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序章:点ト点ト、ソノ先
電話 01
しおりを挟む要らないものばかり。
愛も情けも、自分には必要なかった。
家族などもってのほかだった。
【電話】
その日は、特別寒い日であった。
1988年12月某日、坂中 榛伊(サカナカ ハルイ)は勤務先の署内で書類を書いていた。
時刻は既に16時を回っている。
窓の外に見える景色も認識出来ない程に辺りは暗い。
9月に管轄内で起きた悲惨な事件も、結局は県警が指揮を取り、11月には有耶無耶な終焉を迎えた。
それからと言うもの平和が続いている。
所詮は所轄。
県警に逆らえる筈もない。
所轄の人間から出た不満は、上に届くことなく消えた。
行き場のない不満を発散させるには、勤務に勤しむのが手頃らしい。
此処最近は、いつもよりも張り切る警察官を見ることが出来た。
そんな中、榛伊は不満を露にするでもなし、常より勤労に励むでもなしに、淡々と仕事をこなしていた。
榛伊とて不満がない訳ではない。
ただ感情が表に出ない質(たち)なのだ。
榛伊は、先輩から回されてきた始末書を片付けるべくデスクに向かっていた。
いつものことである。
新人である自分の役目だとも思っているので、回されたことに関して不満は一切ない。
しかし、残業に持ち込むのは、流石に好ましくなかった。
四角い年季の入った壁時計を窺えば、そろそろ16時30分になる。
ボールペンを走らせる音が、厭に大きく聴こえてくる。
今、部屋に残っているのは、榛伊と先輩の神田(カンダ)のみである。
神田も仕事中だ。
当然、会話はない。
この状況では、些細な音にも過敏に反応してしまう。
神田は40歳を迎えるベテラン刑事で、署長の同僚としても署内では一目置かれる存在だ。
白髪が目立ちつつある短目の黒髪を弄ることなく自然に任せている髪型は、不思議と男らしく映る。
内外共に男気溢れる彼もまた、9月の事件に不満を抱く一人だ。
何かと愚痴を溢(こぼ)しており、後輩と議論を展開させている。
榛伊も何度か付き合わされた。
神田の言い分には頷ける部分が多々とある。
被告人を送検するには、あまりにも証拠能力に欠けていた。
数々の証拠は、被告人が犯人でないことを示している。
証拠が物語る犯人は別にいたのだ。
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