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三章
復帰
しおりを挟む予定をずらすことはできず野々華の結婚式を行い、一日くらいなら、とクリステルは一時退院をもぎ取って結婚式に参加、それ以外は恙無く行われた。ただ、参加者のあずかり知らない所で、記者が警備員と警察にお世話になっていたのだが。
また、啓のおかげもあって、取材はゆとりをもって受ける事ができた。
年が明け、クリステルは安定期に入った事で、症状も落ち着き会社に復帰した。
「リモート復帰か」
「うん」
スポンサーのプロモーションは野々華がこなしており、スポンサーも分かっていてわざわざ頼んでくる。
特にCoogleは、投げ銭と有料登録の利益配分を、一時的に七割を九割にまで上げてくれており、チームが収入源として困らないようにしてくれている。
「それで、啓君と信也君のリモートワークね。いいよ。そんなにやる気があるなら、来月復帰で調整しようか」
「うん」「はい」
笑顔で社長室から出て言った美優希と輝、その後すぐに啓と信也からリモートワークへの切り替え申請が上がってきた。
一義としては、ゆっくり子育てに集中してくれても良かった。産休及び育休中は基本給と役職給のみの支給がある。昇給は基本給にかかるので、無いのは賞与、ボーナス、歩合だ。
美優希と輝の場合、これだけでも年収は六百万だ。
「大方、野々華とクリス、ファンを気にしたんじゃない?」
春香からコーヒーを渡されて、一義は香りと味を楽しむ。
「それしかないだろうな。全く」
「美春もいるし大丈夫よ。成績も落ちてないわ」
「寧ろ寂しいくらいだ」
「分かるわ。でも、その分、帰ってくる時が賑やかじゃない」
二人して子離れできない自分に特大級の溜息を付いた。
翌日、啓と信也はリモートワーク用のパソコンが会社から支給されて帰ってきた。リモートワーク用のパソコンは、特殊仕様の特殊設計がなされている。
見た目は一体型デスクトップパソコンに見えるのだが、水冷式冷却システムによって少し野暮ったい。そのおかげで、セキュリティソフトによる常時スキャンにも耐えられるスペックとなっている。常時スキャンと言っても、やっているのはネットワークの監視だ。
「四月一日電算のパソコンじゃん」
「共同開発だって。今年からリモートワーク用の支給パソコンは、これに置き換わっていくんだとさ」
「ふーん」
美優希と輝は、大学の延長である。
梨々華が部長代理で仕事をこなすのは続行し、昼こなすは非公開練習、夜は練習配信か雑談配信である。ゲーム中はセキュリティソフトによる常時スキャンに耐えられない上に、ネットワークの監視と言う性質上、ラグの原因になる。
その為、書類仕事用のパソコンが別に支給される。
二月一日、リハビリと称して雑談配信を開始した。
「みんなー、久しぶりー」
「「久しぶりー」」
復帰配信を開始すると飛び交う投げ銭、案外休止前のように喋れるもので、数分もしないうちに勘を取り戻した。
旦那に抱かれて寝ている子供の顔を隠して映し、中々戻らないお腹を映してみたり、子供が生まれた証拠を積み重ねる。
「NonNon、ごめんね。報告させたり、一人で配信させたり」
「ううん。自分の子供が生まれたらこうなんだろうな、って将来が楽しみなったし、慣れたら楽だけど寂しかったんだよね。楽な分話題は死ぬほど困ったから、クリスも入院しちゃうし。戻ってきてくれてありがとう」
「会社がいろいろ取り揃えてくれてるからね。この前言わなかったけどさ、産休育休は歩合と賞与、ボーナスがない分、昇給を含む基本給、役職給は支給されるよ。正社員に限るけどさ」
この発言によってコメントは荒れてしまった。
「因みに、保険の手当はもらえないし、片方は就労中である必要があるよ。社内恋愛が禁止されてないのも、こういう管理がしやすいからだよ。片親が外部の企業とか公務員だと、証明書かそれに代わるものがないと支給されない」
「まぁ、こうやってリモートワークにしちゃえばいいからね。各部の部長もしくは課長、部長の場合、部長が無理な場合は社長が相手になるんだったよね」
「そうそう、まぁ、会社として、支払っても痛くも痒くもないってわけ。だったら歩合も付けないし」
コメントはこれで静まり返ってしまった。
「リモートワークってこの為にあるんだよ。だから、会社もこの件に関しては滅茶苦茶厳しくてね。就労規則の懲戒解雇になる事例に明記してあるよ。リモートワークは全部録画されててね、社長と副社長以外に閲覧権限がない」
「たしか、音声認識で社長と副社長に通報行くんじゃなかったっけ?」
「うん。怒鳴った時と、ハラスメントワードに反応する。あと、全員に通報ボタンがあって、このボタンで社長と副社長に通報がいく。無駄な通報なら社長に怒られるし、やりすぎると懲戒解雇までありうるよ」
「見られるの嫌かもしれないけど、会社所属のリモートワーカーだからね。仕事中に何してんのって話。マイクは付属の無指向性マイク以外は認識しないから、子供が泣いてるのも分かるし、子供抱っこしながらやってもいいし。規約に明記してあるよ」
就職したいマンが大量に現れたのは言うまでもない。
「あ、ごめん、ミルクあげてくるね」
そう言って美優希が離席した。
「うちの子はそうじゃないんだけど、ミュウの子は粉ミルクも液体ミルクも全く飲まないんだって」
「ちょっと混ざってるだけでもダメなんだっけ?」
「らしいね。直ぐに吐き出すらしいよ。でも、ミュウは出すぎて困る方なんだって。薄いわけでも無いし。だから苦労はしてないみたいね。寧ろ、妹ちゃんたちと旦那が苦労してるみたい」
「なんで?」
コメントは半数がピンと来て、半数は分かってないようである。
「おなかが減って泣き出したら、揉まれたり吸われたりしてるみたい。あと、母乳以外を飲まないから旦那があげられない」
「あー・・・そっかあ、盲点だったなぁ。じゃぁ、ミュウが復帰を急いだのって」
「うん、乳離れするまで離れられないからだね」
「大会はどうするの?」
「その頃は離乳食の後期だし、今年、私たちはシード権持ったまんま出てないじゃん?運営が今年に行使してもいいってさ」
女性プロに対する特別措置である。なお、男性プロも、怪我等で本戦すべてに出られない事情があると特別措置が適用される。
「開幕リーグは休むよ。離乳食中期だけど母乳とミルクがまだ中心だし、産婦人科の先生曰く、離乳食を食べられたら、粉ミルク飲めるようになるかもしれないって」
「ふーん。じゃぁ、夜泣きはもっと大変なんじゃないの?」
「ミュウはそう思ってないみたいだね。旦那も必ず起きてくれるみたいだし、あげた後は眠くなってそのまま寝るからそうでもないって。だから、欠伸しながら戻って来るかもね」
そう言って待っていると、輝が言ったようにはならなかったが、ヘッドセットを付けると大きなあくびをした。
「ほらね」
「ほんとだ」
「何が?」
笑う二人にきょとんとする美優希、コメントも笑っている。
「ミルクあげて来たからミュウが欠伸する話」
「あー、私ね、母乳あげてるとふわふわするんだよね。すっごい幸せなかんじ。それで眠くなっちゃう」
「いいなぁ、私はなんか不快に感じちゃうんだよね」
「ホルモンが分泌されてる以上バランスが崩れてるんだから、不快に感じる事も当然あるよ。崩れないのなら何も思わないから。あと、輝は小食でしょ?貧血気味なんじゃない」
「あー、貧血は先生に注意された。気を付けろって」
だからと言って、輝は貧血で倒れるような経験が一切ない。
しかし、野々華は中学生の頃に貧血で座り込んだことがある。
「貧血もなるの?」
「関係あるけどないよ。貧血持ってても必ず不快に感じるわけじゃないんだって。その時にならないと分からないよ。不安?」
「ちょっと」
「気楽に考えなよ。でも、悩むようなら相談してね」
「勿論そうする」
野々華がしっかり頷いたのを確認して、クリスにもちゃんと相談するように声を掛けた。
「勿論だよ。頼りにしてる」
そんな返事が返って来て、みんな笑顔で復帰配信を終えた。
そうして配信に復帰したは良いのだが、雄太が一向に母乳以外を嫌がってしまう為、ちょくちょく練習が途切れてしまう。子供一番で考えるようにしているので、そもそも気にしてはいないが。
子供が泣き止んでくれなくて、練習が始められない事もあれば、抱いてないと泣いてしまう時は、バーチャル配信者に戻って練習と配信を行った。
復帰して数日、輝はバーチャル配信を止める考えを示す。
「あ、そっか・・・」
美優希は練習の終わりに輝から話を聞いて考えこんだ。
実は、久美も雄太も、記者によって写真が流出しており、その記者には流出した写真を消して回るよう義務付けている。
「親の七光りでも、名前が売れてるのはプラスだからね」
「利用できるなら親でも利用する。それくらいないと、伸し上がるのは難しいし、パパだって、見方を変えたら優里とその一家を利用してるからね。そっか」
「第三者による意図した拡散を標的にすると良いんじゃない?前からそうだけど、一言言っておけば、リスナー同士で自浄し合うでしょ。外部は配信映像の利用を許可してないでしょ」
「そうだね。これを機に、潰そうか。非公認切り抜き師」
切り抜き師とは、配信者の配信で面白そうなところを切り抜いて、自分のチャンネルに上げている人の事を指す。公認切り抜き師は広告収入の三割を収める必要があり、昔から公認を得る為のルールだ。
なお、公認を得ないとまずい理由があり、生配信や動画は、親である株式会社ジャストライフ以外の無許可利用を禁じ、相応の対処をすることもあった。
その範囲は、生配信や動画の全部、若しくは一部をキャプチャーし、新規動画化、画像化、サイトへの埋め込みが該当する。
これまでファン活動の一部として、梨々華の策略により、通報がなければわざと黙認していた。
翌日、梨々華と話し合いを行う。
「じゃあ、まずは非公認で、広告収入がありそうなチャンネルから潰そうか」
なんだかんだ梨々華も乗り気だった。
「その後、広告収入なしだね」
「そう。一般心理としてね、違法性はそっちの方が高く見られるから」
「説明はどうするの?」
「『顔出し後は良心に任せていましたが、我慢の限界です。子供が映る事もあるので、無用な拡散を防ぐ為、これを機に、明確に公認切り抜き師以外の切り抜きを禁止とします』でいいよ。生配信よりも先に動画を作って公開がいいかな」
「その後、配信で詳しく説明だね」
梨々華は頷き、すぐに原稿作るから、と言って動き出した。
梨々華はその日の内に稟議書と原稿を書き上げ、法務部に協力を要請する。
「これは俺が担当しましょう」
「愛する妻の為でもあるからな、相談には乗るから頑張れよ」
「はい」
法務部には洋二郎以外にもう一人の弁護士がいる。
顧問弁護士だった美優希の祖母、幸子と洋二郎の父の紹介で、洋二郎と同時に入ってきた弁護士である。判例や現場の実働から新たな判例を作るのが得意で、一義にもその腕をしっかり買われている。
二人の弁護士によって、幸子がいなくなっても、日本では有数の法務部として名が知られている。なりたての割に実績が残せていたのも、上司のもう一人の弁護士がいたからだ。
その後、一義の承認ももらい、その日の配信で美優希たちは、公認切り抜き師に連絡を入れた上で、予告警告として切り抜き師を潰す構えを匂わせた。
翌日、撮影を行い自分たちで編集、文書もそろえて翌日の朝公開する設定を済ませた。
動画と文書が公開された事で、なんとCoogleが動いた。
AIによって抽出されたチャンネルの一覧がゲーミング部宛に届き、自ら広告を付けていたチャンネルで公認以外に射線を入れて送り返せば、チャンネルの永久BANをしてくれるとのことだった。
そもそも、スポンサーになった時から、スポンサーとしてのルートで通報をしてくれれば、制裁を下してくれることになっている。ファン活動を委縮させたくない、と言う理由で控えてもらったが、事情が変わった事をすぐに察してくれたのである。
「Coogleがスポンサーにいるって楽だな。文書をやり取りする必要もないし」
「まだ徹底的に追い詰める必要はないからね」
「勿論だよ。そこまで望んでないのは分かってる」
「さすがだね」
助手席で微笑むクリステルに笑いかける運転席の洋二郎、いつものように仕事終わりのクリステルを迎えに言っていたのである。
「でも、分かってる分が終わったら」
「徹底的にお願い。もう黙認じゃないから。法を犯せばどうなるか、思い知らせちゃって」
「おっけー」
洋二郎の暗黒微笑を知るのは、現状クリステルだけだろう。
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