25 / 47
一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 07
しおりを挟む「ユキさんや!」
「あっ、サチさん!」
がたん、と立ち上がり腕を伸ばしてくる零仁に捕まる前に玄関まで一目散に駆けて行く。
がたがた、と音のする扉前で拳を握り開くのを待った。
顔を見たい。
声を聞きたい。
ぎゅう、として欲しい。
頭を撫でて貰いたい。
唇であちこち触れて欲しい。
考えたこともなかった『したい』がサチを埋め尽くしている。
がちゃり、と開いた隙間から幸在が入って来るのを見た瞬間、彼に飛び付いていた。
* * * * * *
試合は滞りもなく終わり、個人戦では優勝を、団体戦では成績を残せなかった。
幸在の部活のレベルは高くない。
一人で抜きん出ている状態では仕方のないことだった。
特に順位にこだわりもない幸在は、いい運動になった、ぐらいのノリでいる。
謝ってくるチームメイトに「気にするな」と答え、用事があるからと試合会場から立ち去った。
幸在は電車を途中下車し、最近になってオープンした商業施設に立ち寄る。
サチを外に連れ出す時の服を一着と、部屋着を二着、下着を三枚、突っ掛けて履けるサンダルを一足、購入した。
100円均一店と薬局と迷った結果、幸在は人混みの中、薬局にと足を向ける。
一つの建物に様々な業種のテナントが入っているのは便利だった。
初めて訪れた施設に満足しながら、薬局で歯ブラシと散髪用のハサミとヘアゴムを購入する。
まだ必要になるものは頭に浮かんでいたが、持って帰るのにもう手が空いていなかった。
また本人を連れて来ようと画策しつつ帰路に着く。
マンションに辿り着き、荷物をドアノブに掛け、鍵を取り出した。
施錠してあるロックを解除し、荷物を持ち扉を開け中に入った途端に、ぼすん、と何かが胸に飛び込んでくる。
ふわふわ、と揺れている金にも見える茶髪が上に動き、中から外人のようなハーフのような顔が現れる。
男を抱き留め荷物を地面に落とした。
ばたん、と後ろで扉が閉まる音が聞こえる。
「ただいま、サチ」
双眸をキンキラと輝かせ幸在を見上げてくるサチの両手が幸在の胸元を握り締めている。
「た、ただいま、ユキさん」
興奮しているのか、頬を紅潮させる青年が鸚鵡返しで言葉を放った。
昨夜教えた挨拶の通りに返してくるサチが愛しくて、思わず額に口付けを落とす。
「サチ。ただいま、には、おかえり、だ。もう一度言ってみて」
くしゃり、と頭を撫で、魅惑的な唇に触れたいのを我慢する。
「お、っ、おかえり、です!」
嬉しそうに瞼を綴じて幸在を受け入れる青年に体の奥底から熱が這い上がってくるようだった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる