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一章:生命の在り処
憧れと言うよりも依存 02
しおりを挟む前を向く勇気を貰えた。
そんな大恩人の己訓の様子が最近、とてもおかしいことには気が付いていた。
心ここに非ず、といった風情で、ぼんやり、としているし、眠たそうにしていることが多い。
時折、苦しそうに胸を押さえる仕草も見せていた。
遂に昨日、講義の後に倒れそうになり、医務室まで運んだ。
大丈夫だと言う割には顔色が優れないのが気にはなったが、帰って休むから、と言い張る己訓を医務室に残し、陽向は講義に向かった。
あれから無事に帰宅できたのか。
心配ではあるものの、彼も大人である。
陽向が心配するまでもなく、自分のことは自分で管理出来る男だ。
だからこそ、余計に心配になってしまう。
普段ならば倒れるまで自分を酷使することもないだろう。
嫌な夢を見るのだと彼は言っていた。
管理したくとも出来ない状況に己訓が置かれていることは簡単に想像出来る。
だが、どうやったら彼の力になれるのか、陽向には解らなかった。
力になりたいと自然と湧いてくる願いにも近い想いは、陽向を生と向き合わせてくれた恩人への純粋なる恩返しなのだろう。
それを己訓自身が望むかどうかは問題ではないのだ。
明らかに自己満足であることは解っている。
それでも己訓が苦しんでいる姿など見たくはない。
彼が笑っていてくれさえすれば、存在すらも呪いたくなるような己の存在を、少しであれ許せる気がするのだ。
罪深い自分の存在を理解してくれる人間が、ただ一人、一人でもこの世にいると知れた。
言ってしまえば、たったそれだけのことだった。
それだけのことが、幼い陽向になけなしの希望を与えたのだ。
他人から見ればちっぽけな一筋の希望だけが、陽向の鬱蒼と翳る心に安息を齎してくれた。
悪夢の続く日々の中で安眠出来るようになったのは、己訓のお陰と言っても過言ではないだろう。
ヒナ君、と名を呼ばれ、はっ、と顔を上げた。
心配そうに此方を窺っているお母さんと目が合う。
「どうしたの、ぼんやりして? 体調、どこか悪い?」
眉間に皺を寄せている彼女の心配が伝わってくるのが、陽向にはとてつもなく辛いことだった。
調理台に視線を下げ、ふるり、と首を横にと振る。
前を向く勇気は己訓に貰ったが、だからと言って、心を覆う闇が消えた訳ではないのだ。
共存の仕方を覚えただけで、今でも巨大な闇は陽向を呑み込もうと胸の奥底で渦巻いている。
「大丈夫ですよ、お母さん。ちょっと、気になる人がいて……。その人のことを考えていました」
1、2、3、と胸中で数を数え、笑顔を彼女に向けた。
陽向の事情を知る数少ない人である。
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