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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 03
しおりを挟む萌 安存(キザシ アソン)と兄の名を聞き、溜息が吐いて出る。
兄の信奉者の幼馴染は頭が堅く、小煩い。
面倒で仕方がなかった。
「結婚しろと言うのなら。……俺はサチと結婚するよ。俺の人生をかけてサチに幸せを教える。それにな、零仁。何度も言わせるな。俺は極道になるつもりはない。兄貴のストーカーも大概にしないと嫌われるぞ」
痛いところを突かれ、んぐ、と口籠った隙を見て家を後にするのだった。
* * * * * *
記憶にある男は、優しくも厳しくもなく、サチに興味を示さず、痩せこけていた。
会話という会話をあまりしない人ではあったが、それでもサチは彼から言葉を覚え、掃除や洗濯を覚え、料理を教わった。
サチは男のことが好きだった。
彼がいなければ生きていけないことを本能で察していたし、物心がついた頃には一緒に生活を共にしていたのだ。
酒に酔うと乱暴になり殴ってくるのも、熱く滾った男根を尻穴に押し込まれることも、締まると言っては体を傷付けられることも、生活の一部として受け入れていた。
サチにとっては、当たり前に繰り返される日常でしかない。
深くナイフが入り込み、翌日になっても出血が止まらず痛みに泣いている時には、なけなしの金で痛み止めを用意してくれた。
タオルで縛るだけの処置では綺麗に傷口が塞がらず、引き攣れた傷痕が体中に残っている。
それでも、サチは男のことが好きだった。
不器用に差し出された痛み止めを飲み、甘えるみたいに彼に擦り寄っても、何も返ってはこない。
頭を撫でてくれる訳でも、抱き締めてくれる訳でも、謝罪の言葉がある訳でもない。
煎餅布団に寝ているサチの傍にただいるだけだった。
仕事を休むことはなかったが、仕事以外の時間はずっとサチの看病をしてくれた。
ひどい事もされるが、傍に置いて貰えるのなら、些細なことだった。
男に見捨てられたら、どう生きていけばいいのか、サチには見当もつかない。
一人で生きるのもやっとな金銭状況に於いて、サチを育ててくれていることが、堪らなく嬉しかった。
毎日の食事は腐りかけた野菜の炒め物と白米だった。
給料のいい月には、時たまご馳走でもやし炒めが出された。
いつも萎びた酸っぱい野菜ばかりのサチには、シャキシャキとした新鮮なもやしは、文字通りご馳走に思え、大好物にとなっていた。
更に男がご機嫌な時には、肉の欠片が入り、もやしと肉のコンボは、それはそれは贅沢な食事で、サチは神に感謝した。
サチは大好きな男と、ずっと一緒にいられるのだと信じていた。
日常は当たり前だからこそ日常なのだ。
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