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一章:出逢イハ突然ニ
出逢い 06
しおりを挟むだが、理性と本能はどこまでいっても相容れない。
頭では解っていることを、心が拒否してしまう。
理性は本能に負けて、本能に突き動かされ倶利の体は動く。
長袖を捲り上げ、巻かれている包帯を解くと、傷だらけの腕が現れた。
瘡蓋(かさぶた)になっている新しい傷と、痕になっている古い疵(きず)とが混じり合っている。
かちかちかち、と銀の刃が外に出され、皮膚の上を走った。
ぷつり、と皮を引き裂き、肉の表面を犯していく異物が、皮膚を我が物顔で蹂躙していく。
もっと深く、もっと強く、と求めてはカッターを握る手が行き来した。
血がぼたぼたと垂れ落ちて、床の上には血溜まりが出来る。
鉄の匂いが倶利を埋め尽くし、痛みと後悔が胸を犇めく中で、それでも満ち足りた充足感に包まれていた。
この瞬間にだけ訪れる、何もかもから救われたような、解放されたような開放感が胸に溢れる。
だが倶利には解っていた。
その感覚は単なる錯覚であり、何一つとして救われはしないし、解放もされない。
そして、ほんの一時のものでしかなかった。
まるで麻薬に溺れるかのように自傷に耽る己は、なんと愚かなことか。
この行為は、自慰にも近いものである。
己をただ慰めるだけのものだ。
根本的な解決など生みはしない。
非生産的な行為でしかない。
けれども、腕を切ることをやめることが出来ない。
それは正しく、麻薬中毒者にも近いのだ。
痛みに息を詰めた時だった。
こんこん、と重苦しい扉からノックの音が響く。
母だろうかと考える頭が、それを否定した。
ギリギリではあるが、彼女は家を出ている筈である。
寧ろ、もう家を出ていないと遅刻してしまう時間だ。
倶利は学習机の上に置かれた置時計を凝視する。
ならば誰だ、と思考して、忠樹かもしれないと頭の中で答えが返ってきた。
細い息を吐き出し、この姿を見られる訳にもいかないと居留守を決め込もうと動きを止める。
「粟冠ー! いるんだろ? クラスメイトの宇津井だけど、おばさんに上がっていいって言われた。えっと、安津先生に頼まれて学校の物、届けに来たのな。開けて?」
扉の向こう側から、まだ声変わり前の少年らしい高めの声が掛けられた。
何度もドンドンと叩かれるのを耳に、それでも倶利は動けずにいる。
宇津井、という苗字に胸が高鳴った。
七と同じ苗字だと認識したすぐ後に、同姓の人間など沢山いるだろうと否定する。
そう、七は確かに7年前に亡くなったと報道されていたのだ。
生きている訳がない、と動揺する自分に言い聞かせる。
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