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一章:出逢イハ突然ニ
出逢い 02
しおりを挟むふと、鏡に映る自身の姿が目に入る。
短い黒髪に、他人を威圧するような鋭い黒目。
愛想のない顔。
生気がないのか、太陽光に当たらない肌の色は青白く不健康に見える。
今にも死にそうな顔だ。
死んでしまえば良い、と思う。
しかし、母親を一人遺すことは憚(はばか)れた。
ただでさえ、殺人者の妻という辛い立ち位置に居るのだ。
これ以上は悲しませたくなかった。
詰まり、自殺は出来ない。
其れだから、疑似自殺で誤魔化すのだろうか。
無意識に、包帯の巻かれた左腕を掴んでいた。
隠れている皮膚は、ズタズタに傷付いている。
傷が消えそうになる度に、新しい傷を増やした。
そうでもしなければ、倶利は自分を保てそうになかったのだ。
其れは、世間からすれば疑似自殺に過ぎない行為であるが、倶利にとっては、食事や呼吸と同じく、生きるためには必要不可欠な行為だった。
自分に生きる価値を与えるには、罰が必要なのだ。
大人が気付かないのだから、自分自身で罰するしかない。
最良の選択だと、彼は思い込もうとしていた。
宇津井 七が死んだと知った日から、倶利は堪えられなくなったのだ。
己の罪の重さから逃げないように、償うために、彼はひたすらに自分自身を傷付ける。
それを間違っていると、指摘する人間はいなかった。
否、人間と出逢うことを拒否しているのだ。
誰にも倶利を止めることなど出来はしない。
顔を洗い終えてキッチンに向かう倶利の鼻に、美味しそうな香ばしいパンの香りが漂ってきた。
「あら、今日はゆっくりなのね。おはよう、倶利」
「……寝坊したから。今日は昼から?」
台所を覗けば、母親の京(ミヤコ)がトースターの前で弁当箱におかずを詰めている。
扉を開けて柱に寄り掛かると、倶利に気付いたのか、京の顔が此方に向いた。
続いた台詞に、苦々しく笑うと弁当箱を見詰めながら問い掛ける。
京は看護婦として働いていた。
今は近くの市民病院に勤務している。
夜勤や昼勤、時には不規則な時間帯でシフトに入ることもあった。
「ええ、夜は遅くなるから適当にやって頂戴ね」
申し訳なさそうに微笑む彼女から視線を外して頷きだけを返す。
切ない顔をさせたいのではないのに、今の自分では何も出来ないのだ。
無力感に襲われた。
「倶利もトーストで良いかしら? 焼いちゃうわよ」
そんな倶利の気持ちを知ってか知らずか、努めて明るく宣う京にもう一度頷く倶利であった。
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