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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 16
しおりを挟む「お、おや、すみ、ユキさん」
恐る恐る口にするサチが動けないように強く抱き締める。
寝ている間に逃げられたら目も当てられない。
「いいか、俺から逃げられると思うなよ。また明日、ちゃんと話そう。おやすみ、サチ」
もう一度「おやすみ」を口にし、柔らかな髪に鼻先を埋めた。
春の日に拾った男は、愛されることも、幸せも、生きるために必要な知識も、何もかもを知らない。
赤子のように無垢な青年を綺麗だと思った。
どんなに醜い傷があっても、彼の美しさは損なわれない。
悲惨な過去に怯え慄(おのの)き泣くのなら、優しく抱き締めよう。
何があったのかは解らなくとも、サチの傷は全部幸在が癒すのだ。
彼に幸せを与えるのは、自分ただ一人でいい。
他の誰かになど見せてやらない。
暖かな春の日に拾った犬は、死にたがる幸せを知らない無知な男だった。
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