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一章:出逢イハ突然ニ
記憶の断片 01
しおりを挟む堕ちる、落ちた、墜ちろ。
狂気を孕む笑みが脳裏を過ぎる。
彼の瞳が、記憶の蓋を開けてしまった――。
【記憶の断片】
頭の中で弾けている。
それは、言葉なのか映像なのか音声なのか、明瞭としないノイズのようで、倶利の家から飛び出した知有は歩道のど真ん中で立ち尽くす。
さわり、と悪戯に吹いた風が髪を攫った。
* * * * * *
安津の描いた地図を頼りに訪れた倶利の家は、学校からそう離れておらず、知有の自宅からもそう遠くない場所にあった。
古い家屋ではあるが大きく立派な家だ。
玄関の前でチャイムを押そうとした時、目の前の扉が開き、中から中年女性が現れる。
彼女は眼を瞬かせ暫時、知有を見詰めた後で、ふんわり、と微笑んだ。
「こんにちは。倶利に会いに来てくれたのかしら?」
小学生にしか見えない知有を見て倶利に用だと察したのだろう、彼女は悪戯に口角を持ち上げると知有の双眸をジッと見詰めた。
知有が返事をするのを待たずに彼女は掌を叩いて口を開く。
「もしかして、学校の書類を持ってきてくれたのかしら? それならお願いがあるの。おばさんはこれからお仕事でもう出ないといけないから、倶利に直接渡して貰える? 二階に上がって左側の大きな扉の部屋よ。彫り細工のされている扉だからすぐに解ると思うけど。頼めるかしら?」
知有は何度か目を瞬かせてから頷いた。
拳を握ると俯いて「任せて下さい」と小さな声で告げる。
くしゃり、と頭を撫でられる感触に勢い良く顔を上げた知有の視界に入ったのは、満面の笑みを浮かべる倶利の母の顔だった。
彼女の表情がとても優しいものに思えて、どうしようもなく胸が震えてしまう。
お母さんの温もりとは、きっと暖かいのだ。
心をふんわりと包み込まれている感覚に陥る。
倶利を羨ましく思う自分がいた。
妬ましいとすら思う。
優しく触れてくれる人がいる。
それだけのことが、知有には難しい。
榛伊の温もりだけが全てで、他のものなど拒絶してきた知有にとって、彼女の齎した暖かさは未知のものである。
それでも其れを嫌だとは感じないのだ。
「それじゃあ、お願いね」
彼女はそう言い置いて急ぎ足で立ち去って行く。
知有は何処か寂しさを覚えていた。
他人の母親であれ、母と言う存在に触れて心がはち切れそうになる。
知有だけを置き去りに現し世から消えた家族のことなど理解したくなかった。
一家心中に取り残されたという現実が何を意味しているのか、家族を喪って7年が経っても未だに謎のままだ。
知有の記憶が鮮明にならない限り、謎は謎のままなのだろう。
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