29 / 59
一章:出逢イハ突然ニ
出逢い 05
しおりを挟む彼の父親は、歳の離れた京の兄だが、忠樹が中学生の頃に亡くなっている。
女手一つで息子を育てるのは大変だったのだろう、母親はノイローゼ気味になり、果ては子供に手をあげるようになっていたという。
何があったのかは知らない。
ただ事実として、過去に母親を殺そうとしたことがあると、それだけは聞き及んでいた。
今では絶縁状態だと言う。
くだらない親戚の中で、忠樹とだけは交流があるのは、似たものを感じているのかもしれない。
それだからこそ、会いたくないとも想うのだ。
類似性に対する親近感と嫌悪感は、常に紙一重である。
嬉しいと想うその裏で、その実、嫌だなと考えている。
どちらも本心であり、片一方が偽りと言う訳では決してない。
本気で歓喜し、心から嫌悪もする。
往々にして、人間とは相反した想いを同時に抱き得る醜い生き物なのだ。
階段を上がり切り、左右に分かれる廊下を左に進むと、眼前に彫刻で飾りの施された扉が現れた。
木製の大きな扉は、重々しい倶利の心境といつもシンクロするかの様に重厚で、開けるのにも些か苦労する。
それでも、倶利はこの扉を思いの外、気に入っていた。
全てのものを拒絶するかの如く其処に在(あ)る姿は、倶利そのものである。
ぎぃぃーー。
扉が軋む音と共に視界は拓け、自室にと踏み込む。
6帖程の部屋には窓が一箇所あり、ベランダにと続いていた。
倶利の部屋からは使われることのないベランダだが、隣の部屋に繋がっているので、問題もなく機能している。
遮光カーテンで光を遮られているため、部屋は昼間であっても薄暗い。
もう何年もカーテンは閉ざされたままである。
カーテンの隙間から僅かに入り込む光で、暗くても薄らぼんやりと視認は出来た。
足が自然と向かうのは、学習机の前だった。
ペン立ての中にある、スケルトンのカッターを掴む。
掌でカッターを遊ばせた。
とても心が落ち着くのだ。
自分の罪を、このちっぽけなカッターだけが裁いてくれる。
そんな気持ちに陥るのは、罪悪感が倶利を埋め尽くしているからだ。
もうずっと、何年も倶利を苦しめている其れは、カッターの刃が肌の上を走っている時だけ、倶利の中から消えていく。
痛みが脳髄に伝われば伝わる程に、倶利は幸せな気持ちになれた。
赦されたいと願い、そんなことを願う己を抑圧し、それでも尚、罰を与えようとする精神を保つには、このちっぽけなカッターが必要なのだ。
赦されないと解っていても尚、その行為を求める己の愚かさを、心の何処かでは薄ら笑っている。
意味がないと理解している。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?

消えた弟
ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。
大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。
果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

物言わぬ家
itti(イッチ)
ミステリー
27年目にして、自分の出自と母の家系に纏わる謎が解けた奥村祐二。あれから2年。懐かしい従妹との再会が新たなミステリーを呼び起こすとは思わなかった。従妹の美乃利の先輩が、東京で行方不明になった。先輩を探す為上京した美乃利を手伝ううちに、不可解な事件にたどり着く。
そして、それはまたもや悲しい過去に纏わる事件に繋がっていく。
「✖✖✖Sケープゴート」の奥村祐二と先輩の水野が謎を解いていく物語です。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
特別編からはお昼の12時10分に更新します。
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる