構可愛いし、この際だから……。レオの思考が目まぐるしく渦巻く。
あまりに返事がないので、変なお客だなと首を傾げつつ、女の子もやっと動いた。
「そ、それではお風呂を沸かさせて頂きます」
「え?」
「え? って。え?」
レオの知識にはないことだが、この世界でもある程度高級なホテルでは熱々の風呂に入れる。
あらかじめ水を張ってある部屋の浴槽よくそうに、従業員が来て炎熱系の魔法で風呂を沸かすというシステムなのだ。
部屋に備えつけられていた浴槽に女の子が手を入れて炎熱系の魔法の詠唱をし始めた時、レオははじめてこの女の子が部屋に来た目的を理解した。
魔力を持っている従業員が来たのはこのためか。レオは自分の非常識を笑いそうになる。
コートネイ家も、この方法で風呂を沸かしていたじゃないか。
この世界の人間は誰でも魔法が使えるわけではない。だから、こういったサービスが成り立っているのだろう。
レオは興味深く風呂を沸かす女の子を見ていた。
一方、女の子の方はこの仕事を始めたばかりのため、何を言われるか気が気ではなかった。おかしな客が後ろからずっと見ている。風呂が沸くのが遅いと怒られるのではないか。そう思うと一層魔力の集中ができない。
レオはそんなことなど露知らず、ずっと女の子の後ろに立って様子を見ていた。女の子は『警戒レベルE』ぐらいの魔力しかないけど、魔力の解放が上手くなれば小さな風呂を沸かすぐらいだったら一瞬なのになあ、などとお気楽に考えていた。
魔力の集中がどうしてもできずに、ついに女の子は冷たい水の中に右手を入れながら泣き出してしまう。
「うっ……ひっく……ぐす……」
もちろんレオはその意味が分からずに慌てふためいた。
「え? え? ごめん……俺何かした!?」
女の子から話を聞くうちに、レオはようやく状況を理解した。
彼女はまだ新人であり、また自分が仕事をして家族を支えないといけないと気を張っていて、余計に緊張しているのだということも分かってきた。
「そうだったんだ。じろじろ見てごめん」
「いいえ。お客様が悪いわけじゃありません」
そうは言われても、レオにはこの女の子を刺客やコールガールと勘違いした負い目があった。それに、女の子が魔力のコントロールに難儀しているとか、家族のために働いているとか言われると、他人事ひとごととは思えなくなってきた。
「私、魔法を使えるってことで雇われたんですけど……ちゃんと学んだことはないし……こんなことじゃ試験も……」
女の子は何やら自分の将来を悲観して落ち込んでいる様子である。
見かねたレオは、身につけていたアーティファクトのミスリル銀の指輪を外す。魔宝石という特殊な宝石がついた、魔力をコントロールするアーティファクトである。レオはまだ魔法を最大威力でぶっ放してしまう弱点をほとんど克服していないため、このミスリル銀の指輪を魔力の抑制に使っていた。これは魔力整流用の指輪で、高い魔力を抑制する一方で、逆に女の子が使えば魔力の解放を促すのにも使える。
「あの……これあげるから使ってよ」
「え?」
レオは女の子にミスリル銀の指輪を渡す。女の子はその指輪に『ゴールデンジュニア』の銘が入っており、オルレアンで小さな家が買えてしまうほどの値がつくものであることを知らない。それでも、きっと魔力をコントロールする高級アーティファクトではないかと推測はしたようだ。
「お、お客様から高級なアーティファクトなんか頂けません」
そう言われても引っ込みがつかないレオは、視線を合わせずに小声でブツブツ呟いた。
「それをつければきっとお風呂は一瞬で沸いて、俺もすぐに入れるしさ」
それを聞いた女の子は、レオがよほど早く風呂に入りたいのだと勘違いした。
ともかく自分の仕事はやらないといけないと思い直したようで、指輪をつけて再び魔法を詠唱する。
詠唱が終わった直後、発動した魔法によってちょうど良い湯加減になった。
「も、もう沸いた。凄い……」
当然だ。本当なら貴族が買うような魔力コントロール用の高級アーティファクトなのだから。
女の子の方も効果の大きさを実感して、自分が思っている以上に高級なアーティファクトなのではないかと考えはじめる。
指輪を貸してくれたことに何度もお礼を言って、女の子はレオに指輪を返そうとした。
「でも、しばらくそれを使ってると魔力のコントロールの感覚も身につくからね。やっぱりあげるよ」
レオがそう言っても、女の子はお客様から物は受け取れないの一点張りだった。
しばらく考え、ふと妙案を思いつくレオ。
「俺はレオ・コート……じゃなくてレオ・ライオネットって言うんだけど、君の名前を教えてくれないかな?」
「え? ウェステですけど」
家名はないらしい。少なくとも上流階級ではないのだろう。
上流階級が宿屋で下働きなんかするわけもないのだから、当たり前だが。
「その……俺さ、友達がいなくて。歳も近いと思うし、友達になってくれないかな、俺と」
「え? と、友達ですか?」
「そう。これからよく白鹿亭に泊まるようになると思うんだ。だから少しでも見知った人がいると安心できるというか……」
普通、年頃の女の子と仲良くなりたい場合はもう少し距離感を測るものだ。
しかし、レオの場合はこの辺の機微きびが分からず、逆に大胆な行動を取ってしまう。
「ダメかなウェステ? 俺と友達になること」
「あ、は、はい……い、いえ……良いですけど……」
ウェステは赤面して頷いた。
「じゃあさ。その指輪は友達のウェステに貸しておくよ。どうせ俺が使ったら二、三回で壊れちゃうから」
「で、でも……やっぱりお客様に……アーティファクトをお借りするなんて……」
「こら、お客様じゃなくてレオだろ?」
「あ、そっか。うん。レオ……」
レオはウェステの手をとると、指輪を握らせて胸元に押し返した。
距離感を全く考えていないレオの一連の行動だが、ウェステには許容できた。
今日もまだこれから他の客室の風呂を沸かさないといけないウェステには、涙が出るほどありがたいアーティファクトだった。
「じゃ、じゃあ借りておくね。必ず返すから」
そう言って、ウェステはレオの部屋を後にした。
「うん。いつでもいいよ」
レオはマジックアイテム屋のレックスに親切にされたことに感銘を受け、ここで自分も見ず知らずの人に親切にするべきだと思ったのだ。それ自体は褒められるべきことだが――
ウェステがお礼を言いながら出て行った後で、風呂に入りながら良いことをしたと鼻歌を歌うレオ。
「俺って結構やるじゃん。友達もできたぞ」
レオはその友達にリボルバーを突きつけようとしたことは忘れているし、客の立場を利用して従業員の女の子に家が建つような指輪を押しつけたことも理解していない。
やはり彼はまだ非常識だった。

◆◆◆

レオはマジックアイテム屋に行ってお金を返した。知らない人に借りたお金は優先して返すくらいの常識はあったのだ。
マジックアイテム屋の商人のレックスには、上客になるかもしれないレオに金を貸して恩を売っておくという打算もあったかもしれないが、それはソフィアに新たに借りた金で早々に精算された。
レオは金を返しに行ったのに、何故か逆に店員から礼まで言われてしまった。
世間の人は良い人が多いなあと思うと、気持ちが弾んだ。
ソフィアが馬車で迎えに来る時間まではまだゆとりがあったので、レオは適当に街を歩く。
最初、オルレアン高等魔導学院を見に行こうとしていたが、少し遠いことと、輝きに満ちた生徒達の姿を想像したことで急に足が向かなくなってしまった。
オルレアンの華やかなメインストリートを歩いていたはずなのに、レオは無意識のうちに人混みを避けてうらぶれた方へ、うらぶれた方へ、と向かってしまう。
オルレアンにもスラムと呼べるような貧しい地区があり、いつの間にかレオはそこに迷い込んでいた。
「なんだかさびれているな。薄暗いし」
そう言いながらもレオは結構、居心地がよく感じている。すっかり日の当たる場所が落ち着かなくなってしまっていた。
長く続いた戦乱の影響で、バッカド国の大型都市は高い壁に囲まれている。今、レオが歩いている地区は、その壁によって常に日差しが遮られている不人気地区。勝手に住み着いた不法な居住者などが多い危険な場所だった。とは言っても、レオにとって危険などはほとんどないのだが。
「なんか治安も悪そうだな~」
レオは必要もないのに不安な気持ちになってきた。
そんな時、左目の視界が空からの俯瞰ふかんに切り替わって何者かの接近を伝える。

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警戒レベルF以下 背後から【unknown】急接近
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左目は、レオに向かって一直線に走る影を捉えている。
レオは振り向きながら横に飛んだ。突然の出来事にレオも驚いたが、それは近づいてきた影も同様だった。
「子供……?」
レオが見たのはボロボロの衣服の少年だった。目を見開いてレオを見ている。当然だ。無警戒に歩いている若者からスリをしようと思っていた少年からしてみれば、標的の若者が後ろに目があるかのような動きをしたのだから。
しかも人間に対して臆病おくびょうになっているレオは、いささかオーバーリアクションで飛び退き、銃口を向けてはいないがリボルバー銃を抜いていた。
銃を知らない世界の少年にも、それが何となく危険なものだと分かる。同時に素晴らしい獲物である匂いも感じるのだ。
「ひったくりか? 相手を選ばないと痛い目を見るぞ」
レオにとっては精一杯強く見せた台詞である。
しかし実際は虚勢など張らずとも、レオが小規模な魔法を放てば少年の後ろにあるバラックごと吹き飛ばしてしまうことだろう。
レオは精神と実力が完全にアンバランスな人間だった。
「ひったくり? 何言ってる、証拠でもあるのかよ!」
少年も負けずに返す。
レオはこの少年の身なりを見て、やっとここが貧しい地区なのだと気がついた。
この手の子供をいちいち相手にしても仕方ない。レオはリボルバーを懐にしまい、来た道を戻ろうと少年の横を通り過ぎる。
しかし、少年の方はレオに馬鹿にされたと思った。自分を無視し、またひったくりをしてくれと言わんばかりの足取りで無警戒に歩いていく。こいつをそのまま行かせたら、彼自身のプライドにかかわると思ったのだ。
少年はまたしてもレオの背後に一直線に駆け寄った。裸足で音もなく接近する技は、少年の自慢だった。
しかし、レオは星の世界からの視界により、真上からの映像として自分と少年を見ていた。すぐに振り返る。
少年はギョッとして立ち止まる。レオはしばらく少年を見下ろしてから、またきびすを返して歩き出す。
少年の心は「ふざけんな」という声に満たされていた。
再び走る。振り向かれる。再び走る。振り向かれる。
勝敗が決まっている〝だるまさんが転んだ〟が繰り返された。
ついに少年はキレた。
「てめええええええええええ!」
レオに見られていても構わず、一直線に向かっていったのだ。
レオは肉体を駆使した戦闘は得意ではなかったが、身長も百八十センチはあったし、自宅の地下室でルナと戦闘訓練をすることもあった。単純な力比べで少年に負けることはない。
レオは少年を手刀しゅとうで軽く弾く。
少年は予期せぬカウンターを食らって転がった。彼はコイツには力では勝てないと直感する。だがスラムの少年にとってはここからが勝負だった。レオにはまるでない狡猾こうかつさを持っているのだ。
「いててててててえええ! 骨が骨がぁ折れたよおおおおお」
「えええええ?」
レオは動揺して声をあげてしまう。
骨が折れるような打撃を与えてはいないつもりだが、少年の痛がりようは尋常ではない。
冷静に考えれば、レオは回復魔法が使えるのでそれで治せばいいのだが、少年の演技に圧倒されてすっかり忘れていた。
「皆、聞いてくれ~この兄ちゃんが急に殴ってきたんだ~いてえよおおおおぉ、骨が折れたあ」
少年は目を固く閉じて転げまわっている。
実はこの辺りでは、迷い込んだ御大尽おだいじんに子供がぶつかって怪我をするという事件がよく起こる。
バラックから大人も出てきて、可哀想かわいそうな子供側に加担した。
「アンタ、こんな小さな子供に暴力を振るうってどういうつもりだ?」
「え? いや、こいつがひったくりしようとしてきて……」
「言い訳する気か!? こんなに痛がっているじゃないか!」
レオが何を言っても周りの大人は少年の肩を持った。大人達も少年とグルなのだから当たり前だ。
当然、治療費を払えという話になってくる。レオも次第に雰囲気に呑まれて本当に悪いことをした気がして、言われるままにアッサリ金を出してしまった。
しかし、それが良くなかった。今度はやれ後遺症が残ったらどうするとか、この子が畑作業で養っている兄妹五人は当面の生活費に困るだろうとか、周りの大人が口々にわめき立てる。
兄妹の話を出されるとレオは弱い。おまけに金銭に関する執着もない。ついにはソフィアに借りた金を全て差し出そうとしていた。
その時、レオの名を呼ぶ声があった。
「ひょっとしてレオさん?」
「あっウェステ!?」
レオは気まずい顔をする。しかしそれは少年や周囲の大人達も同じだった。
「そのお金……レオさん、何かあったんですか?」
ウェステはすごい剣幕けんまくで問いただす。レオの方は罪悪感で一杯である。
「あ、いや。俺が子供に暴力を振るっちゃって……」
しかし、ウェステが怒っていたのはレオに対してではなかった。
「カシム! そんなところで転がってないで起きなさい!」
ウェステが怒鳴ると少年はすぐに起き上がり、金の入った布袋をウェステに押しつけて走り去っていった。
「お、おい……あいつ鎖骨さこつが砕けたとか言っていたぞ。大丈夫なのか?」
「ごめんなさい。この辺の子供はちょっとぶつかったぐらいで重傷のフリをするんですよ。怪我で動けなくなったらお腹を空かせた兄妹も増えるし。カシムは一人っ子だったと思いますよ」
レオは段々と、ウェステが言わんとするところの意味が分かってきた。大人も顔を背けて散り始める。
「ありがとう。ウェステが来てくれなかったら、きっと身ぐるみ剥がされていたよ」
もし本当に所持品を全て奪われて、そしてこのスラムに住む住民が適正な価格でそれを売りさばくことができたら、先ほどレオを取り巻いた全員が一生遊んで暮らせただろう。
レオは現金よりも遥かに高価なアーティファクトを、多数持っているのだ。
「もう、レオさんは人が良すぎますよ」
レオは布袋に入ったお金をウェステから受け取る。
「中身、全部あるかちゃんと確認してくださいね」
「あ、ああ……」
実際にはソフィアは二千ダラル貸してくれて、その中から五百ダラルをマジックアイテム屋のレックスに返していたので千五百あるはずだった。しかし、そもそもレオはいくらあったかも数えていなかったのだ。
「減っていたら後でカシムをとっちめなきゃ」
「まあ、こっちも悪かったし」
レオは少し減っているような気もしたが、ソフィアにいくら貸してくれたのか聞かなければ、はっきりとは分からないので、とりあえずウェステには全部あると答えた。
「本当にごめんなさいね。なんとおびしたらいいのか」
「いいよ。ウェステは助けてくれただけじゃないか。そんなことより、昨日のアーティファクトは役に立った?」
「すごおおおおおおおく役に立ちましたよ。私、白鹿亭を首にならずに済みそうです」
ウェステは道の真ん中で、白鹿亭の仕事がいかに良い仕事かをレオに説明した。
レオはウェステの話を聞く限りでは給料が安すぎるのではないかと思ったが、それは金銭感覚が破綻はたんしているせいである。実際にはウェステの仕事は一種の技能職で、高級ホテルである白鹿亭のメイドの仕事は非常に割がよかった。特にこのスラムに住むような住人にとっては。
ウェステは素晴らしい調度品に彩られた白鹿亭ではおどおどとしていたが、くすんだスラムでは逆に輝いていた。
「ところでレオさん、少し時間ありますか?」
「うん。まあ少しあるかな」
「私の家に来てくれませんか?」
「え? いいけど……」
急にウェステの家に呼ばれたレオは、あまり考えずにそれを承諾した。
変な勘ぐりや下心を抱かなかったのは、引き篭り生活の成果かもしれない。

◆◆◆

レオとウェステは一緒に街を歩く。
ウェステは上機嫌でスラムの奥に歩を進めている。白鹿亭にいた時よりも自然体で歌まで口ずさんでいた。
どこかで聞いたような歌だった。レオは知らなかったが、この世界では誰でも知っている歌である。これは女神ナリアを称える歌だった。
ちょっと荘厳そうごんな感じがするので、流行りの歌や恋の歌ではなさそうだなとレオは思う。実は彼も母胎の中でクリスティーナが歌うのを聞いているのだが、そこまでは思い至らなかった。
「これから遅い朝食なんです。レオさんも是非」
ウェステが手に持ったかごの中には、バゲットや様々な食料が盛り込んであった。
「あ、そういうことか。でも朝食は白鹿亭で少し食べたんだよね」
「そうなんですか。ちょっとでもお礼がしたいと思ったんですが……」
ウェステからとても残念そうに言われると、レオは満腹なわけではないし、断るほどでもないと思いはじめた。
「それにしても、街中で会うなんて偶然だね」
「私の家は白鹿亭からほとんど真っすぐ歩いたところにありますから」
レオはここに来る時ずいぶん曲がった気がしたが、実際はもっと簡単なルートがあったらしい。
「ウェステっていくつなの?」
「十六です」
「へ~俺と同じだ。同じぐらいの歳だとは思ってたけど」
「そうなんですか? レオさんはもっと年上かと思ってました」
レオは複雑な思いがした。
「老けてるってことかな?」
「違いますよ。なんて言うか、達観していると言うか」
「え? 他人ひとからはそう見えるのかな」
「でもちょっとボンヤリしていると言うか……」
それは素直に喜べなかった。
「それには返す言葉もないよ」
思い当たるフシがかなりあるので、レオは少しへこむ。オルレアンに来てからというもの、非常識な行動ばかりしていたような気がした。
「あ、違うんです! 違うんです!」
ウェステは手を振りながら弁解する。
「違うって、どう違うんだよ?」
レオに聞き返されて、何故か急に顔を赤らめるウェステ。
「あ、いや、そのカッコイイって言うか……」
結局ウェステは全く違うことを答えただけで、レオがボンヤリしているということについては否定できていないが。
「え……そ、そう?」
「はい……」
ウェステが黙り込んでしまうので、レオも赤くなる。そもそもルナとマリーを除けば、年頃の女の子と話すのも十年ぶりなのだ。
頬を赤く染めた二人がトボトボと街を歩く。
レオは目の前に若い女の子の集団が近づいてきていることに気がつかなかった。
「あ~~~ウェステちゃんが男を連れている!」
「ウェステちゃんが? マジマジ?」
「目つき悪いけどカッコイイじゃない!」
最近のレオの目つきは鋭いと言われていたが、かつては獣人の子供達にモテていた。
マリーに再会して、希望のようなものが確かに見えつつあるため、表情の険もとれたのかもしれない。
「冒険者風だけど、結構身なりも良くない?」
レオが顔をあげると、たちまち数人の女の子に囲まれた。歳はレオやウェステと同じぐらいか少し上のようだが、皆妙な色気があった。
服装もウェステに比べて露出が多い。
「あ、皆さん。お疲れ様です」
ウェステの挨拶に対する返事もそこそこに、女の子達はレオを質問攻めにした。
「名前は? 年齢は? 職業は?」
レオは女の子達の勢いに圧倒されつつも、質問に一つずつ答えていく。
「はあ……名前はレオ・ライオネット。十六で、職業はなんだろう……アルケミストかな?」
その瞬間、女の子達は黄色い声をあげた。
「えええええ! 家名持ちでアルケミストって、超有望じゃない!」
ウェステもうっとりしたような面持ちでレオを見る。
「レ、レオさんってアルケミストだったんですか?」
「ああ、うんまあ」
「私、憧れちゃいます」
「あ、いや別に大したことじゃないよ」
アーティファクトを作製するアルケミストは、魔法が使える者の中でもかなりセンスに優れた人物でないと務まらない。素材の特性を魔力で強化したり、変化させたりするのは難しいからだ。
魔法を少しかじった者なら誰でも憧れる職業で、高収入も約束されている。
「ウェステちゃん! この人どこで見つけたの?」
「レオさん。今晩、店に遊びに来てよ。私アシュレイって言うんだ」
レオは中心的な立場であろう女の子にウィンクされた。レオはやっと気がついた。彼女達は水商売の女の子で、朝になったから自分の家に帰っていくんだなと。
「ちょっとアシュレイさん。レオさんはそういうんじゃないですから」
「も~冗談だって。ウェステちゃんの彼氏に手なんか出さないよ。でも、こっちが手を出されちゃったら仕方ないよね」
そう言ってアシュレイはレオに色っぽく笑いかけた。
「レオさんはそんなことしません!」
「ちょ、ちょっと、ウェステ! 痛いってば」
アシュレイは笑顔でウェステのグルグルパンチを受けていた。周りの女の子も笑っている。どうやらウェステは、このスラムの住人達から愛されているようだった。
女の子の一人が目ざとくウェステの指につけられている指輪を見つける。
「あ~、ウェステちゃん。その指輪」
女の子達は矢継やつばやに指輪のことを聞く。攻守は逆転した。
「レオさんからプレゼントされたの? きゃー!」
「ウェステちゃん、奥手ぶってるけど私達よりやるんじゃない?」
「ち、違いますよ。これはレオさんから借りたアーティファクトで」
レオとしてはあげてもいいと思っていたのだが、ウェステはかたくなにただの借り物だと主張する。
ふと、アシュレイがトーンの低い声を出した。
「ねえ。その指輪。小さく『ゴールデンジュニア』って銘が入ってない?」
焦ったのはレオだった。
「え? そうなの? 俺も知らなかったなあ……」
「『ゴールデンジュニア』って言ったら、謎のアルケミスト親子のスーパーブランドですよ。貴族のボンボンの客に見せて貰ったことあるもん。触らせてくれさえしなかったけど……」
レオにとってはマズい流れだった。
「私も聞いたことあるよ。お屋敷が買える値段の物も普通にあるとか」
「そんな話を聞いたことあるね」
一番、驚いているのは指輪をつけているウェステだった。目を白黒させている。
「まさか……レオさんって?」
「が、贋作がんざくじゃないの? それ、前に人から貰った奴なんだよ」
レオは必死に否定する。ウェステもそうですよね、と笑う。
「そ、そうだよね。そんな訳ないよね」
「本物だったら私達みーんな、こんな商売やめられちゃうもんね」
少しぎこちないが、女の子達にもまた笑いが戻った。

女の子達と別れて、レオとウェステは再びスラムの街を歩く。
無言。先ほどまでの陽気だったウェステの姿はない。レオもなんとなく話しかけ難い。
「あ、あの……」
ウェステは後ろを歩くレオの方を急に振り返った。
「なに?」
「やっぱりこれ。今、お返しします」
「え? 仕事が馴れてからでもいいのに」
ウェステは指輪を外してレオに返す。そもそもレオ用のものなので、サイズが合ってなかったようだ。大切に押さえながら指輪を着けていることにレオは気がついた。
「サイズが合ってないので、失くしたら大変ですし」
「そっか……」
レオは素直に指輪を受け取ることにした。
「この指輪……ひょっとしたら本物なんじゃないですか? だって効果が凄いですもん」
「まさか。ガラクタだよ」
「そんなことないですよ。私は……本物だと思っているんです」
指輪は返されてしまったが、レオは何かウェステの力になりたかった。
「ならさ、俺もアルケミストなんだし、ウェステのサイズに合うもっと効果のある指輪を作ってプレゼントするよ」
「え?」
「そこらのアルケミストが作ったアーティファクトが『ゴールデンジュニア』のアーティファクトを超えていたら、この指輪は偽物だって分かるだろ? 誤解を解いておきたいんだ」
レオにとってもこの指輪は傑作けっさくだった。ウェステに信じてもらうには、自分の傑作を超えないといけない。
「そ、それはそうでしょうけど……いいんですか?」
「当たり前だろ。俺とウェステは友達だ」
ウェステは目に涙をためて泣き出してしまう。
「ど、どうしたんだよ?」
「なんだか……とても嬉しくて……待っています」
色々あって、いつの間にか昼が近づいていた。
ソフィアの迎えが来てしまうので、結局レオはウェステとの食事の席は遠慮して白鹿亭に戻ることにした。
しかし、レオは手にしている指輪を超えるアーティファクトを作って、また近いうちにここに来ようと思っていた。
銘は偽りの名の『ゴールデンジュニア』でも『レオ・ライオネット』でもなく、生まれて初めて本名の『レオ』を刻むつもりだ。
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