賢者の転生実験

東国不動

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グマン村の外れにあるコートネイ家には、ルドルフが研究に使っている地下室がある。
三歳児の俺は地下室の扉を背に腕組みをしていた。ルドルフと話すためだ。
「ルドルフは前に、俺がいた世界の現代知識や科学技術と、この世界の魔法技術を融合させて、今までの魔法とは一線を画した魔法群を開発する、とか言っていたけど……」
「うん」
「あれって個人で国や軍隊を相手にすることを想定したものだよな?」
「そうだよ。僕はそれをウェポン・マジック(兵器魔法)と総称するつもりだ」
やはり王宮の権謀術策けんぼうじゅっさくめられた経験があるルドルフは、国家や権力にも屈しない個人の力を求めていたのだ。
「もし完成すれば、たとえ帝国が相手だろうと僕一人で戦えるよ。いや、今でもゲリラ戦なら結構いいところまで行くかもしれない」
マジかよ。しかし……
「後ろに守るものを抱えて正面から敵の帝国軍とぶつかったら?」
「流石にそれは無理だね。ウェポン・マジック(兵器魔法)の体系が完成していればできるだろうけど」
そ、そんなにすげえのか。以前ルドルフからチラッと目標にしている防衛型魔法戦闘システムのことを聞いたことはある。
それは地球にあるイージス艦という護衛艦のシステムに着想を得た魔法システムだ。
かなり小さな魔法であっても、その威力は人を殺傷し得る。ゆえに、ルドルフは魔法戦においても地球の最新兵器の戦術理論である「先制発見、先制攻撃、先制撃破」が最も有効な防御になると考えている。
それは多分、正しいだろう。事実、この世界の国々も魔法索敵力をあげようと躍起やっきになっている。
ルドルフは俺の現代知識を使って、新たな視点からその究極を目指していた。
たとえば、アーティファクトの人工衛星を使うことで、今までの魔法索敵をはるかに超える数十キロ単位の索敵を可能にする。そして、その索敵範囲の全域を魔法攻撃可能にするつもりらしい。索敵範囲内の百以上の対象を同時にマーキングして、その中から十以上の対象を同時攻撃できるようにする。
一連の索敵、防御、攻撃ができる魔法システムを、アーティファクトの補助により、たった一人の魔法使いが魔力の続く限り処理できるようになる。
さらに複数の仲間の魔法使いとシステムをリンクさせることによって、索敵範囲の拡大や、同時攻撃対象を百以上に増やすといったことまで見据えているようだ。
ルドルフが主体となってクリスティーナと俺がこの魔法戦闘システムにリンクすれば、まさに動く攻撃要塞ようさいになるだろう。
「それで、どれぐらい実用化できているんだ?」
「せいぜい二、三パーセントかな」
ルドルフはウェポン・マジックを何だかんだ一年以上は研究しているが、それでもまだ二、三パーセント。帝国がいつ軍を出すか分からないけど、この調子では間に合うことはなさそうだ。
仮に間に合ったとしても、数十の獣人を守るために数十万以上の人間が死ぬかもしれない作戦になる。そんなことをすれば、コートネイ家は世界中を敵に回すだけでなく、歴史に残る極悪人一家になってしまう。全く割に合わない。
ルドルフは俺と話しながらも手を動かして何かを作っていた。ひも状の部品が見えているが、これがウェポン・マジックに使うアーティファクトなのだろうか?
きっと凄い威力を持つのだろう。恐る恐る聞いてみた。
「それは一体どんな武器? いや兵器なのか?」
「え? 武器? 兵器?」
どうも話がみ合わない。
「だからその今作っている紐みたいな……って。それ首輪?」
「ああ。これは人間の認識を誤認させるアーティファクトだよ」

◆◆◆

俺はルナに会うために、マリーと森の入口に来ていた。
マリーがその辺にいた猫に猫語で頼んで、ルナを呼んできてもらう。
すぐにやって来たルナに、ルドルフが作った首輪を渡した。
「というわけで、これを獣人が着けると、人間にはただの猫に見えるらしい」
ルドルフは今必死に地下室で首輪を量産しているから、ここにはいない。
「これを着ければ……私がただの猫に見えるようになるの?」
ルナは首輪をマジマジと見ている。
「そうらしい。実験してみよう」
もしルナが猫のように見えるなら、帝国兵が様子を見に来ても、猫になって何処か別の場所に避難することもできるだろう。
まあ、何度も軍隊で来られたり、森が燃やされたりしたら、この首輪では対処できないけれど。
おっと、その前に言わないといけないことがある。
「そうそう。服を着たまま首輪を着けると、猫の上に服が浮いているように見えちゃうらしいんだ。だから裸になって着けないといけない」
「そうなんだ」
「あの木の陰に行って服を脱いでから首輪を着けて来て……っておい!?」
俺が言い終わる前に、ルナはショートパンツとおパンツをダブルで掴み、ズルッと下ろした。
うお! 丸見えだ!
五歳ぐらいの女の子にドギマギしてどうする。俺はロリコンじゃないはずだ。
前の世界の自分のことはほとんど覚えていないけど、断じて違うはずだ。
ロリコンじゃない。重要なことだから二回心の中で確認する。
俺は生まれて三年だが、精神的には前の世界で生きた十六から十八歳が上乗せされて、二十歳前後のはずだ。でも、肉体が若くなると恋愛対象の年齢も若くなるんだろうか?
俺がそんなことを考えていると、ルナは上のシャツも脱ぎはじめた。
何か察したマリーが、後ろから「だーれだ」のスタイルで俺の視界を覆おうとしている。しかしマリーの手は小さい上に位置がズレていて全く意味がなかった。
「二人とも何やっているの? 首輪貸してよ」
そんな様子を気にもせず、ルナが催促さいそくしてくる。
「あ、あぁ。はい」
首輪を着けたルナは完全に黒猫に見えた。そして俺は何故か物凄くがっかりした。
「やっぱり猫になんかなってないよね?」
ルナは釈然しゃくぜんとしない様子で訊いてくるが、本人には変身したように見えないのだろうか? だとしたら、軽い羞恥しゅうちプレイだな。いや、軽くないかもしれない。服を派手に脱ぎ捨てるルナはまだそういうのが分からない年齢のようだが。
「ううん。ちゃんと猫になっているよ」
「え? そうなの? でもレオはがっかりした顔しているし」
「レオはおばかだから」
はいはい、おばかですよ。マリーのツッコミに俺は心中で毒づくが、しかしチャンスはまだある。ルナが首輪を外すときに、もう一度見られるかもしれない。
「あたしもねこになりたーい」
マリーが猫になりたいと言い出して服を脱ぎ出した。
首輪は一つしかないから、マリーが首輪を着けるには、ルナの着けている首輪を外すしかない。
おばかはお前だ、マリー。
だが、今度のルナはどういうわけか重要な部分を隠しながら、先ほど脱いだ服を素早く着直してしまった。残念ながらあまり見えなかった。
「みてーみてー。にゃーん」
人間に戻ったルナの代わりに、目の前には耳と尻尾がない変な猫がいた。どうやら耳と尻尾は本人のものがそのまま適用されるアーティファクトのようだ。
「へ~こう見えるんだ。可愛いね」
マリーが猫らしきものに変身しているのを目の当たりにして、ようやくルナも納得したようだ。
「まあさ、この首輪があれば帝国が来ても隙を見て逃げることができるかもしれないし、グマン村にも気軽に遊びに来れるだろ。ウチにもいつでも来いよ」
「いいの?」
「いいに決まっているだろ? 母さんや父さんもルナなら歓迎するよ」
俺がそう言うとルナは――
「うん!」
最高の笑顔で応えた。

◆◆◆

「あいてっ」
顔に何かぶつかった。多分アレだろう。
寝室の天窓から朝日が差し込んで、眠りからめかけた目に眩しい。
俺の寝室はマリーの寝室でもある。
マリーは子供の時から俺に懐いていた。まあ今も子供か。
ともかく、マリーが俺に懐くのを見て、俺達が二歳をすぎた頃にルドルフは言ったのだ。
「レオとマリーも自分の部屋が欲しいだろう。子供部屋を増築してあげるから、そこで一緒に寝たら?」
それまではクリスティーナとマリーと俺が三人で一緒に寝ていたのだ。
俺は別に新しい部屋などいらん、と言おうとしたが――
「そうするー。レオといっしょになるー」
マリーが大きな声をあげて俺の邪魔をした。
それに、「いっしょになるー」じゃなくて、「いっしょにねるー」だろう。お兄ちゃん困るぞ。
以来、俺とマリーが一緒の部屋で寝て、ルドルフとクリスティーナは別の部屋で寝る習慣ができてしまったのだ。
さて、俺を起こした〝アレ〟とは、多分マリーの足か尻か腕である。マリーは寝相ねぞう滅茶苦茶めちゃくちゃ悪い。それは分かるけど、俺の顔に尻が当たるってのは、いくら何でも悪すぎる。
「うーん、今日も尻か。しかも、なんで丸出しなんだよ」
俺の顔は丸出しのマリーの尻にぐいぐいと攻撃されていた。怒ればいいのか喜べばいいのか。
当人に悪気はないので、怒ることもできないか。そもそも、本当は腹を立ててもいないしね。
「それにしても……マリーも成長したなあ」
一緒に寝はじめた二歳の頃は骨のようなお尻だった。今は何かこうぷっくらとして〝女の〟というほどではないが、十分に〝女の子の〟お尻って感じになっている気がする。
このお尻攻撃は三日前にもくらっているけど、やっぱりもっと骨っぽかった気がするけどな?
違和感を覚えた俺は、目の前のドアップなお尻から少し離れて、冷静にお尻全体を観察することにした。
目の前のお尻が徐々に全景を現す。すると割れ目の先端から黒い尻尾がにゅっと出ていた。
おかしい……。マリーのお尻から尻尾が生えている。
異世界人のお尻からは、尻尾が生えているんだろうか?
いやいや、それはないだろう。お風呂あがりのマリーのお尻も見たことがあるけれども、尻尾なんて生えていなかったぞ。当然、俺にも生えていない。
ベッドを見回すと二人の少女がスヤスヤと寝息をたてていた。
一人は当然、マリー。もう一人はマリーよりちょっとだけ年上の女の子で黒猫のような猫耳と尻尾が生えていた。
「そういえば、昨晩はルナがウチに泊まったんだっけか」
ルドルフは、例の猫型獣人をただの猫であるかのように見せる首輪型アーティファクトにさらなる改良を施して、首輪を装備した獣人に触れると、ちゃんと猫を触ったかのように感じるという効果を追加した。
試しに新しい首輪で猫になったルナをでてみたことがあるが、つまらないことに猫そのものの感触だった。もちろん頭しか撫でていない。
前からときどきウチに遊びに来ていたルナだったが、新しい首輪ができてからはさらにウチに来る頻度が増えていた。
俺はぼんやりと昨日の夜の出来事を思い出す。
マリーは昨夜、ルナとも一緒に寝たいと言い出した。

「ねこになったルナといっしょにねたーい」
「ええ? ま、まあいいけど」
ルナは特に拒否することなく、俺とマリーは猫になったルナと一緒にベッドに入った。このふさふさの猫は裸のルナなんだよな……?
「れぉ……にゃ、にゃにゃん」
黒猫のルナが鳴き声をあげる。首輪を使っているときは猫語になる。でも、鳴き声のなかに俺の名前が入っていなかっただろうか?
「レオ、へんなかんじだからあんまりさわらないで、だって」
マリーが翻訳してくれた。
「あ、はい。すみませんでした」
密着しているのに触れるなとか動くなとか。ね、眠れーん。
その後しばらくして、俺はようやく眠りについたのだった。

ちなみにその首輪は身に着けている服まで猫に見せる効果はないので、猫に見せるためには裸になる必要がある。つまり、首輪が外れてしまったらすっぽんぽん。それがここに生尻がある理由だろう。
「寝ている時に首輪を外してしまったんだな」
案の定、ベッドサイドの床には首輪が転がっていた。代わりにベッドの上にはルナのあられもない肢体があった。
目のやり場に困る。困る。困りつつも、やはり丸出しのお尻に目がいってしまう。
「お尻を見ちゃうのは不可抗力だよな」
あ、あれ? おかしい。
どうあがいても逆らうことのできない力や事象。人はそれを不可抗力という。
俺が寝ているベッドに、可愛い女の子のお尻がある。これを見てしまうのは不可抗力と言っていいだろう。仕方ない。目に入ってしまうのだ。確かに仕方ない。
しかし……しかし、だ。
俺の右手は今、何故かルナのお尻に置かれている。
「これを不可抗力と言っていいのだろうか?」
ムニムニ。手が勝手におかしな動きまでしてしまう。
「ま、まずい!!」
俺は強靭きょうじんな意志の力を発動して、無理やり右手を尻から離す。
「あぶない、俺の右手の中にいる魔物が勝手に動き出すところだったぜ……」
中二病的なセリフで自分を誤魔化ごまかした。中二病は恥ずかしい行為ではあるが、まだ世間では許される範囲のことだ。いや許されていないのかもしれないが、少なくとも法律上は罪に問われることはない。若干イタい人と思われるだけだ。
しかし、俺が先ほどしてしまった行為は、恥ずかしい上に双方の合意がなくては許されない。危険極まりない。
「それにしても、俺の精神力が強靭で助かったぜ」
俺は右手を離したことに安心しきって左手の所在を忘れていた。
「あっ、あぁん……」
え? 何故かなまめかしい声が聞こえるんだけれども……と思った時には遅かった。首だけ起こして自分のお尻を見ていたルナと目が合ってしまう。
もちろん俺の左手はルナのお尻をモミモミしている。勝手にムニムニ、モミモミしている。
ルナが少し赤い顔をして、涙ぐんでいるのは気のせいだろうか……
「どうして私のお尻をむの?」
ルナはまだ赤い顔をしてこちらをじっと見ていた。
「……ダレニモイワナイデクレ」
俺の口からひとりでに出てきたセリフは、良い状況の時はあまり使わないものだ。
俺はグマン村で買って来た干し魚を指さしながら暗に主張する。
昨日、俺はルドルフからカネをもらって、黒猫姿のルナと一緒にグマン村で牛乳や干し肉、干し魚などを買ったのだ。
「どうして言っちゃダメなの?」
「と、とにかく約束しただろ」
「マリーちゃんには、いつもああいうことをしているんじゃないの?」
「してない、してない!」
「そうなんだ……それならよかった……」
「はい?」
何を言ってるんだ? と思っていると、ルナはさらにとんでもないことを言い出す。
「ミラ様には相談してもいいかな……?」
「いや、それ一番ダメだから。絶対にしちゃダメだからね」
自分がやったことを棚に上げて、俺が強く制止すると、ルナは反省したように言った。
「そっか……ごめん……」
こっちが悪いのに謝らせてしまった。
「い、いやこっちこそ」
「うん。じゃあ誰にも言わないけどさ。レオもまた私の村に来てよ。皆の分の首輪も届けないといけないし、私だけじゃ持てないかも」
獣人はもうそんなに数がいないから、布袋に入れればルナだけでも全員分の首輪を運べる気はする。
でも、ルナが本当にミラ様に言わないか監視する必要が……じゃなくって、俺も一緒に行ってミラ様に帝国が来たら首輪を使って逃げるように話をする必要があるかもしれない。

◆◆◆

俺はルナと二人で獣人の村を目指して森の中を進んでいた。
猫に変身するというか、人間に猫だと認識させるための魔法の首輪を届けるためだ。
道中、何故かルナから色々と質問されている。
「ねえ。レオの魔法を見せてよ」
「俺は〝魔法を手加減できない病〟だから、見せられないんだよ」
「レオはどんな子が好きなの?」
「え? 好きって、どんな女の子が可愛いと思うかって話?」
「うん」
「どんなって……うーん、それは秘密だよ」
どうにも答えにくい質問が多い気がする。
その時に好きな子が好きっていうか、結構誰でも好きっていうか。ルナには何となく言い難いので黙っておこう。
「どうして教えてくれないの?」
「どうしてもだよ」
「じゃあさ。レオは私のお尻を揉むと楽しいの?」
ああ、森の大木の合間からの木漏こもれ日が綺麗だなあ。森はマイナスイオンが一杯だ。
俺は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。これも異世界の醍醐味だいごみである。
現実逃避をしてみたが、ルナに現実に引き戻されてしまう。
「どうして答えてくれないの?」
「楽しくはないよ」
楽しいという形容はできるけれども、厳密に言えばそういう感情とは少し違う気もする。
「じゃあどうして揉んだの?」
そこに山があるから、みたいに堂々と言ってみようか。
目の前に尻があったから。山を登るなら格好いいけど、お尻を揉んだ理由としてはあまり格好良くない。……やっぱり他の理由にしよう。
「寝ぼけていたんだよ」
「寝ぼけて二回も? 二回目は何か口元が笑っていたけど」
「まあ……その……何となく」
あの時、ルナは顔をあげてお尻の方を見ていた。きっと一度目で気づかれて二回目は見られていたんだろう。二回やったのは迂闊だった。
「じゃあ、大人はお尻を揉むのかな?」
前の世界ではモテなかったと思うし、その手の記憶はあまりないから、ルナの質問に正確な回答はできないが、揉まないとも言い切れない。
いや、獣人の大人達はどうなのだろう? 揉むのか? 揉まないのか?
どちらにしろこれ以上変なことは言えない。
「ねえ……レオは子供なのにどうして大人っぽいの?」
ルナが急に話を変えてくる。
「え? 大人っぽい? 俺が?」
「うん。
自覚はないけど、三歳児にしてはそうかもしれない。そもそも三歳プラス十六~十八歳だしな。
「変か?」
「ううん……そ、その……カ、カッコイイよ」
な、何だって。今、ルナは俺に「カッコイイ」と言ったのか。前世と合わせてもこれまで一度も言われたことがないぞ。
いや、前世の技術的な知識や一般知識はあっても、自分自身の生活の記憶はごっそり抜け落ちているから本当のところは分からないが、どうせ言われたことはないだろう。
ルドルフによれば、俺の前世はあまり楽しい人生を過ごしていなかったらしいしな。
しかも「カッコイイ」と言ってくれたルナは凄く可愛い女の子だ。猫耳と尻尾は生えているけど。
クリスティーナも俺を可愛いとは言ってくれるが、カッコイイと言ってくれたことはない。
もっと言って欲しい。
日本のアニメとか漫画の鈍感な主人公はこういったセリフを何度も言わせたいがために、鈍感で耳の遠いフリをしているだけではないだろうか。早速実践だ。
「え? 今何て?」
「な、何でもないよ」
二度言わせるのに失敗してしまったけれども、何だかとても気持ち良い。転生してよかった。
マリーに覚えさせて沢山言わせよう。でもアイツはおマセなところがあるから、言ってくれないかもしれない。
そうこうしているうちに、獣人の村に到着した。相変わらず子供しかいない。自分も子供だけど。
俺達に気づいて獣人の子供達が集まって来る。
「にゃにゃにゃーにゃにゃ」
「にゃにゃにゃにゃ!」
猫語が分からない俺でも見当がついた。ルナは子供達から「遊ぼうよ」とせがまれているのだと思う。
俺は袋から干し肉と干し魚を取り出した。これを子供達に配って道を開けてもらおう。名付けてギブミーチョコ、ギブミーガム作戦だ。本当は首輪を運ぶついでにお土産として買ってきただけだが、どちらにしろあげるつもりだったので別にいいか。
子供達は配った干し肉と干し魚をすぐに平らげてしまった。
「お腹減っていたのかな?」
「うん。皆も森で狩りしているけど人間に木々を伐採されて獲物も少なくなっているし、大人もいなくなっちゃったからね。お腹を空かせているんだよ」
「そうなのか……」
俺も人間だから責任を感じてしまう。そうだ、ルドルフに定期的にお小遣いをもらってグマン村で食料を買って届けてあげよう。
子供が二十人ぐらいだから、一週間で千ダラル(十万円)ぐらいもらってグマン村で食料を買えば足りそうだ。ルドルフの資産を考えれば、そのくらいだったら多分くれるだろう。
「俺が今日みたいに、毎週食料を届けてやるよ」
「ホント!?」
ルナが驚いた様子で俺の顔を見つめる。
「男子に二言はない」
「その約束を守ってくれるなら……私、レオに何でもしてあげるよ」
何でもしてあげるだって?
先ほどの「カッコイイ」も、「何でもしてあげる」も、死ぬ前に、いや転生前に言われたかったフレーズランキングのトップ10に入る。
転生してよかったなあ。ルドルフありがとう。
しかし、もし守れなかったらお尻の件は方々ほうぼうに言われてしまう気がするが。

俺達はミラ様の社に入った。
「なるほど。レオの親が作ったアーティファクトか」
「はい。この村の全員分あります。予備も何個か」
「ありがとう。恩に着る」
ミラ様が深々と頭を下げる。
「い、いや。俺は別に」
「ミラ様。レオは毎週食料も――」
「ルナ、今、言わなくても」
俺は小声でルナを止めたが、ルナは熱っぽく食料の件をミラ様に語ってしまった。
ミラ様は途中何度も頷きながら聞いている。
なるほど。見た目は二十代前半のセクシーなお姉さんだが、その仕草はちょっと年寄りっぽかった。
村の獣人の前では威厳を見せるためにそうしているのかもしれない。
「そうか。レオに何か礼をしたいが、生憎あいにく何もできないな」
「別に、お礼なんか何もいらないですよ」
見返りを求めて食料支援をするわけではない。それに、ルナからは何でもしてあげると言われているし、それだけで十分だ。
「そうだ。私はちょっとした能力があって、占いが得意なんだ。ひとつ、レオを占ってやろうか」
「え? 占いかあ」
あまり良い思い出がない気がする。神社のおみくじで毎回「凶」を引いていた記憶がよみがえった。ううっ。前世の記憶はほとんどないのに、よほど凶ばかり引いていたのだろうか。そんな気がしてならない。
「ミラ様の占いはよく当たるよ」
「うーん。じゃあやってみようかな。近い未来の運勢でも占ってよ」
「近い運勢だな」
ミラ様の目が俺の目をまっすぐに見る。
「……うん。やっぱり、他のことを占おうか」
「おい! ちょっと何で? 近い運勢を見てくれるんじゃないの? 教えてくれないと不安になるだろ」
「まあ、運命は自分で切り開くものだ」
「えええ!? 俺の近い未来って切り開くとかそんなレベルなの?」
やはり占いはろくでもない。
「そんなことよりも、もっと他のことを占ってやろう」
俺の近い未来は〝そんなこと〟レベルらしい。
「ルナとの相性占いなどどうだ?」
ルナは照れているのか、顔をらして首を横にふる。
「……いいです」
「ふふ。じゃあ私とレオを占ってみるか? 案外相性が良いかもしれんぞ」
占いは別に好きじゃないけど、お礼として善意でしてくれることを無下に断ることもないだろう。
「じゃあルナは嫌なようですので、是非お願いします」
ミラ様との相性を占ってもらおうとすると、ルナがムキになって言った。
「してもらうの? なら私とお願いします」
「え? ルナ、結局するのかよ? なら最初からやるって言えば良いのに」
ミラ様は笑って言う。
「お前も乙女おとめ心が分かっておらんな。いいからいいから、早速占うぞ」
そしてミラ様は占いをはじめた。占いと言っても特別なことはしない。ただ見るだけである。
俺は魔力感知をしてミラ様の魔力の動きを掴もうとしたが、魔力は僅かに動くだけで、複雑な魔法を発動しているとは思えない。
しかし、深いグレーの瞳で覗き込まれると、この行為に全く意味がないこととも思えない。
長い沈黙の後に、ミラ様は静かに言った。
「うむ。分かったぞ。お前達の相性はとても良い」
「ホントですか? どれぐらいですか?」
ルナは胸の前で手を合わせて喜ぶ。
「そうじゃな。……運命的なレベルでの好相性じゃよ」
運命的な相性か。ルナは目に歓喜の涙を浮かべている。
なるほどそういうことか。この占いは、言わばその人間が望んでいることをミラ様が読み取って伝えるものなのではないか。
「ありがとうございます」
俺もお礼を言うことにした。ところがミラ様は何故か不機嫌だ。
「ふん。まあワシの占いは確実に当たるからの」
何故ミラ様が不機嫌になるんだ? 俺も良い結果だと思うのに。折角だから、ミラ様と俺の相性も占ってもらおうか。ひょっとしたらミラ様は力を披露したいだけかもしれないし。
「あの~、ミラ様と俺の相性占いもしてもらっていいですかね?」
「ひぇ? わ、私?」
ミラ様が変な声をあげる。
「いや……私はいいよ……ホントに……」
あ、そうなのか。
「そうですか。では……」
止めようとすると、ルナが小さな声で俺にささやく。
「ちょっと、もっとお願いしなよ」
「え? だって本人が」
「いいから! ミラ様がやりたそうにしているでしょう?」
そうなんだろうか? 顔を見てもうつむいているからよく分からない。でもまあ、ミラ様の占いには何か不思議な力を感じたのは確かだ。
「あの、やっぱりお願いしたいのですが」
「そ、そうか。それならやってみるか? レオがそんなに望むのなら」
やはり吸い込まれるようなグレーな目で見つめられる。ミラ様に魔力の動きはほとんどない。……実は眉唾まゆつばなのだろうか?

ところが、今まで背筋を伸ばしていたミラ様は、突然床板に手をついてしまった。顔を伏せて荒い息をしている。
「ど、どうされたんですか?」
「ひょっとして占いの内容が悪かったの?」
ミラ様は呼吸を整えて背筋を伸ばして居住まいを正した。
「あ、いや。占いの……レオとの相性自体は最高だったよ」
占いの内容が悪くないなら、どうしたというんだろう? 何だかミラ様は顔色も悪い気がする。
「えええ? 私とミラ様だったら、レオとの相性はどちらが良かったんですか?」
「ふふふ。どっちかのう。比べることができないぐらい、どちらもいいみたいじゃぞ」
「そんな~」
ルナがミラ様に抗議する。ミラ様はいつもの様子に戻ったが、さっきのは尋常じんじょうではなかった。一体何が見えたというのだろうか?
そんなことを考えていると、ミラ様に手招きされる。猫型獣人なので猫まねきだろうか。獣人といっても猫耳と尻尾が生えているだけで、手は人間のものだけれども。
「何ですか?」
「いいからこっちに来い」
よく分からないけど、呼ばれるままにミラ様の近くに行ってみると、急に抱きしめられる。俺はでかい二つの乳に押しつぶされていた。当たり前だが、ミラ様の体、特に胸はマリーやルナとは一線を画している。
「レオはまだ三歳だから母の胸が恋しいだろう」
「ミラ様!」
ルナがミラ様の肩を引っ張って、必死に俺からがそうとしている。
ああ、転生して本当によかったなあ。
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 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

祖父ちゃん!なんちゅー牧場を残したんだ!相続する俺の身にもなれ!!

EAU
ファンタジー
祖父ちゃんが残した小さな村にある牧場。 四季折々の野菜や花が咲き、牧草地ではのんびりと家畜たちが日向ぼっこしている……んじゃないの!? は? 魔物を飼う? 錬金術で料理を作る? 希少価値の鉱石しか出てこない採掘所を作った!? この牧場、とにかくおかしい!! 祖父ちゃんよ、一体何をしたんだ!?

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