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三章
予想だにしない躓き
しおりを挟む「美優希ちゃん、俺、あの子の為に引退してもいいぞ」
夏樹と翔が帰った後、ココノエ選手は大真面目にそう言った。
どれくらいパズルゲームが上手いのか、畑違いと言う事もあった為、美優希はココノエ選手を呼んで確かめた。後日にするつもりだったのだが、即日になったのはココノエ選手が面倒臭いからとすぐにと言ったからである。
美優希が会社を継いだ後、ジャストライフゲーミングのオーナーは美優希になる。その為、美優希はFPSゲーム以外でもスカウト能力を身に付けたかったのが理由だ。
ココノエ選手は、ミノケン選手と他二人の格闘ゲーム選手と一緒に、一義が見つけてきた、スカウトしてきた選手である。新設するゲーミング部で、会社の私的利用を指摘されない為の措置ではあるが、四人はしっかりと実績を残している。
その後は、美優希たちを含めた七人の奮闘によって、募集したら入ってきた選手だ。
単純に素質を見るだけの踏み台にするつもりだった。
しかし、ココノエ選手が口にしたそれは、凄まじい才能を持っている、と言っているに等しいものだ。
「眠らせていい人材じゃない。本人は気付いていないが、あの子は、フレーム単位で正確に、理論値最速操作をしてる。化ける。人生をかけてもいい」
「・・・」
美優希はこんな答えを期待しておらず、頭を抱えた。
先月、ココノエ選手は、自身が出場するタイトルのメーカーが発表する世界ランキングが一位になっており、寧ろ、これからという選手である。
ココノエ選手は三十二歳になっても、未だ引退など毛ほどの考えがなかった。それこそ、続けるだけ続けて、会社に賞金の半分を渡して貢献するつもりだと公言していた。
それが、夏樹のプレイを見てこの変わりようだ。
「今辞められるのは困る」
「だから、俺に預けてくれないか?あの子」
「そこまでなの?」
「ああ」
美優希が特大級の溜息を付き、抱っこされる雄太が不安になったのか、美優希を見上げた。
「ママ?らいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ママの心配してくれるの?ありがとねー」
「えへへー」
撫でられて、抱きしめられて、雄太は嬉しいのかそんな声を発した。
「私だけで出していい答えじゃないから、上層部で会議させて」
「もし、必要になったら呼んでくれ。あの人材は勿体無さすぎる」
「わかった」
その日の夜、家事を啓に変わってもらって書斎に籠る美優希、昼間、啓は買い物がてら建築中の家の視察に行っていた。
雄太を寝かしつけた啓、零時を過ぎても籠っている美優希に、『流石に』と思い、ホットミルクを入れて書斎に入った。
「美優希、だいじょう・・・じゃなさそうだな」
声かけられて振り向いた美優希は涙目になっていた。
次の行動が分かっている啓は、即座にマグカップを机に置き、美優希を抱き止めた。そう、抱き着いてきたのである。
「けいぃ、たすけて、知恵貸してぇ」
余程いっぱい、いっぱいだったのか、啓に抱き着いて泣いた。
落ち着くまで五分もかからない。付き合い始めた頃なら、そのまま寝てしまったのだろうが。
「なるほどなー」
事情をすべて話して頬杖をつく美優希、啓は腕を組んで考え込んだ。
「初対面とは言え、夏樹さんは君の言葉を信じたんだ。今曲げるのはうまく行かなかった時がまずい。だけど、ココノエ選手に人生を掛けさせる発言をしたんだ。才能を自覚させる必要はあるし、彼女にだって逆転のチャンスはあってしかるべきだ」
「つまり?」
「本人のやる気を無視するわけにはいかないが、俺はココノエ選手の言葉を信じるべきだと思う。そもそも、ココノエ選手は堅実な性格だからな。それから、早めにお義父さんに話をした方がいい。」
「わかった」
これ以上は頭が回らなくなるからという理由で、啓は美優希を書斎から引っ張り出したのだった。
数日後の昼過ぎ、美優希の部屋に来た一義は夏樹と相対した。ダイニングで対面する二人、一義の隣にはココノエ選手、夏樹の隣には美優希がいる。
雄太と翔は啓に連れられて動物園に出かけた。
「無理は言わないが、今から聞くことに素直に答えてくれ。答え次第で君を解雇するようなことはしない。どちらかといえば、君の待遇が良くなく可能性の方が高い。いいかい?君にとって悪いことは決して起きない」
「分かりました」
一義は圧を掛けないように気を使いながら、次々と質問を投げかけて行った。回答をまとめ上げた後、今度はゲーム機を渡して録画をセット、特別なテトリカのプログラムで彼女の実力を見る。
肩慣らしを含め、三分間のエンドレスデュオモードから。このモードはジュニアでも使用する練習モードである。三分間、どれだけの点を取れるか相手と比べるもので、全く同じ種が降って来るので、戦術研究でも使用する。当然、相手はココノエ選手である。
その後、ココノエ選手と二本先取の三本勝負で対戦した。
ココノエ選手の勝ちは勝ちだ。戦術面で圧倒的差がある為、当然の結果ではあるが、戦術を駆使しないと足元を掬われかねない程だった。
「感想は?」
「原石のカットは終わってます。磨くだけです」
「わかった」
考え込む一義に不安げな夏樹、何を言われるのか分からないので仕方ないだろう。『大丈夫だよ』と美優希が夏樹に声を掛けると、少しだけ緊張が解けたようである。
「有坂さん、ジャストライフゲーミングのオーナーとして、君をスカウトしたい」
「え、でも、保育所は」
「この件に関して、その折衷案を出すのは社長である俺や、取締役である美優希の仕事だ。君は自分の思いに忠実になって、答えを出すだけでいい。一度は見た夢なんだろう?最悪でも向こう一年の待遇は同じなんだし」
「いいんですか?でも、翔が」
「君の隣には母親でもプロ選手がいるぞ?」
夏樹は美優希の顔を見て、美優希は微笑みかけた。
「大丈夫、あなたは今まで耐えてきた。乗り越えて来た。今のあなたには保育所があるし、翔君を預けることも決まってる。ゲーミング部はリモートでできる事ばっかり、安心して、保育補助員よりも働きやすいよ」
「私は、高校生で妊娠して、子供を産んだ屑で」
「「「それは違う」」」
夏樹は三人に声をそろえて否定された。
「産んだ以上、『今の』子供の責任は君にあるが、産まざるを得ない選択を迫られた、『産む以前』の責任は、果たして君だけにあるのかい?」
「そ、それは・・・」
「分かっているのだろう?君は救われてしかるべき人間だ。生活保護を受けていた事実がその証明だ。いいかい?一人でどうにかするには限界がある。君は美優希の差し伸べた手を握る事ができたんだ。我々が差し伸べる手を握ってくれないかい?」
「怪しいのは分かるよ。あなたにとって都合が良すぎるからね。でも、今までが貴方にとって都合が悪すぎた、これはその反動だよ」
美優希は机の裏からある物を取り出した。
「これは?」
「ボイスレコーダー。今までの会話がすべて記録されてる。これをあなたに託す」
「えっと・・・?」
「もし、私達が貴方を騙そうとするのなら、これは私達にとって核爆弾に変わるの。私たちにそんな意思はない。だから、私達はこれをあなたに託せる」
ボイスレコーダーを再生して確かめさせ、美優希は夏樹のポケットにしまった。そして、涙目の夏樹を抱きしめた。
「我儘を言っていいですか?」
美優希から離れた夏樹は涙をぬぐいながらそう言った。
「勿論」
「子供、翔を守ってください。プロに成ると言う事は、有名になる事だと分かっています。親が、私を捨てた親が怖いんです」
「範囲の限界はあるが、社員を守るのは会社の義務だ。それは社員の家族とて例外じゃないから、安心しなさい。だけど、いくつか約束をしてほしい」
「何でも言ってください」
「調子に乗らない事、傲慢にならない事、周りをちゃんと頼る事、そして、考える事を止めないでほしい」
実際には難しいのだが、こういうのは軽く見えてしまう。夏樹も例外ではないらしい。
「そんなことでいいんですか?」
「言う程簡単な事じゃないよ。まぁ、でも、それだけだ。やれるね?」
「はい」
夏樹がしっかりと頷きながら返事をしたのを見て一義は安堵した。
「すぐに配属変えですか?」
「そうはいかんが、社内でも調整中だから、まぁ、その内」
「そうですよね・・・」
ココノエ選手が残念そうにそう言った。
「それで、有坂さん、一旦は保育補助員として入ってもらうが、社内での調整が終わればゲーミング部に配置換えになる。プロの契約はどうなっているか知っているかい?」
「いいえ」
「そうか、君の場合、配置換えが行われても、保育補助員の時と同じ、時給制パートという立場になる。開幕リーグか、日本選手権で既定の結果が残せたら正社員だ。それから、大会の賞金はプロ二年目まで一定額以内なら君の、超えた分は会社の、三年目からは会社と話し合って決める」
「あなたがいい成績を残せれば残せるほど、お金はあなたの物になる。ココノエ選手の年間獲得賞金は二億近く。まぁ、税金で半分になるけど」
金額を聞いて驚愕したが、美優希が最後に加えた一言で苦笑いした。
「外部の取材があれば、取材料として、個人にスポンサーが付けば、スポンサー費用やプロモーション費用が歩合制でつく。だから、あなたが思っている以上に、プロ選手は高給取りだよ」
「それで、先ほどの約束なんですね」
「ほう、気付いたか。そう言う事だ。プロの世界は、能力に付随するように結果が出る。賞金は結果に対する報酬、即ち、能力に対する評価でしかない。だからこそ、自信を持ってほしくても、傲慢にならないでほしい。どんな能力も、磨かなければ、努力しなければ輝くことはない」
「分かりました」
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