8 / 11
一章:生命の在り処
陽だまりのような君 02
しおりを挟むがしり、と両手を取られ陽向をマジマジと見詰めてしまう。
彼は泣き出しそうな顔で眉を寄せていた。
「悪夢なのに嬉しくて。嬉しいのに辛くて。夢を見た後は、今の自分が大切にしているものを一つづつ思い描いて、それで、先生の本を抱いて寝るんです。そうすると不思議とぐっすり眠れるんですよ」
ほわり、と優しく笑む陽向に目頭が熱くなる。
自分と彼は違うのだと解っていて、近くに感じられた。
妻の夢を見た時の気持ちを知られている錯覚に陥る。
「君はどうして、私の気持ちが解るんだろうね。怖くて苦しくて悲しいのに、もう夢の中でしか会えないのだと思うと嬉しくて堪らない。でも、それと同じだけ罪悪感に苛まれてどうにもならないんだ」
つい漏らしてしまった本音に唇を噛み締めた。
陽向から顔を背け、視線を上に追い遣る。
陽向と触れている掌を熱く感じてしまう。
「先生はきっと、お疲れなんですよ。あ、仕事先で子供達と作ったクッキーなんですけど。一つ貰って下さい」
優しく包み込んだ手を撫でる陽向が、年下なのに頼もしく思えた。
陽向が良く羽織っているジャンパーには「太陽の家」と文字が印刷されている。
仕事着だと前に聞いたが、何の仕事をしているのかは聞いたことがない。
「仕事は、何をしているんだい?」
ごく自然に尋ねていた己訓に、陽向の首が傾いていく。
「言ってませんでしたっけ? 養護施設で身寄りのない子や、家庭事情で親御さんと暮らせない子達のお世話をしています。時々、皆でお菓子とか作るんですよ」
目を細める陽向の表情は子供達を想っているのか優しい。
カバンを漁り、数枚のクッキーが入った透明な袋を己訓に差し出してくる。
「だが、それは君の分だろう? 私が貰う訳には」
「実は僕、甘いの苦手なんですよ。作っても食べないのは皆知っているんです。なのでこれは、その……はじめから先生に差し上げようと思って用意したので。貰って頂けると嬉しいです」
押し返そうとした手に若干の無理矢理さでクッキーを持たされてしまう。
そういうことなら、と承諾した己訓に向けられた嬉しそうな陽向の微笑みに胸が苦しくなった。
何故なのか解らないのに、じくじく、と痛むのだ。
「ありがとう」
寂寥感が体内で暴れ立てる。
涙が込み上げてくるのを必死で押し留め、己訓は笑った。
彼に笑顔を見せたくなったのだ。
元来、笑う方ではなかったが、妻を亡くしてから益々笑わなくなっていた。
笑いたいと思うことなどなかった。
「食べたら感想聞かせて下さいね。次の参考にしたいので」
彼の笑う顔が見たかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる