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一章:傲慢王子は呪われ奴隷を飼う
奴隷と水浴び 24
しおりを挟むこの男のせいで何かがおかしくなってしまったのだと思うと、恨み言しか浮かんではこない。
本人に直接文句を突き付けたところで、彼はのらりくらりと躱してしまうだろう。
賢い男だとメシアの警戒心はMAXに達していた。
「……メシア。また明日、会いに来る」
森から出て直ぐに彼から逃げようとしたメシアは片腕を取られ、逞しい腕に抱き込まれてしまう。
耳元で囁かれる切ない響きに頭が、くらり、とした。
どうかしている、おかしい、駄目だ、と言葉を並べ立てても、メシアの身体は動かない。
抵抗出来ずに小さく呟くのがやっとだった。
「やめろ」
シヴァの耳に届いたのだろう、言葉だけの拒絶を彼は嗤う。
髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられ、解放される。
「嫌いたいだけ嫌え。俺のせいにすればいい。逃げられない現実に絶望しながら俺に人生を預けろ。お前は俺のことだけ考えて生きればいい」
狂っている、と思った。
漆黒の瞳が満月の明かりに照らされて、メシアを真っ直ぐに射貫いているのがわかる。
何もかもを見透かしてしまいそうな闇だ。
怖い、と感じた同じ場所が、ずくん、と疼く。
彼に何もかもを預けてしまえたら、それは快感だろうと無意識に考えている自分がいた。
男に身を委ね、快感を追う行為は、恐ろしくもあり、愉悦をも齎したのだ。
「かっ、てな、っ、ことばっか、言うな。僕は、この街からは出られない。何度も言わせるなよ。もう二度と来るな」
辛うじて残っている理性をフル動員させ、べぇっ、と舌を出すと身を翻して走った。
走って走って、走り抜ける。
奴隷小屋の前まで来て、漸く立ち止まった。
肩で息をしながら草臥れた木製の扉を開ける。
中ではアンク達が身を寄せ合って雑魚寝していた。
メシアも空いているところに横たわり、目を瞑る。
明日も朝は早い。
早く寝なきゃ、と、ぎゅう、と目蓋に力を入れた。
横を向き自身の体躯を抱き締める。
「あったか、かった、な」
青年の温もりが頭を過ぎって、つい呟いていた。
誰に抱き締められるよりも心が温かくなった。
スズコの温もりが大好きで、よく寝る時には思い出していたが、スズコ以外の人間を想い、切なくなるのは、母以外では初めてのことだ。
母はメシアを抱き締めてはくれない。
最初から諦めている温もりは、それ故に恋しくて堪らなくなる。
「もう、会わないんだ。思い出したら、駄目、だ。あんな自分勝手で傲慢な男なんか、嫌いなんだ。嫌い、なんだから」
ぼたり、と落ちていく水滴に嗚咽が止まらなくなってしまう。
声が漏れないように唇を噛み締めて泣いた。
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