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一章:学園の闇
失ったもの 16
しおりを挟むドアノブを握ったまま、雷紀は動かない。
逡巡の後、彼は半身を捻り、真哉を窺う。
何かを言おうと口唇を開け、また閉じて、そして決心したかのように、言葉を放った。
「負けんなよ」
その一言を真哉の心臓に放り投げて、無責任にも彼は消えていく。
ばたん、と扉が閉まる音を何処か遠くで聞いていた。
目の前が滲んで何も見えない。
ゆっくりと目蓋を閉ざす。
暗闇に覆われて、投げられた言葉がじわじわと胸を締め付けた。
痛くて息が止まる。
ぽたり、と水滴が頬を伝った。
後から後に、ぼたぼたと其れは溢れ落ちていく。
へなへなとその場に座り込んで膝を抱えた。
顔を膝に埋めて、堪え切れない嗚咽を捨てていく。
「っぁあ……! ぅあっ、ぇっ」
膝小僧に額を擦り付けて、濡れるのも構わずに泣いた。
泣いて泣いて、ただ涙と嗚咽を溢す。
なんて残酷な言葉を放つのだろう。
なんて優しい言葉を放つのだろう。
なんて残酷で優しい人間なのだろう。
「い、つ! ぼくはっ……、どうしたらいいの?」
問い掛けてもいない相手に縋るように言葉を投げ掛けて、天井を仰ぐ。
涙で髪が頬に張り付いている。
いつ、いつ、と呼び掛けて、失ったものに助けを求めた。
失ったものが大き過ぎて、失ったものしか見えなくなった。
世界に新しいものが入るのを嫌った。
また失うのが、とても恐ろしくて、真哉は逃げたのだ。
苦しみや絶望だけを見詰めて、近くにある希望を見ないフリをした。
希望が何の役に立ったと言うのだろうか。
それでも、現実から目を逸らしても、未来は進んで行かない。
時間を刻むには、今の苦しみを過去にしなくてはいけないのだ。
闘わなくては未来は拓けない。
そんな当たり前のことは、真哉とて解ってはいる。
解っていて、解らないフリをした。
解りたくなかった。
いつまでも心の中で佚を感じていたかった。
他のものを入れたら、佚が失われるようで怖くて堪らない。
震える体を抱き締めて、雷紀の言葉の意味を考えた。
考えるまでもなく、自分に負けるな、と真哉の心に届いたのだ。
佚以外のものが、真哉の心を掻き乱していく。
それはとても恐ろしくて苦しくて、それでいて心地の良い、矛盾した感情を真哉に齎した。
解っているのだ。
佚はいつまでも存在しない。
心の片隅にあっても、其れは年を重ねる毎に薄れていくものだ。
それでいいのだろう。
佚もそれを望んでいるのだと、何故だろう、自然とそう思えるのだった。
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