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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 03
しおりを挟む「つ。っ、つめ、た、い、っ、です」
戸惑いがちに放たれた台詞に薄く笑う。
お湯になるまでには時間が掛かるのだから冷たくて当たり前だった。
「我慢しろ。すぐに温かくなる」
か細い声で「はい」と返ってくる。
反抗的なのか従順なのか、よくわからない。
それがまた、面白かった。
俯いて水流に打たれている青年の身体を伝い落ちる水は、茶色く濁っている。
浴場の床が汚れていくのに舌打ちをした。
「一体どんだけ洗ってないんだよ? 髪洗うから目ぇ瞑っとけよ」
温かくなった温水で十分に髪を濡らし、一旦シャワーをホルダーにと掛ける。
シャンプーのボトルから、とろり、とした液剤を掌に出し、青年の髪に撫で付けた。
絡んで指が通らず泡立たないのを、根気強く解し、梳いて泡を立たせて頭皮ごと揉んでいく。
気持ち良さそうにスリスリと掌に頭部を擦り付けてくる青年に、思わず幸在の口端が持ち上がる。
「お前、名前は?」
何度か洗い流しては、またシャンプーで洗いを繰り返すこと20分程して、漸く綺麗になった気がして泡を全部流していく。
「む、むひら、さち……です。そう呼ばれてました」
ふーん、と相槌を打った。
呼ばれていた、という部分に引っ掛かりを覚え、詳しく聞けば、拾われ子だったらしい。
無平は拾った男の姓で、サチは通り名だと、恐々と声にする青年は、幸在のことが怖いようだ。
上目遣いに見られるのは楽しいが、あまりに怯えられるのは面白くない。
恐怖心を取り除こうと優しい口調を心掛け、名前の漢字を聞いてみたが、漢字、という言葉を知らないと首を振る。
年齢も聞いたが、年齢の意味が理解出来ていない様子なので諦めた。
呼称がサチで、推定年齢20歳前後、それだけ解っていれば幸在には十分だった。
「次は身体洗うぞ。服脱げ」
あまり触れたくなくて命令しても、首を横に振り脱ごうとしない男に焦れて、濡れても尚、汚い衣に手を掛ける。
「やっ、いやや、っ! 触れんといて! み、見んなや! オレ、オ、レ。き、汚い、ねん。お、お願いやから、見ぃひんで!」
途端に声を荒げ、身を捩り腕で体躯を抱き締め、震えながら小さくなろうとする青年に片眉を上げた。
「うるせぇな。汚いから洗ってやってんだろ。触らないと洗えねぇんだよ。大人しくしてろ。暴れたらぶち犯すぞ、バカ犬」
脅すように声音を低くし睨み付けると、青年は「ひうっ」と悲鳴を上げ、はっはっ、と浅い呼吸を繰り返し「いやや、いやや」と呟いては、瞳になみなみと溜まった涙が零れていく。
埒があかないと無理矢理に服を掴み、縦に引き裂いた。
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