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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 10
しおりを挟む服からタグを外し畳んでいる零仁にと声を掛けると、彼は無言で床に畳んである服をサチに差し出した。
きょとん、とした顔で受け取った青年は服をマジマジと見詰めた後で幸在を窺う。
「サチ。それに着替えたら声掛けて。スーパーまで買い出しに行く」
すぅぱぁ、と声に出した男は、にぱあ、と笑顔になった。
興奮気味に手にした服を、ぎゅむ、と胸に抱き、体を縮こませて瞼を閉ざしている。
感動に打ち震えている様子に、自然と腕を伸ばしてしまう。
幸在の腕に攫われたサチの目が開き、上目に幸在を見詰めてくる。
「すぅぱぁ、オレ、行ってもええのですか? な、何でも置いてあるって、おっちゃんが言うてた!」
無邪気に喜んでいる男の髪を撫で梳いて体を離した。
零仁に目配せをし、サチを残し自室にと戻る。
後から着いてきた零仁が扉を閉めたのを確認し幸在は「それで?」と口を開く。
眼鏡を押し上げた男は重々しく頭を下げた。
「解っているかとは思いますが、安存様にご報告させて頂きました。その上で何人か調査に向かわせたとのことです」
幸在の5歳年上の兄は、この春大学を卒業し、今は家業の手伝いをしている。
昔からうざったい程に幸在を構い倒してくるブラコンだった。
「ああ、兄貴に話を通すのは仕方のないことだからな。何か言っていたか?」
調べろと言った手前、兄に報告がいくことは織り込み済みのことである。
問題は安存の反応の方だ。
邪魔をしてくるようならば対策を考えなくてはならない。
「安存様は……何故か喜んでおいでで、会いたいとテンション高く仰っておられましたが」
零仁が眉間を指で押し込んで溜息を吐き出している。
サチを兄に会わせることを想像すると幸在も口元が歪んだ。
「まあいい。兄貴のことだ。新しい玩具を見付けた気分なんだろう。兄貴とサチを二人きりにするなよ」
無理難題だと解っていながら命じる幸在に、零仁の眉が中央に寄っていく。
「私が安存様に逆らえるとお思いで? それに、元々私は安存様の付き人です。本当なら今こうしている間も安存様のお傍にお付きして至福の時を噛み締めたいのを堪えて、幸在さんの元にいるのです」
同い年の幼馴染を『様』付けで呼び、使役されることに喜びを見出している5歳年上の幼馴染に憐れみの眼差しを向ける。
産まれた時から兄の犬であることを義務付けられた彼は、自分の人生の全てを安存に預け切ってしまっている。
兄から「弟の言う事は叶えてあげて」と命令され、幸在に良いように使われていることが不満らしいが、幸在は知っていた。
体良く距離を取られているのだ。
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