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第八章 波紋
三節 甘えん坊爆発
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天の神殿で結婚式を挙げ、地上でも夫婦と名乗るようになってから少し変化があった。
双子が明確に性を意識しだしたのである。
その所為か、以前にもまして双子の部屋からキャッキャと聞こえるようになっていた。その為、勉強の項目に性教育に関するものを加えた。
また、双子と共有する時間に差が出始め、イムがルシフェルの傍によくいるようになった。
式から三ヶ月ほど経ったある日の夜、寝られないと言って一階にやってきたイムは当然のようにルシフェルの横に腰を落ち着けた。
リールのぬいぐるみを抱く彼女は、寒いからと言ってソファーの上で膝を抱きかかえルシフェルにくっつく。
朱月の終わり、夜は肌寒いで済まなくなってきたので仕方ない。
彼が席を立つと寂しそうに見上げてしょんぼりとうつむいてしまうのだが、外套を着せられて取りに行っただけだとわかると、表情が和らいで座った彼にまた体をくっつけた。
ラジエラとイネスは既に就寝している。最近少し疲れやすいと嘆くイネスが早くに寝てしまい、ラジエラも服作りに疲れたと言って、つられるように寝てしまっている。
「どうして寝れないの?」
「セレちゃんの寝相」
「そんなに悪いの?!」
次に行く場所を決める為に携帯端末で地図と依頼を眺めていた彼は、驚いて彼女の方を見た。
セレとイムの運動量には大きな差がある。確かに、今日のセレはよく動いていた。
「うん。時々肘打ちされて、乗っかってくる」
「そっか・・・」
別々がいいと聞くと嫌だという。
これまで別々に寝かせたことがなく、外部的な要因がなければ一緒にいるし、分かれて行動させようとすると二人とも嫌がる。見える位置にいれば許容するが、相手が見えない位置、分からない位置にいるのは絶対拒否である。
聞けば拉致のことがトラウマになっているようである。
二段になった寝具もあり、それがいいというのだが、持ち運びする程の余裕を持った空間魔法は難しい。
「じゃあ、我慢しなきゃいけないよ?」
「うー」
言葉にしないが、彼の腕を抱きしめているところを見るとそれも嫌なようだ。
「でも、別々は嫌なんだよね」
「うん」
反応を見る限り別室の方が嫌なようである。
トラウマの克服にはまだ早いのかもしれないとよぎるが、魔力の余裕を考えると二段寝具は持ち運べない。
天の神殿に置いておくのも手だが、いちいち取りに行くのもだるい。
「二段でもいいんだよね?」
「うん。できるなら二段がいい」
「じゃぁ、簡易寝具にしようか」
「簡易寝具?」
要するにキャンプベッドである。布張りで折りたたむとかなり小さくなるので持ち運びも楽だ。天幕は作れたので、それを応用するといいだけである。問題は横幅が狭くなってしまうことだが、これについてはセレが嫌がるのならイムが使うことを約束させた。
空気で膨らむエアーベッドも考えたのだが、作れるほどの技術と素材がない。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「すぐにはできないから、しばらく我慢ね」
「うん」
物がないので完全解決とはいかないが、安心して寝られるようになるのがうれしいらしく笑顔を見せた。
また、簡易寝具が届くのが楽しみらしく、ずいぶん上機嫌である。気付いてあげられなくてごめんね、と頭をなでると、大丈夫と返された。
イムに腕を抱かれながら先ほどの続きを再開し一時間、一向に寝に行く様子を見せず、眠そうな様子も見せない。
「そんなに痛かったの?」
「結構痛かったよ。どうして?」
「眠そうにないから」
「目、冴えちゃった」
それじゃあ、とイムからするりと腕を抜き、台所でミルクを温める。ホットミルクを飲ませて一度体温を上げて、しばらくして体温が下がることで眠気を誘発しようというわけである。一日二十六時間の内、二十五時を回ろうとしているので、これ以上の夜更かしはよろしくない。
ホットミルクを渡された彼女はゆっくりすするように飲む。
「ねぇ、イムちゃん」
「なーに?」
「この街に来るまであんまり我儘言わなかったよね?どうして?」
「我儘?」
よくわかっていないのか、彼を見上げて首をかしげる。
「ほら、屋台でさ、おいしそうとか言いながら、俺とかマリを見てほしいとは言わなかったでしょ?」
「うん」
「でも、この間の螺鈿の髪留め、欲しいって聞かれてようやく欲しいって言ったよね」
「うん」
「我儘って、要するにあれ欲しいとか、これ欲しいとか言うことなんだよね。今日も二段寝具がいい、欲しいって言ってくれたでしょ?服とか髪飾りとか、欲しくなかったの?外食したいって言わないし」
ようやくわかったのか、カップを置いて少し考えて口を開いた。
「あのね、お兄ちゃんとマリお姉ちゃんが作ってくれる食べ物のほうがおいしいの。最初ね、見た時はおいしそうだなーって思うんだけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんの顔見ると、作ってくれたものの方がおいしいから要らないってなるの」
「あー。じゃぁ、服とか装飾品はマリが作ってくれるから?」
「うん。一緒に作ってたから、その方が欲しいものができるの。一緒に作ったほうが楽しいの」
「そういうことか・・・セレちゃんも?」
「すごく楽しそうだったし、たぶん」
これを聞いたルシフェルは、ばかばかしい悩みだったとがっくり頭を垂れた。
そう、イムの言う通り、双子が我儘を言わない最大の原因はこれである。食事も、服も、装飾品、つまりアクセサリーも、ルシフェルとラジエラが与えるものが先進的で上を行くので、物欲はあってないようなものだったのだ。
「遠慮してたんじゃないんだね」
「んー、たぶんしてない。ダメだった?」
「いいや、本当にいい子だなって。セレちゃんも」
「お父さんに言われたもん」
と言っているが関係ない。
「はぁ、そっか、そうだったのかー」
特大の溜息を付く彼が彼女には不思議でならない。
「どうしたの?」
「ん?あのね、二人が我儘言わないのが心配だったの」
「どうして?お父さんは我儘言っちゃダメだよって言ってたよ」
複雑な表情で見上げる彼女、不安、悲哀、恐怖が入り混じっているのだろう。頭を撫でてあげてから話を続ける。
「心性過負荷悪種反応|(ストレス)って教えたっけ?」
「まだ。初めて聞いた」
「心性過負荷悪種反応って、色んな要因、我慢とか、嫌なこと、悲しいことがあったとかね、そういう良くない心の動きが短期間で重なっていって、病気を引き起こすの」
「成長痛とか?」
病気と言っても、双子は成長痛以外の体験がない。それこそ、イムは痛がるセレを間近に見ていただけで、他の病気は聞いたことがあるだけだ。
「そうだね、それ以外の、本当に怖い病気を引き起こすこともあるから心配だったんだよ」
「そうなんだ。なんか、ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。でもね、ほんとに怖いことだから、何かあったらすぐ言ってね。できることは全部してあげる」
「でも・・・」
父親の言葉が引っかかるのだろう。健気ないい子である。
「できないことはちゃんと言うから、それを我慢してくれれば大丈夫。まずは言ってみて、頭ごなしに無理なんて言わないし、病気なって辛いのはお兄ちゃんもお姉ちゃんも一緒だし、その方が嫌なんだよ」
「うん、分かった」
「いい子、いい子」
しっかり抱きしめてあげると泣きそうな顔から一転して笑顔になった。これ幸いと、顔を彼の服にうずめてしまう。
「お兄ちゃんに抱きしめてもらうの好き」
「そう?」
「うん」
「じゃぁ、ぎゅー」
ならばと、もう一度抱きしめてあげてあげると、小さくキャーと声を上げる。開放すると少しだけ物悲しそうにした。
彼女は置いていたホットミルクのカップを手にして一口、二口と飲む。
「ねぇ、もう抱っこって無理だよね。ずっとはきつい、よね?」
「ずっとはきついなぁ、おんぶじゃ嫌?」
「お兄ちゃんの顔が見えないから抱っこの方がいいの。後ね、翼があるとなんか苦しそうに感じるの」
そう言ってまたうつむいてしまった。
彼は彼で、翼が締め付けられる辛さを感じさせないようにしていたのだが、伝わってしまっていたことに悔しさを感じた。
「きついんだよね?」
「できないことはないんだけどね」
「じゃぁね、座ってる時のお膝はダメ?」
「おひざ・・・」
お膝とは膝抱っこのことである。しかし、なぜお膝につながるのかわからない。しかも、どこか必至である。
「外で夜間警戒してる時以外ならいつでもいいよ」
「ほんと?!今いい?」
「いいよ」
左腕を上げて誘うと、嬉しそうに乗ってきた。足が冷えないよう横に座らせて外套をかけなおす。
「あったかーい」
ぴったりを身を寄せ、目を閉じ、幸せそうにする。
「急に抱っことかお膝とか、どうしたの?」
「だって・・・」
途端に言いよどんで、服をつかんでいる手の力が強くなり、もっと身を寄せようとする。
本当にどうしたというのか、ラジエラが似たようなことをしたときはあったが、状況が違う。怖い夢とか怖いテレビ、映画を見た時が多かった。再会したときは、また離れ離れになるが怖かったからと言っていた。
イネスに取られたように思ったのか。しかし、家族になると言ったらセレと一緒に大喜びしたはずである。
「だって?」
「イムだってお兄ちゃんのこと好きだもん!」
知識が先行して本質の理解が及んでいないのか、分かっていて本気で言っているか、図り兼ねるところではある。
天使の羽衣を着たイネスを間近に見た憧れ、最近やるようになった性教育に影響され、九つの子が言っているのだから、勘違いしているだけだろう。
「ありがとう」
「お兄ちゃんはイムのこと好き?」
「好きだよ」
「じゃあね、むう」
好きと返されると目を輝かせたのを見て彼女の口を手で塞いで辞めさせた。開放すると怒っているのか頬を膨らませている。
間違いないのだが、本質を理解した上で言っているのなら返しはちゃんと考えなければならない。
「マリやイネスのことは好きなの?」
「好きだよ。でも違うよ」
聞きたいことが分かっているような返しをされ、子供は本当に鋭いと思い直す。追加でセレやラファエル、イフリートのことを聞いても違うという。
「どう違うの?」
そう聞くと黙ってしまった。ラジエラはちゃんと教えていないのだろう。寧ろ、経験があるのかも怪しいのでちゃんと教えられないのかもしれない。
そういうルシフェルとて、ちゃんと教えられるのかは怪しい。
「一緒にいる時はどう違うの?」
「安心する、誰よりもお兄ちゃんといる時の方が安心する」
「他には?」
「んー・・・ずっと、ずっと一緒にいたいって思う」
彼女にトラウマが無くて、自分で考えて行動できて、その行動に責任を持てる、果たせる年齢ならば、彼とて受け入れるか拒絶する責任はある。
「どうしてほしい?どうしたい?」
「お兄ちゃんと結婚したい」
「イネスがいるのに?」
「ダメなの?」
彼自身は一夫多妻を否定していない。
平等に愛せるかと言えば、まず無理なので、そこを受け入れた上で本人たちがそれでいいと思っているのなら勝手にすればいいと思っている。彼の考え方はその延長上にしかない。
とは言え、ダメかと聞き返されるとは思っていなかった。一夫一妻は問題が起きないようにする為の人族特有の考え方でしかない。天族もそのあたりは緩い。
「もし、イネスがいいと言った上で、十年後同じ気持ちならその時に返事してあげる」
「ほんと?」
「嘘は言わないよ」
問題を先延ばしにした訳だが、知識を身に着けていけば考え方が変わっていくのだ。そこまで純粋ではないはずである。
双子が明確に性を意識しだしたのである。
その所為か、以前にもまして双子の部屋からキャッキャと聞こえるようになっていた。その為、勉強の項目に性教育に関するものを加えた。
また、双子と共有する時間に差が出始め、イムがルシフェルの傍によくいるようになった。
式から三ヶ月ほど経ったある日の夜、寝られないと言って一階にやってきたイムは当然のようにルシフェルの横に腰を落ち着けた。
リールのぬいぐるみを抱く彼女は、寒いからと言ってソファーの上で膝を抱きかかえルシフェルにくっつく。
朱月の終わり、夜は肌寒いで済まなくなってきたので仕方ない。
彼が席を立つと寂しそうに見上げてしょんぼりとうつむいてしまうのだが、外套を着せられて取りに行っただけだとわかると、表情が和らいで座った彼にまた体をくっつけた。
ラジエラとイネスは既に就寝している。最近少し疲れやすいと嘆くイネスが早くに寝てしまい、ラジエラも服作りに疲れたと言って、つられるように寝てしまっている。
「どうして寝れないの?」
「セレちゃんの寝相」
「そんなに悪いの?!」
次に行く場所を決める為に携帯端末で地図と依頼を眺めていた彼は、驚いて彼女の方を見た。
セレとイムの運動量には大きな差がある。確かに、今日のセレはよく動いていた。
「うん。時々肘打ちされて、乗っかってくる」
「そっか・・・」
別々がいいと聞くと嫌だという。
これまで別々に寝かせたことがなく、外部的な要因がなければ一緒にいるし、分かれて行動させようとすると二人とも嫌がる。見える位置にいれば許容するが、相手が見えない位置、分からない位置にいるのは絶対拒否である。
聞けば拉致のことがトラウマになっているようである。
二段になった寝具もあり、それがいいというのだが、持ち運びする程の余裕を持った空間魔法は難しい。
「じゃあ、我慢しなきゃいけないよ?」
「うー」
言葉にしないが、彼の腕を抱きしめているところを見るとそれも嫌なようだ。
「でも、別々は嫌なんだよね」
「うん」
反応を見る限り別室の方が嫌なようである。
トラウマの克服にはまだ早いのかもしれないとよぎるが、魔力の余裕を考えると二段寝具は持ち運べない。
天の神殿に置いておくのも手だが、いちいち取りに行くのもだるい。
「二段でもいいんだよね?」
「うん。できるなら二段がいい」
「じゃぁ、簡易寝具にしようか」
「簡易寝具?」
要するにキャンプベッドである。布張りで折りたたむとかなり小さくなるので持ち運びも楽だ。天幕は作れたので、それを応用するといいだけである。問題は横幅が狭くなってしまうことだが、これについてはセレが嫌がるのならイムが使うことを約束させた。
空気で膨らむエアーベッドも考えたのだが、作れるほどの技術と素材がない。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「すぐにはできないから、しばらく我慢ね」
「うん」
物がないので完全解決とはいかないが、安心して寝られるようになるのがうれしいらしく笑顔を見せた。
また、簡易寝具が届くのが楽しみらしく、ずいぶん上機嫌である。気付いてあげられなくてごめんね、と頭をなでると、大丈夫と返された。
イムに腕を抱かれながら先ほどの続きを再開し一時間、一向に寝に行く様子を見せず、眠そうな様子も見せない。
「そんなに痛かったの?」
「結構痛かったよ。どうして?」
「眠そうにないから」
「目、冴えちゃった」
それじゃあ、とイムからするりと腕を抜き、台所でミルクを温める。ホットミルクを飲ませて一度体温を上げて、しばらくして体温が下がることで眠気を誘発しようというわけである。一日二十六時間の内、二十五時を回ろうとしているので、これ以上の夜更かしはよろしくない。
ホットミルクを渡された彼女はゆっくりすするように飲む。
「ねぇ、イムちゃん」
「なーに?」
「この街に来るまであんまり我儘言わなかったよね?どうして?」
「我儘?」
よくわかっていないのか、彼を見上げて首をかしげる。
「ほら、屋台でさ、おいしそうとか言いながら、俺とかマリを見てほしいとは言わなかったでしょ?」
「うん」
「でも、この間の螺鈿の髪留め、欲しいって聞かれてようやく欲しいって言ったよね」
「うん」
「我儘って、要するにあれ欲しいとか、これ欲しいとか言うことなんだよね。今日も二段寝具がいい、欲しいって言ってくれたでしょ?服とか髪飾りとか、欲しくなかったの?外食したいって言わないし」
ようやくわかったのか、カップを置いて少し考えて口を開いた。
「あのね、お兄ちゃんとマリお姉ちゃんが作ってくれる食べ物のほうがおいしいの。最初ね、見た時はおいしそうだなーって思うんだけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんの顔見ると、作ってくれたものの方がおいしいから要らないってなるの」
「あー。じゃぁ、服とか装飾品はマリが作ってくれるから?」
「うん。一緒に作ってたから、その方が欲しいものができるの。一緒に作ったほうが楽しいの」
「そういうことか・・・セレちゃんも?」
「すごく楽しそうだったし、たぶん」
これを聞いたルシフェルは、ばかばかしい悩みだったとがっくり頭を垂れた。
そう、イムの言う通り、双子が我儘を言わない最大の原因はこれである。食事も、服も、装飾品、つまりアクセサリーも、ルシフェルとラジエラが与えるものが先進的で上を行くので、物欲はあってないようなものだったのだ。
「遠慮してたんじゃないんだね」
「んー、たぶんしてない。ダメだった?」
「いいや、本当にいい子だなって。セレちゃんも」
「お父さんに言われたもん」
と言っているが関係ない。
「はぁ、そっか、そうだったのかー」
特大の溜息を付く彼が彼女には不思議でならない。
「どうしたの?」
「ん?あのね、二人が我儘言わないのが心配だったの」
「どうして?お父さんは我儘言っちゃダメだよって言ってたよ」
複雑な表情で見上げる彼女、不安、悲哀、恐怖が入り混じっているのだろう。頭を撫でてあげてから話を続ける。
「心性過負荷悪種反応|(ストレス)って教えたっけ?」
「まだ。初めて聞いた」
「心性過負荷悪種反応って、色んな要因、我慢とか、嫌なこと、悲しいことがあったとかね、そういう良くない心の動きが短期間で重なっていって、病気を引き起こすの」
「成長痛とか?」
病気と言っても、双子は成長痛以外の体験がない。それこそ、イムは痛がるセレを間近に見ていただけで、他の病気は聞いたことがあるだけだ。
「そうだね、それ以外の、本当に怖い病気を引き起こすこともあるから心配だったんだよ」
「そうなんだ。なんか、ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。でもね、ほんとに怖いことだから、何かあったらすぐ言ってね。できることは全部してあげる」
「でも・・・」
父親の言葉が引っかかるのだろう。健気ないい子である。
「できないことはちゃんと言うから、それを我慢してくれれば大丈夫。まずは言ってみて、頭ごなしに無理なんて言わないし、病気なって辛いのはお兄ちゃんもお姉ちゃんも一緒だし、その方が嫌なんだよ」
「うん、分かった」
「いい子、いい子」
しっかり抱きしめてあげると泣きそうな顔から一転して笑顔になった。これ幸いと、顔を彼の服にうずめてしまう。
「お兄ちゃんに抱きしめてもらうの好き」
「そう?」
「うん」
「じゃぁ、ぎゅー」
ならばと、もう一度抱きしめてあげてあげると、小さくキャーと声を上げる。開放すると少しだけ物悲しそうにした。
彼女は置いていたホットミルクのカップを手にして一口、二口と飲む。
「ねぇ、もう抱っこって無理だよね。ずっとはきつい、よね?」
「ずっとはきついなぁ、おんぶじゃ嫌?」
「お兄ちゃんの顔が見えないから抱っこの方がいいの。後ね、翼があるとなんか苦しそうに感じるの」
そう言ってまたうつむいてしまった。
彼は彼で、翼が締め付けられる辛さを感じさせないようにしていたのだが、伝わってしまっていたことに悔しさを感じた。
「きついんだよね?」
「できないことはないんだけどね」
「じゃぁね、座ってる時のお膝はダメ?」
「おひざ・・・」
お膝とは膝抱っこのことである。しかし、なぜお膝につながるのかわからない。しかも、どこか必至である。
「外で夜間警戒してる時以外ならいつでもいいよ」
「ほんと?!今いい?」
「いいよ」
左腕を上げて誘うと、嬉しそうに乗ってきた。足が冷えないよう横に座らせて外套をかけなおす。
「あったかーい」
ぴったりを身を寄せ、目を閉じ、幸せそうにする。
「急に抱っことかお膝とか、どうしたの?」
「だって・・・」
途端に言いよどんで、服をつかんでいる手の力が強くなり、もっと身を寄せようとする。
本当にどうしたというのか、ラジエラが似たようなことをしたときはあったが、状況が違う。怖い夢とか怖いテレビ、映画を見た時が多かった。再会したときは、また離れ離れになるが怖かったからと言っていた。
イネスに取られたように思ったのか。しかし、家族になると言ったらセレと一緒に大喜びしたはずである。
「だって?」
「イムだってお兄ちゃんのこと好きだもん!」
知識が先行して本質の理解が及んでいないのか、分かっていて本気で言っているか、図り兼ねるところではある。
天使の羽衣を着たイネスを間近に見た憧れ、最近やるようになった性教育に影響され、九つの子が言っているのだから、勘違いしているだけだろう。
「ありがとう」
「お兄ちゃんはイムのこと好き?」
「好きだよ」
「じゃあね、むう」
好きと返されると目を輝かせたのを見て彼女の口を手で塞いで辞めさせた。開放すると怒っているのか頬を膨らませている。
間違いないのだが、本質を理解した上で言っているのなら返しはちゃんと考えなければならない。
「マリやイネスのことは好きなの?」
「好きだよ。でも違うよ」
聞きたいことが分かっているような返しをされ、子供は本当に鋭いと思い直す。追加でセレやラファエル、イフリートのことを聞いても違うという。
「どう違うの?」
そう聞くと黙ってしまった。ラジエラはちゃんと教えていないのだろう。寧ろ、経験があるのかも怪しいのでちゃんと教えられないのかもしれない。
そういうルシフェルとて、ちゃんと教えられるのかは怪しい。
「一緒にいる時はどう違うの?」
「安心する、誰よりもお兄ちゃんといる時の方が安心する」
「他には?」
「んー・・・ずっと、ずっと一緒にいたいって思う」
彼女にトラウマが無くて、自分で考えて行動できて、その行動に責任を持てる、果たせる年齢ならば、彼とて受け入れるか拒絶する責任はある。
「どうしてほしい?どうしたい?」
「お兄ちゃんと結婚したい」
「イネスがいるのに?」
「ダメなの?」
彼自身は一夫多妻を否定していない。
平等に愛せるかと言えば、まず無理なので、そこを受け入れた上で本人たちがそれでいいと思っているのなら勝手にすればいいと思っている。彼の考え方はその延長上にしかない。
とは言え、ダメかと聞き返されるとは思っていなかった。一夫一妻は問題が起きないようにする為の人族特有の考え方でしかない。天族もそのあたりは緩い。
「もし、イネスがいいと言った上で、十年後同じ気持ちならその時に返事してあげる」
「ほんと?」
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