CHILDREN CRIME

一章：出逢イハ突然ニ

新学期 01

曖昧な記憶の中で、
覚えている家族との時間は

虐げられているものだけだった──


【新学期】


　心を閉ざしたことがある。
もうずっと昔のことだ。


　曖昧にしかない記憶の中で覚えているのは、家族の冷たい眼差し。
己に突き刺さる視線が痛かった。
恐らく、虐待と呼ばれるものなのだろう。
双子の弟と較べられては馬鹿にされ、双子の弟からも軽い暴力を受けていたように思う。


　宇津井 知有（ウツイ チユウ）には、幼い頃の記憶が断片的にしか残っていない。
だが、その全てが、家族から受けた虐待の記憶なのだ。


　心を閉ざしていた。
家族を喪った瞬間でさえ、知有の心は世界を拒絶していたのである。
目の前で家族が心中したと言うのに、知有の記憶には一切残されていない。
知有の世界には、何もなかった。
空虚だった。
虚ろなのだ。


　だからだろうか、彼の世界は叔父で埋め尽くされた。
初めて己の世界に入り込んできた叔父が、世界の中心になったのである。


　新学期に恐れを抱くのは、自分が異端だと認識しているからだと、知有は思う。
掛け布団を頭までかぶり、目覚まし時計から目を逸らした。


　いつもこうだ。
自分は進級する度に、初日から遅刻をし、暫くの間は遅刻魔で通ってしまう。
情けない、と唇を噛み締めたところで、外に出て行く気にもなれない。


　学校は好きだ。
勉強が出来ることは幸せだと思う。
何よりも友人がいるのだ。
毎日が楽しくて仕方がないぐらいである。


　それであっても、知有は布団から出ることが出来なかった。
怖いのだ。
新しい空間は、自分に何を齎（もたら）すのか解らない。
得体が知れないのは、知有にとって恐怖でしかなかった。


　このまま休んでしまおうかと考え始めた時だった。
階段を上がって来る音が聞こえてきた。
知有にとって唯一の身内、叔父の登場である。
彼は救世主だった。
知有を理解しようとしてくれる。
初めて自分を認めてくれた人間なのだ。


　彼には情けない姿を見せたくはなかった。
今までに散々情けなく叔父を頼ってきたのだが、それでも良い子の自分を見せたいと、そう思うのだ。


　だからだろう、４月は嫌いだ。
一番情けなくなる自分がいるのだから、好きになれる筈もない。


　扉が開く音を耳にしながら、やるせない想いで布団から顔を出す。
口元辺りまで引き下げれば、苦笑混じりで扉の外から此方を窺う叔父、坂中 榛伊（サカナカ ハルイ）の姿が目に入る。

「チユ、遅刻するぞ」

静かに、低く響く声が耳に届く。