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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 02
しおりを挟むふらふら、と身体を揺らし立った青年が道路に吸い込まれて行く。
少年の存在など見えてはいないようだった。
墜ちて死ぬのか、と暢気に考えていた少年に彼を助ける気など微塵もない。
此処で死ぬのなら、それが彼の寿命なのだろう。
少年のあずかり知らないことだ。
好きにすればいいと思っていた。
それが、気付けば青年の片腕を掴み、強く自分の方に引き寄せていたのだ。
どさり、と自分の上に落ちてくる青年を抱き留めて、少年の心には満足感が拡がっていた。
「あ、な、っ、なんやの?」
道路に飛び降りて死ぬ筈が、誰とも知らぬ人間の腕に捕われて、青年はパニックを起こしたかのように腕を振り回そうとする。
驚いた声は好きな声だった。
低過ぎも高過ぎもしない、少年から大人に移り変わる瞬間の声質だ。
少年の中で行動の優先順位が瞬時に変更されていく。
「……くっせぇな。風呂入ってんの? つぅか、ガリガリじゃん。自殺なんかしなくたって餓死できそうだな。わざわざ人様に迷惑を掛ける死に方選ばなくても、あと一週間絶食すればお迎えくんだろ」
黄ばみや何のシミか判別出来ない汚い服の上から、ペタペタと青年の身体を弄(まさぐ)る。
骨が浮き出た体躯は好きではなくて、眉間に皺が寄った。
はん、と馬鹿にする笑いを浮かべ青年を見下ろす。
旋毛が鼻の辺りにあるのは好みだった。
助けてしまった手前、無責任に放り出すのは少年の美学に反した。
無意識とはいえ仕方ない、と自身を納得させ、浮浪者を肩に担ぎ上げる。
「なっ、なな、なんやの?」
数秒前と変わらぬ言葉を発し背中を叩いてくる男を無視し、少年は来た道を引き返して行く。
伸び切った爪が皮膚に当たる痛みに腹が立ち、青年の背を軽く小突くと、ぴたり、と抵抗は止んだ。
明日までの食料はまだ自宅にあるので、買い出しは明日に延ばすことにした。
* * * * * *
自宅に辿り着いた萌 幸在(キザシ ユキアリ)は、玄関先で靴を脱ぐ。
肩の上でビクつきながら荒い呼吸を繰り返している男の足からも靴を剥ぎ取ろうとして、彼が靴を身に着けていないことに気付いた。
そのまま廊下を進み、脱衣所を通り抜け、浴室に下ろす。
ふるふる、と震え全身を縮こませている様は、さながら小動物である。
浴槽の淵に腰掛けさせようと腕を伸ばすと「いやや!」と必死な形相で振り払われた。
「そこ座れ」
仕方なく言葉で命令する幸在に、青年はおずおずと従い、ゆっくりと狭い淵に腰を掛ける。
座ったのを確認しシャワーヘッドを手に取れば、蛇口を捻り、服が濡れるのも構わずにお湯を出した。
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