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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
閑話:ユキさんとすぅぱぁ 01
しおりを挟む【ユキさんとすぅぱぁ】
初めて客として訪れたスーパーマーケットは、無平 さち(ムヒラ サチ)を興奮させた。
自動で開閉する扉にカゴを乗せるカート、沢山並ぶ色とりどりな商品。
どこを見てもサチの心は躍る。
「ユキさん! コレ、コレ、どないなっとるんですか? すー、って。すーっ、て。動きよる」
カートの持ち手を持ち、ふわあ、と感嘆の声を上げ、サチは隣の少年を見遣った。
「下のコロコロがくるくる回って動くんだが。危ないからお前は持つな」
渋面でサチからカートを奪っていく少年、萌 幸在(キザシ ユキアリ)に小さく頷き、サチは先を行く幸在の背を追う。
残念ではあったが、幸在の言う事には従うべきだとサチの中では認識されていた。
衣食住に不自由がないようにと図らってくれる少年の存在は、サチの中で大きく膨れ上がっていく。
「サチ、豆腐は知ってるか?」
「とーふ? ……あ、白くて柔こいやつやろか? おっちゃん、びぃると一緒によく食べとったです」
そうか、と相槌を打った少年はひんやりと冷気に覆われた方にと進んで行くので、サチも急いで後に続いた。
「今日は麻婆豆腐でも作ろうか。辛いのは食べたことあるか?」
ふ、と隣に並んだ幸在に手を取られる。
家を出る前にもされた、ぎゅう、を片手にされ、サチも、ぎゅう、を返す。
表情のあまり動かない幸在の眉尻が僅かに下がり、優しい顔になった。
サチは少年のその顔が好きだった。
「からいのは……あんまし得意やないです。舌が、ぴりっ、てすんねん。こわい」
片手でカートを操縦し、もう片手はサチと繋がる幸在の表情はすぐに『無』となる。
何を考えているのかわからない少年を上目に見れば、視線が合う。
「わかった。辛くないやつにしよう。お子様味覚、ってことか」
納得したように頷いている幸在の手が冷蔵ケースにと伸びていく。
「サチ。これが一個。これで二個。増やした分だけ数が多くなる。また数の勉強もしような」
掴んだ豆腐をカゴに入れていく傍ら解説が加えられ、サチは神妙に頷いた。
表情が動くことはないが、幸在はとても優しい。
サチに触れる手付きも眼差しも、掛けてくれる言葉の調子も、全てが慈しみに溢れている。
それだから、甘えてしまいたくなるのだ。
全身で好きを伝えたくなってしまう。
ぺたぺた、と歩く度に鳴るサンダルの音を聞きながら、精肉売場に足を運んだ。
「これは100g単位で値段が決められている。100gで80円。200gだと160円だ。数を覚えたらこれも覚えような」
カゴに入れた挽肉は300gだった。
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