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一章:山のクマさん♪
クマさんと下宿先 03
しおりを挟むけれども、深く入り込まれるのは嫌だった。
心が拒むのだ。
上手く笑えない。
どうやって笑っていたのか、今の志那には思い出せなかった。
笑い方ですら、解らなくなっていた。
かと言って、その状態を知られている程に拒絶はしていないと、志那は思っていた。
実際のところは、皆感付いてはいる。
彼に何も言わないのは、それだけ父の喪失が大きいのだろうと想像出来るからだ。
今は見守ろうと暗黙の了解が出来上がっていた。
しかしながら、二良だけは違った。
躊躇することなく、志那のガードの中に入り込んで行く。
まるでそれが彼のためだと言わんばかりに悪びれる様子もない。
志那は拒み、拒んだ分だけ二良は踏み込む。
逃げて追われて、距離は縮まらず開かず、膠着(こうちゃく)状態のままに月日だけが流れていた。
下宿がざわつき始めたのは、秋に入って暫く経った頃だ。
大学では学祭があるらしく、皆が準備に追われている。
二良もご多分に漏れず忙しくしていた。
最近、二良に会っていない。
せいせいする、と想いながらも、何処かで寂しいと想っている自分がいた。
「あ、志那君! 悪いんだけど、大学までお使い頼まれてくれるかしら? 二良ったら、忘れ物したらしいのよー。私は夕食の買い出しがあるし、皆も忙しいからねえ。頼める?」
二良の母に声を掛けられたのは、高校から帰った夕方、16時頃だった。
玄関先で靴を脱いだ矢先、バタバタとスリッパを鳴らして彼女がやって来たのだ。
志那は瞬きをしてから、了承の意を示して首を縦に動かす。
一度脱いだ靴に足を通し、忘れ物だという紙袋を受け取った。
「ありがとね。夕飯、志那君に一品多く作っとくよ」
安堵の表情を見せる彼女に、気持ちが暖かくなった。
志那は母の愛情をあまり知らない。
それだから、二良の母から齎される愛情が擽ったかった。
口端を持ち上げるだけの微笑を残して、志那は家を出た。
二良の通う大学は、下宿から徒歩で10分程の場所にある。
紙袋の中身が歩く度に音を立てた。
何が入っているのかは想像もつかない。
上に布が被さっていて見えないようになっていた。
見られたくないのか、その布自体を使うのかは、志那には皆目見当もつかない。
大学で彼が何をしているのか、全くと言って良い程に知らなかった。
他人のことを知ろうとすることが、愚かに思えた。
所詮、人間は独りなのだ。
他人を知ることに何の意味があるのか。
他人に依存して生きることが恐ろしかった。
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