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第十一章 復職

三節 入学?

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 久方ぶりに地上の神殿に舞い戻り、クシェルをイネスの母親と合わせた翌日のこと。
 子連れの旅団、それはそれで珍しいのだが、赤子連れはほぼない。組合で護衛依頼がないか探している間のイネスは相当大変だったようだ。
 クシェルが他の傭兵を見て泣くようなことはないが、触れようとするとぐずるので、歓迎はされていたのだが、あまり面白くない様子だった。
 イネスに似てくれたおかげで見目は良いので、それはまるでアイドルのようにもてはやされていたのには間違いがない。
 今日付けで出された割のいいアルマーダ共和国行きの護衛依頼を見つけ、依頼主を見て苦笑した。ギャロワ商会のモニクである。
 クシェルにメロメロの受付嬢に一声かけて手続きを済ませると、ルシフェルは一人で商会の建屋に向かった。

「やー、こんな偶然もあるもんだねぇ」

 白々しいとはこのことを言うのだろう。今はギャロワ商会の宿を取っているので、ルシフェル達が戻っていることは分かっているのである。
 数日前からある依頼ではなく、銀級傭兵三人以上の旅団指定、獣魔使い歓迎なんて言っている時点でお察しである。
 ギャロワ商会にはお抱えの護衛がいるのだから、よほどでなければ組合経由で依頼など出さないことを考慮すると確信犯である。

「まさか、即日で受けてくれる旅団が見つかるなんて思ってもなかったよ」
「そうですか」

 割がいいのでそれはそれだ。
 行程は聖国を囲む五ヶ国の内、南西に位置するクルノフ皇国から西へスンツバル王国、そこから南西のアルマーダ共和国へとそれぞれの首都を経由して向かう。
 クルノフ皇国とスンツバル王国の首都滞在はそれぞれ三ヶ月だが、荷物の集まり具合で約一ヶ月ずつ前後する。
 クルノフ皇国の首都までが十二日、そこからスンツバル王国の首都までが十五日、アルマーダ共和国の首都までが十五日となる。
 一見、拘束期間は七ヶ月から一年に見えるのだが、首都滞在中の護衛は必要がないので対価は支払われず、その間は自由の身となるので、実際の拘束期間は一ヶ月と半月となる。


「出発は十日後だ。それから、あんたの妹さんが作っている服なんだが、うちで取り扱うことはできないか?」
「できません」
「なぜ?」
「希少性の損失、卸売り価格の上乗せによる高騰と不買い、本業への支障。あくまでも我々が使う服を彼女が趣味として作り、その上で彼女自身が納得せず、双子が気に入らなかったものを売っています」

 ラジエラの服作りは一着当たり最低でも五日、最長で一ヶ月を要する。デザインを起こして型紙を作り、裁断、縫い合わせ、刺繍を一人で行っているからだ。量産性よりも機能性を重視してもいるので、年間に作れる服の数はそう多くない。
 最も時間がかかるのはデザインで、デザインと同じものができるとも限らない。本人が納得しないとそもそも渡してくれないどころか、破いて雑巾にしてしまうこともある。
 双子はある程度お揃いにしてあげないと着てくれないので、初めのころは子供服が余っていたが、余った服もお揃いを新たに作ると着てくれるので、意外と余らないのである。

「じゃあ、どうしたら売ってくれるんだい?」
「全損益をかぶってもらえるのなら、ですね」

 さすがのモニクもこれには顔をしかめた。
 要するに売る気はないのである。

「分かった。服の話はなかったことにしよう。じゃ、十日後、よろしくな」
「よろしくお願いします」

 商会の建物から出て大きく溜息を付いた。
 こうした事前の打ち合わせ等はいつもならイネスが隣にいるはずなのだが、クシェルが生まれてからはそうはいかなくなった。
 案外寂しいものだと思う反面、クシェルと言う息子がいる喜びもある。
 宿に戻ろうと歩を進めようとすると、レイモンに声をかけられた。

「なんだ、一人か」
「ああ」
「珍しいこともあるんだな」

 ルシフェルの隣には、必ず双子なりラジエラなりイネスなりがいた。今日のように一人で行動している時などほぼない。
 立ち話もなんだからと、宿に向かいながら話をする。

「それはそれとしてだな、次はどこに向かうつもりなんだ?」
「クルノフ皇国とスンツバル王国を経由してアルマーダ共和国に行くつもりだ」
「経由する国はどれくらい滞在するんだ?」
「ギャロワ商会次第だが三ヶ月くらいだ」

 ギャロワかと何か考えている様子、そうして彼は口を開いた。

「今、神殿経由でな、スンツバル王国から王立学園へ双子を入学させてみないかと言う誘いが来ている。無論スンツバル王国だけじゃねぇ。大陸にある国全部からだ。精霊の御子が通ったと言う実績が欲しいだろうよ。双子はもう十二才だろ?」
「ああ。だがなぁ」
「お前さんにも、双子にも何の利点もないだろうっていうのは分かってるんだが、こっちも勝手に返答するわけにもいかずな」

 そう思っているのなら断ってくれる方が手っ取り早かったのだが、やはり万が一にも天使の意向に沿わなかった時が怖かったのだろう。そこは察してやるべきだ。

「教育水準は高い、スンツバルの学園の三割は留学生だしな」
「読み書き算術は既にできてるぞ」
「だよなー」

 結局はその程度なのだ。
 何ならイムに至っては関数から微積、極限、数列と言った数学を扱え、古語も会得しつつある。セレも負けてはいないのだが、イムに比べると幾分劣る。
 ベンチのある広場を見つけ、ベンチに腰を落ち着けた。

「歴史なんて学んでもしょうがないだろうし、魔法や剣術なんかあんたが教えたほうがよっぽど高水準なんだろ?」
「魔法は当然だが、俺のは剣術じゃないんだ」
「そうなのか」

 そう言って大盾はあろうかと言う幅に身の丈はあろうかと言う剣を取り出して見せた。

「こいつは・・・」
「持ってみろ」

 そう言って柄頭を向けた。

「はぁ?!」

 ルシフェルが手を離すと同時にずっしりとした重みがレイモンの手にかかったのだが、大きさの割には軽い。

「なんだこりゃ」

 柄頭を向けられて手に取るとルシフェルはしまい込んだ。

「一般的な大剣術も違う。軽さと強度を両立し、超微振動による超硬質金属刃でなんでも断ち切ってしまうと言うしろもんだ」

 持ち手には結紐が巻かれグリップを良くし、刃の部分に硬質金属を仕込んであるが、それ以外はカーボンナノチューブのファイバー繊維を織り込んで作られた素材の特別製だ。内部をトラス構造にして強度、軟度、軽量を両立してあり、魔力を流せば刃は超高周波で振動する。

「こんなところで見せても大丈夫なのか?」
「合同作戦に参加すりゃばれるんだ。遅いか早いかの違いだ」
「そりゃそうか」

 レイモンの心配そうな顔はすぐに納得に変わった。遅かれ早かれ、いずれは使っているところを見られてしまうのである。隠し通そうと言うのが土台無理な話である。

「どちらかと言えば盾術になるだろうな。そもそも、身体能力任せで使っているからたいそうな技術でもないし、あれは天使様からの賜りものだ」
「なるほどなぁ」

 こちらに来てもまともに剣を振ったことなどない。リールとニクスがいるので獣魔が寄ってくることはほぼなく、二匹が連携を取れば危なげなく狩ってしまうので出番がなかった。
 そもそも、銃が存在する世界で剣は役に立たない。それこそ対人ならナイフの方がよほど役に立つ。
 膝付近に蹴りを入れて体勢を崩して致命の一撃を入れる。ただこれですら、どんな剣よりも銃の方が少ない動作で素早くなる。
 亜音速、あるいは音速で飛翔する銃弾に反応するのは超人と言っても過言ではない。いくら天使と雖も、反応できるのは片手で数えられる程しかいない。
 その中にルシフェルも入ってはいるのだが、それも一対一の決闘の場合でしかない。
 それだけの身体能力と視力を持っているので、小手先の技術を駆使する程度ならば簡単に組み伏せてしまえる。
 技術など有って無い物にできてしまえる上に、大剣自体も片手で数えられる程しか使ってこなかったので、体得してないのだ。

「セレちゃんにしてもイムちゃんにしても、俺と同じように魔法で接近戦ができるから必要ない。それこそ、実践型の教え方をしてるんだから、そこに放り込んだら本人たちどころか他の生徒もかわいそうだ」
「想像つくわ」

 学園で習う剣術も魔法も儀礼寄りで実践には程遠い。
 天で訓練をしている時に気付いたのだが、戦闘においてその気になるとセレは冷徹に粛々と、イムは烈火のごとく、相手が誰であろうと容赦しない。それが問題になるのは目に見えている。

「断るんなら神殿から連絡を入れるが」
「一ヶ月間ほど体験入学みたいなことはできないのか?何なら一日でもいい」
「ああ、確かにそれなら、双子ちゃんが行ってみたいなんて言っても応えられるな。天使からの預かり子なんだから融通するだろう。出発はいつだ?」
「十日後だ」

 クルノフ皇国到着時に教会へ宿か借家を知らせれば、あとは繋ぎになると言う。また、滞在中には分かるだろうとも。
 相手が入学の一点張りなら話はなかったことにするように言った。
 商業区の人通りは途切れることがない。気象が元に戻ったことで滞っていた物流が復活し始めたことで、ひっきりなしに馬車が行き交い、こちらに来た当初よりも活気にあふれている。

「なぁ?」
「ん?」
「帯剣はしないのか?」
「そういえば考えもしなかったなぁ」

 当時、双子とマリのことで手いっぱいで考えが及ばなかった。
 ただ、今までそれで困っていないのだ。今更それをしたところで何も利点がない。

「それらしくした方がいいのは間違いねぇ。まぁ、前衛の魔法使いじゃ、寧ろ何を持てばいいんだよって話だよな」
「そうなるんだよ、結局な」

 得物を見せておく利点、それは戦闘にいて何をするのか見た目で判断できるところにある。また、その装飾によって実力を測ることも可能だ。
 ギャロワ商会の護衛依頼を受けた時も指摘はあったのだが、ルシフェルの戦闘スタイルではそれができない。
 彼らが言うように、魔法で前衛を張ると言うのは、この世界では考えられないことだ。常時起動や遅延起動の魔法がないわけではないが、元々の魔力量が多い天使だからできることでしかない。
 組合どころか、神殿付き傭兵団の『民の矛』ですらこれには頭を抱えた。
 で、どうしたかと言えば、『天使に導かれた者として稀有な魔力量と回復力をもって、近距離戦すら可能な魔法使い』として喧伝したのだった。
 双子のことで喧伝していたことに肉付けした程度でしかないが。

「一ヤーツ|(七十六センチメートル)の短杖ならどうだ?一々説明するのも癪だろ?」

 ルシフェルは一応同意を示した。
 その程度の短杖ならば意匠次第では邪魔にならない。イネスとラジエラが使っているのは身の丈もある長杖だが、何も魔法使い全員が長杖と言うわけではない。
 ただ、短杖の場合は魔法も使える戦槌使いと言う印象があり、器用貧乏や中途半端と言う印象の方が強くなってしまう。この点は、傭兵格が銀の為さほど気にすることでもないだろう。
 旅団と言う性質上、合同で依頼を受けるようなことがあれば、馴染みばかりとはならない。その度に説明するのは面倒である。

「騎士の中には短杖を使うやつもいるから、神殿から安く回させるぞ?」
「見ることはできるのか?」
「もちろん。予備もあるから、なんなら今日提供できるかもな」

 思い立ったら吉日と言わんばかりに二人は神殿へと向かった。
 結果、その日のうちに提供してもらい、さほど重量もない為、以降は腰に下げるようになったのだった。
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