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終章 別れ

三節 最後の一歩

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 双子が親元に帰って半年、技術部の仕事は中々減らず、他の部から人手を借りてまで、修理に明け暮れている。
 その為に、なかなかルシフェルに遊んでもらえないクシェルの機嫌が全く良くない。
 イネスが育児を一手に引き受けてくれているから楽なのだが、現実はそうもいかないのである。
 夜よりも日中に遊んでもらいたいクシェル、休日返上で夜しか遊んであげられないルシフェル、二人の駆け引きに折れてしまったのはルシフェルの方だった。
 執務室でクシェルを抱っこしながら、精密機器をいじくりまわすのがどれだけ怖い事か。頭を抱えるルシフェルに、技術部の天使たちは何も言わない。
 ただ、賢いと評価されただけはあって、ネジの閉め忘れを指摘したり、壊れた個所を見ただけで当ててしまったりと、かなり助かっている面はある。
 そうは言っても遊びたい盛りの五歳、むやみに触って機械が暴走でもするとことであり、大人しくしていないとクシェルはイネスから叱りを受け、過ぎるとルシフェルも叱り、二人のストレスは溜まる一方だった。
 そんな日が続くある日、不意にクシェルが扉を見つめていることに気付いた。

「どうしたの?」

 それに気づいたイネスが声をかけた時、クシェルの顔が一気に明るくなった。

「ねーね」
「「は?」」
「ねーねたちが来る」

 そう言い放ったクシェルは、ルシフェルの邪魔をしないよう器用に膝から降りて、扉をあけ放った。

「ほら、ねーね来た!」

 ノックしようとしたところで扉が開いて呆然とするイムとセレ、本当にそこにいるとは思っていなかったルシフェルとイネスも呆然としてしまった。
 クシェルは他の女性天使を『お姉ちゃん』と呼称するが、双子の事は未だに『ねーね』と呼称する。クシェルなりの親愛の証である。

「ねーね、久しぶり!」

 クシェルのその一言で我に返った双子は、同時にクシェルを抱きしめて挨拶を交わした。

「久しぶりだな、イムちゃん、セレちゃん」
「久しぶりですね、イムちゃん、セレちゃん」
「「久しぶり、会いたくなったから来ちゃった」」

 ルシフェルもイネスも双子を抱きしめてあげて挨拶を交わした。
 工程が押しているのでソファーに座り、ルシフェルは作業を進めつつ、双子の近況報告を聞く。イネスは『少しだけ三人だけにしてあげようね』とクシェルを連れて隣室に戻っている。

「それで魔素を直接操る練習か」
「「うん」」

 今はその内朽ちてしまう人の体を魔素と入れ替える為、相応の変異魔素を作り出して制御を行う練習をしているらしい。
 今のままでは体の寿命は百を超えるかどうか、内包する変異魔素量が多いので、魂の結びつきは完全定着しているとは言えない。完全定着してからでは遅いので急いでいる。
 親たるイフリートやセルシウス、ルシフェルやラジエラ、ひいてはイネスよりも早く死ぬのが嫌で、かなり必死になっているようだ。
 今日ここに来たのは、必死過ぎる双子が不憫になってイフリートとセルシウスが、たまには休めと言って行かせたかららしい。

「急ぐ時ほど休息はしっかりな。失敗したらそれこそことだぞ?」
「「うん、わかった」」

 しっかりと頷いたのを見てルシフェルは安堵の表情を見せた。

「「お兄ちゃん」」
「なに?」
「「私たちが人の体を捨てる時、傍にいてくれる?」」
「勿論だよ」

 喜びの表情を浮かべて双子は頷いた。

「マリとは会ってきたの?」
「「うん。挨拶は済ませたよ」」
「そうだったのか、余計な心配だったな。仕事がまだ終わりそうにないから、それまでクシェルと遊んでくれる?」
「「勿論」」

 双子はソファーか降りると隣室へと消えて行った。
 半年と少しぶりに遊ぶのが相当うれしいのか、隣室からはキャッキャッと声が漏れてきている。
 イネスにとある頼みごとをして、今ある作業を終わらせる為に、集中するのだった。
 三時間後、技術部の天使に今日の修理分を渡して自室に戻ると、丁度、ミカエラによってクシェルの解析が行われている最中だった。
 セレもイムも特殊な存在とは言え、ろくに魔法が使えないクシェルが、来訪を的確に察知できた理由が全く分からない。つまり、技能を疑ってミカエラに技能鑑定を行えないか、イネスを相談に行かせたのである。

「疑いようがありませんでしたが、ルシフェルが考えている通りですね」
「やはり技能か」
「『察知』なので権能、先天性です」

 権能『察知』は、技能『千里眼』、『鋭敏五感』、『鋭敏魔覚』の三つによって構成される、先天性の強力な技能である。
 その気になれば、現在、誰が、何処で、何をしているか、までも把握可能であり、後方の参謀、参謀助手としては有能すぎるほど。

「イネスの血を引き、ルシフェルの血を引いているのですから、当然の技能ですね」

 ルシフェルは種族の呪いと、暗黙の掟によって生まれた頃から種族を偽って生活していた関係上、その経験が引き継がれている可能性がある。
 イネスは天族の仲間入りをしたと言っても、ルシフェルがいなければ立場が弱いので、お腹の中にいた頃にイネスを通して伝わり、権能獲得に至っている可能性がある。
 ミカエラはこれを言いたいのだ。

「何か、悪いことをした気分になるな」
「そうですね」

 二人して贖罪の意味でクシェルの頭を撫でてしまう。

「そんなことないよ」

 それが伝わって意味を理解したクシェルが否定の言葉を返してきた。それで撫でられても不快だと伝えたいのかもしれない。

「お前は優しいな」

 ルシフェルはクシェルを思いっ切り抱きしめた。次いでイネスもクシェルを抱きしめる。
 解放されたクシェルは双子と遊び始めた。

「前例のない事でも、まれに起こることでもないのです。元から天族とはこういうものなのですからね。心配しなくても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」

 そもそも、この年齢どころか生まれた頃から権能が発現するのが当たり前だった。多種族との混血が進んだことで、遅れ気味になっているのはここ最近の話である。

「それと抱っこや魔法を掛けられるのを嫌がるのはこの権能の所為です。生まれた時から権能で魔力の波長を感じ取って見分けており、本能と相まって親以外を受け入れるのに時間がかかったのでしょう」

 ミカエラによってようやく解けたクシェルが見せる反応の謎、ルシフェルもイネスも胸をなでおろした気分になっていた。
 ずっと気になっていたのである。技能であろうがなかろうが、教育方針に変更はないものの、からくりが分かれば効率よく教えることができる。本人とて、分かっていた方が自分の能力に怯えなくて済むわけで。
 今回の解析で分かった事をミカエラに教えてもらい、ミカエラが去った後、ルシフェルもイネスも双子と遊ぶクシェルを眺めているだけだった。
 それから双子は隔月でルシフェルの下を訪れるようになった。
 その都度『急いては事を仕損じる』と双子を宥め、イフリートとセルシウスが意図したように休息を取らせる。
 そんな双子は前にも増して甘えるようになり、左の太ももにセレ、右の太ももにイムの頭を乗せているのが風物詩となりつつあった。

「「なかなか上手く行かないの」」
「そりゃな、お前らの魔法は人の体が作りだした魔力頼りだからな」

 ルシフェルは精霊の魔力の性質は知っているが、使い方を知らない。そもそも、精霊の魔法と天族を含む人族の魔法では大きな乖離がある。
 精霊の魔力の正体は形を成した際の自然エネルギーであり、根本的に力としての性質が全く違う。
 自然エネルギーと言う言葉自体が総称であり、様々なエネルギーとして分類が可能で、だから精霊も様々存在しているのである。精霊が魔力として使うエネルギーには偏りがあり、魔素を触媒として利用する必要すらない。
 人族の魔力はニュートラルな性質をもち、魔素を触媒にしなければ魔法とならないのだが、精霊と違って多岐にわたる魔法を発動可能だ。

「魔素を相応に変異させるよりも、お父さんの魔力を完全に真似てみたらどうだ?他には二段階で作り出すとかな」
「「二段階?」」
「二人の魔力をお父さんの魔力と同じになるように魔素で変換して、変換した魔力で相応の変異魔素を作り出すんだよ。できるかどうかはさておきだがな」
「「なるほど~」」

 こういう方法を思いつくのもルシフェルの権能の力である。

「「お父さんの言った通りだったねー」」
「え?」
「セルシウス様もイフリート様も、もしかしたらルシフェル様の権能を当てにしていたのかもしれませんね」
「ほう」
「「あ」」

 やばいと思った双子は膝枕から飛び起きて寝具から降り、なんとルシフェルの目の前に正座をした。怒られると思ったのだが、ルシフェルにはそんな気はさらさらない。

「もう・・・そんなことで怒らないよ」

 魔法を使って二人を浮かせると、器用に元の膝枕の位置に戻してその頭を撫でた。

「素直に言えば手助けはしてあげる。俺にとって、お前らは妹でもあり娘だ。家族だっていったろ?」
「「うん」」
「だから素直に頼れ。な?」
「「うん!」」

 翌日、技術部の天使たちと話し合って時間をもらったルシフェルは、一先ず双子が練習場にしているとある島に向かった。
 まだ、地上では見つかっていない火山型の新しい無人島で、頂上から眺める周囲は見渡す限りの海で、水平線によって惑星が丸いと言うのが分かるほどだ。
 今回の件に興味がある、ミカエラ、サリエル、ガブリエラ、ルムエル、ルマエラが同伴している。更に、ガブリエラによってすべての精霊がここに集まっている。
 ルシフェルが言い出した方法が可能なのならば、精霊を人工的に生み出すことが可能だということでもあり、天族ではかなりの大事になっている。

「では行きますよ」

 最低限必要なのはセルシウスとイフリートの持つ自然エネルギーの情報、精霊が使う魔素に頼らない魔法の詳細だ。
 セルシウスが自身を構成する変異魔素を入れ替える魔法を使って、ルシフェルがそれを解析魔法で詳細を探り、同じことをイフリートでも行う。
 そして、ルシフェルは静かに一言こういった。

「可能」

 その証拠に、右手で紅い、右手で蒼い、小指の先ほどの大きさの魔水晶を作り出した。
 その魔水晶はミカエラが何度解析しても、精霊がその身から生み出した魔水晶であるという結果しか出ない。
 試しに紅い魔水晶をイフリートに、蒼い魔水晶をセルシウスに渡すと、その体に分解吸収されて、ミカエラの解析結果が正しいと証明された。
 これには天使たちも苦笑いした。
 その理由は高純度の魔水晶の作成方法が判明したからだ。魔素の触媒効果を二重で使う発想は、固定観念によって今まで浮かんでなかったのである。また、必要がなかったので深く追求しておらず、これを知っているユニゲイズが教えることも、聞くこともなかった。

「セレちゃん、イムちゃん、後は自分でやらないとね。それと、お父さんと同じでいいわけじゃないから、協力はするから自分で研究してね」
「「うん!ありがとう!お兄ちゃん!」」

 双子は思いっ切りルシフェルに抱き着いた。
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