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序章:点ト点ト、ソノ先
電話 02
しおりを挟む凶器その他諸々に被疑者の指紋は一つとしてなかった。
代わりに残っていたのが、被疑者の息子の指紋である。
しかも、その息子は
「自分が殺った」
と自供までしてみせた。
5歳になるかならないかの幼児が、である。
当然、現場は揺れに揺れた。
被疑者を犯人とするにはあまりにも証拠が不十分であり、だからと言って、物的証拠をありのままに捉えても、倫理的に納得出来ない。
幼児が人間(ひと)を、あまつさえ胎児まで手に掛けたのだと、そう思いたい人間などいる筈もない。
結局、県警は証拠不十分のまま送検に踏み切った。
息子の指紋や供述は都合の良いように解釈されたのだろう。
所轄から不満が出ても仕方のない対応ではあったのだ。
そう、県警は横暴だ、と同僚達は怒りやらやるせなさやらに燃えていた。
榛伊は一歩引いたところから眺めて思う。
単純なものだ、と。
最終判断を下すことの出来ぬ人間が、如何に正論を持って足掻いたところで無意味である。
それなのに、感情を露(あらわ)にしては騒いで、現状は何も変わらぬ癖に満足するのだから、榛伊の目には滑稽にしか映らない。
そんな中にあっても、神田と署長の荻原(オギワラ)は、何処か違うように窺えた。
神田も感情を露(あらわ)にする人間だ。
証拠不十分の分際で送検するなんざぁ県警も生意気な、ぐらいのことは平気で言う。
だからと言って、周りが見えていない訳でもない。
状況を把握した上で、己の立場を楽しんでいるのだ。
県警の取った処置が最善だと解っていながら非難するのだから、全く食えない男である。
そして、神田以上に食えないのが荻原という男だ。
虫も殺せそうにない優男、といったイメージで、雰囲気も柔らかい。
常に口角は上向きでにこやかだ。
あまり感情を出すことはないが、神田と同じぐらいには熱い人である。
崩すことのない笑みの裏では黒いことが渦巻いているに違いない。
そうでなくては、神田を掌で遊ばせ、時に利用するなどという芸当は到底無理であろう。
仮令、神田自らが望んだことだとしても、正反対に位置する荻原の手の内に大人しく収まっていられる程に神田は易しくない。
神田にとってすれば、荻原の存在があって初めて、己を生かすことが出来るのだろう。
神田の予期せぬ行動をフォローし得るのは荻原しかいないのだから。
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